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第三章:蘇る過去
第九話:別れ
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深夜、俺とエルヴィスは地下牢へ続く階段を、慎重に降りていた。
父の護衛兵も遠征しているのか、王座の間どころか城中が静まりかえっている。
そのおかげで難なく地下牢までこれたが、階段の先には、やはり見張りがいた。
通常の兵士ではない、特別に訓練された強者だった。
二人の兵士は俺達の姿を見ると、その場で低頭した。
「これは、エルヴィス殿下」
「見張りご苦労。ここ三日立ちっぱなしで、大変だったろう」
彼がねぎらいの言葉をかけると、兵士たちは嬉しそうに顔をほころばせた。
「もったいないお言葉です、殿下」
「部屋に戻って少し休むといい。今夜は俺が代わりに見張ろう」
「は? いえ、殿下にそのような事をーー!」
「これは命令だ。ーー休むことも戦士には必要だぞ」
ヴァンパイアの中で最強と称されるエルヴィスから、こんなに優しい表情で言われてしまえば、兵士である彼らは頷くしかない。
何度もエルヴィスへお辞儀をし、兵士たちはそそくさと上がっていった。
足音が聞こえなくなると、エルヴィスは扉を押し開け、顎で先を示した。
「行くぞ。覚悟はいいな?」
「うん・・・・・・ありがとう、従兄さん」
従兄の服の袖を握り、俺は囁くように言った。
すると、エルヴィスは微笑し、俺の頬に指を沿わせた。
「王の命令は絶対だが・・・・・・やっぱり俺が優先すべきものはお前だから、礼はいい」
父王と俺との間で板挟みとなり、エルヴィスも葛藤していたのだろう。
一国の軍隊を預かるエルヴィスにとって、王子である俺より、絶対君主である王の命令に従うのが当たり前だ。
それでも彼は悩んだ末、俺の元へ来てくれた。
その気持ちを無駄にしないためにも、俺はこの扉の先で待ち受けるものを直視しなくてはならない。
従兄に支えられながら扉をくぐり、明かりのない真っ暗な地下牢へ目を凝らした。
中はかび臭いにおいと、腐臭と血臭が混ざった悪臭が充満しており、鼻を突いた。
扉から続く細い通路の左右に、錆びた鉄格子が並んでいる。
ーー牢だ。中には何人もの人狼が収容されている。
幼い子から青年まで、年齢は幅広い。全員首輪と、手足に枷をはめられていた。
「まさか、制圧した地域から・・・・・・?」
「ああ。王の命令で、若い人狼はこうして捕らえている」
彼らもきっと実験材料だ。
この先に待ちかまえている拷問を知ってか知らずか、彼らの目は虚無しか映っていなかった。
ひなたで笑い、今の現状を平和だとおもっていた俺自身を殴りたくなる。
何が平和だ。
俺の知らないところで人狼が苦しみ、憎しみが連鎖して戦争が激化していく。
彼らの記憶にはヴァンパイアの残酷な行いが刻み込まれ、和平など望むはずがない。
どちらかが絶滅するまで戦うはずだ。
「解放してやらないと!」
「馬鹿か。今解放したら、陛下に知られる。自分が何のためにここへきたのか、思い出せ」
「・・・・・・っ」
目の前で苦しむ命を救ってやれない。
悔しくて唇を噛むと、奥から叫び声が聞こえてきた。
苦痛にのたうち回るようなーー耳を塞ぎたくなるほど苦痛にまみれた悲鳴だった。
「に、従兄さん・・・・・・この声は?」
「行けば分かる」
俺の手を握って歩き始めるエルヴィス。
おれは従兄にぴったりくっついて地下牢を進んだ。
奥に近づくに連れて、悲鳴が大きくなる。
俺はこの声を知っていた。
だが、認めたくなかった。
こんなに苦しむ声を聞いたことがなかったから。
拘束されていても、苦痛を与えられていないことを願っていたから。だが、
「着いたぞ」
地下牢の突き当たりにある独房。
そこに、彼はいた。
赤錆の目立つ鉄柵の向こうに、天井から伸びる鎖で両手首を拘束された、マース。
裸体のままつり下げられ、足下には彼のものと思われる血だまりが出来上がっていた。
「マ、マース・・・・・・っ」
全身血塗れで、皮膚がただれていた。
時折皮膚の表面が泡立ち、血が吹き出す。
そのたびにマースは喉を反らせ、絶叫していた。
あまりにも悲惨な光景。
俺が倒れそうになると、エルヴィスが抱きしめるように支えてくれた。
「だから、覚悟しろと言っただろう」
従兄の声は震えている。
俺を支える手も、小刻みに震えていた。
「父は、何をしたんだ・・・・・・?」
「陛下は、ご自身の血をマースに入れ、眷属の契を行ったんだ」
「そんなーー!」
失敗すれば、マースの体は破裂してしまう。
皮膚が膨らんでは破裂しているところを見ると、ヴァンパイアの血とマースの生命力が戦っているのだろう。
「普通の人狼なら、とっくに死んでいるはずだった。だが、マースは自己治癒能力を持っていたらしく、こうして肉が弾けては治っての繰り返しだ」
「自己治癒能力って、人狼にそんな・・・・・・」
「銀狼の特殊能力だ」
「!」
だから祖父は、手帳に書き残したのだ。
ヴァンパイアの血に耐えられる体を持つ銀狼。
その希有な存在に自分の生涯を費やした研究を託して。
けれど、こんなに苦しむマースは見ていられない。
俺は鉄柵にしがみつき、必死にマースの名を呼んだ。
「マース、俺だ!」
「ーーで、んか?」
息も絶え絶えに、マースは俺をみた。
片目はつぶれ、再生が始まっている。
あの美しい瞳が、赤紫色に変色していた。
「殿下、なぜここにーーが、ああああっ」
「マース!」
マースのわき腹が破裂した。
肉が飛び散り、血が俺にもかかる。
痛いだろうに、苦しいだろうに、俺は泣きながら彼に付けた名を呼ぶことしかできない。
「マース、ごめん・・・・・・守ってやれなかった・・・・・・!」
こんな痛い思いをさせたくなかった。
ただ笑って、一緒に過ごしたかった。
なのに、父のーーいや、ヴァンパイアの身勝手な実験のためにーー!
「今助けるぞ」
俺は鉄柵を握りしめ、引きちぎろうと力を込める。
だが、マースが小さく首を左右に振った。
「・・・・・・もう、いいのです」
「何を言う。一緒に逃げよう! 俺とともに、城の外へ!」
「もう無理なんです。私の体は、そう長く持ちません」
「もたないって・・・・・・!」
「陛下の血が、俺の体を壊しています。治癒も追いつかないーーガッ」
背中から血しぶきが上がった。
俺はもう、直視できずにうつむいた。
すると、マースの穏やかな声が頭上から降り注いだ。
「殿下、私の最期の願いを聞いていただけませんか」
「最期だなんて言うな・・・・・・!」
「すみません。でも、もう意識が飛びそうなんです」
乱れた髪の下で、マースが辛そうに微笑んだ。
「俺は、あなたの眷属になりたかった。あなたのそばにいたかった。あなたをーー愛しているからです」
「ーーっ」
「子供じゃなく、一人の男として見てほしかった」
子供扱いするたびに、ふてくされていたマースの顔を思い出した。
あれは、そういう事だったのか。
「あなたの伴侶になれないなら、せめて、眷属としてお側に置いて頂きたかったのですがーーそれももう、叶いそうにありませんね」
「気を強く持て! 父になど負けるな!」
「は・・・・・・申し訳ありません」
苦しそうに笑うマースを見て、俺は鉄柵の中に腕を伸ばした。
すぐそばに、マースがいる。後少しで届く距離。
触れてやりたい。ずっと側にいてやりたい。
なのに、鉄柵はその思いも阻む。
俺は嗚咽を漏らしながら、なおも必死に腕を伸ばした。
すると、横からエルヴィスが手を伸ばしーー牢の鍵を開けてくれた。
「ーー行け、王子」
俺は従兄に礼も言わず、独房の中へーーマースへ抱きついた。
つり下げられたままの彼を抱きしめ、頬を撫でてやった。
「マース、マース・・・・・・っ」
「殿下・・・・・・!」
マースは俺の頬に顔をすり寄せ、何度も俺を呼んだ。
絶叫して声がかすれていたが、ずっと聞きたかった声だった。
俺はマースの手首を拘束している鎖を切断した。
落ちてきたマースを抱きとめ、傷に障らないよう抱える。
「ここから出よう。二人で、どこか遠くへ・・・・・・」
「いいえ、殿下。もう、体が・・・・・・」
そう言われ、俺はマースの体を診た。傷が再生していなかった。
あちこちから血が流れ出し、止まらない。
羽織っていた上着を、一番大きな背中の傷に押しつけるが、どす黒いシミが広がり続けた。
「なんで治らないんだ・・・・・・!」
「言ったでしょう。体が限界なんです」
死に直面しても、マースは柔和に微笑んでいた。
俺に軽くキスをして、照れくさそうにはにかむ。
「殿下、好きです。愛しています」
「・・・・・・っ」
「そんな悲しそうな顔しないで・・・・・・最期くらい笑って下さいよ」
笑えるわけがない。
大切に育ててきたマースが今、死に瀕している。
俺は自分の爪で手のひらを切り、溢れてきた血を口に含んだ。
「殿下・・・・・・?」
マースが両目を見開くのと同時に、俺はマースにキスした。
口に含んだ血をマースの中に流し込むと、唇を離し、マースの胸板に牙を突き立てた。
眷属の契だ。
普通なら、俺の噛んだ場所に眷属となった証ーー印(いん)が浮き出るはずだが、マースの体には何も現れない。
父の血で拒絶反応が起きているから、当たり前と言えば当たり前だ。
だが、もしかするとマースの体が、俺の血を受け入れてくれるかと思ったのだ。
眷属になれば、死にかけた命もヴァンパイアとして生まれ変われる。一縷の望みに賭けたのに・・・・・・。
「こんな事になるなら、お前を早く逃がしてやれば良かった!」
「殿下・・・・・・そのお気持ちだけで十分です。印がなくとも、俺はずっと前からーーあなたの眷属ですから」
「ーーっ、当たり前だ」
頭を撫でてやりながら、俺は精一杯微笑んだ。
マースは生気が薄くなった顔をほころばせ、俺にすり寄った。
「殿下、感謝します。俺は、本当に幸せで、す・・・・・・」
「マース? おい、マースーー!」
がっくりとうなだれたまま、マースは動かなかった。
脈もない。息もしていない。
血だけが延々と流れ出し、床に広がっていった。
呆然としていると、複数の足音が近づいてくる。
煌々とした灯りが俺達を照らし出し、息を切らした父が現れた。
「なぜお前がここに・・・・・・」
「申し訳ありません。私がお連れしました」
「エルヴィス・・・・・・貴様」
「お許しを」
深々と頭を下げるエルヴィスを殴り倒し、父は俺の元へ闊歩した。
腕を乱暴に捕まれ、マースから引き剥がされる。
「エルヴィス、貴様はこの愚息を連れて下がれ! 他の者は人狼の亡骸を処理しろ!」
「はっ」
忠実な兵士たちは、俺の横を通り過ぎてマースの体を物のように持ち上げた。
「やめろ! 彼の体に触るな!」
「いい加減目を覚ませ、王子! お前は後三日でこの世界の王となるんだぞ!? そうしたら、お前もこの実験を引き継ぐんだ!」
「嫌です! 俺は絶対、父上やおじいさまのようにはならない!」
「生意気な・・・・・・っ」
父は俺の体をエルヴィスの方へ投げ飛ばし、マースが閉じこめられていた牢を閉じた。
鉄柵を隔て、父は俺とエルヴィスを険しい顔で見下ろしていた。
「さっさと連れて行け! 断血は式典が終わるまでに変更だ!」
「はい、陛下」
エルヴィスが俺の肩に手をおく。
俺は狂ったようにマースの名を呼び続けた。
エルヴィスが俺を無理矢理抱えて地下牢を出るまで、俺は声が枯れるほど叫び続けた。
生まれて初めて、父を呪った。
父の護衛兵も遠征しているのか、王座の間どころか城中が静まりかえっている。
そのおかげで難なく地下牢までこれたが、階段の先には、やはり見張りがいた。
通常の兵士ではない、特別に訓練された強者だった。
二人の兵士は俺達の姿を見ると、その場で低頭した。
「これは、エルヴィス殿下」
「見張りご苦労。ここ三日立ちっぱなしで、大変だったろう」
彼がねぎらいの言葉をかけると、兵士たちは嬉しそうに顔をほころばせた。
「もったいないお言葉です、殿下」
「部屋に戻って少し休むといい。今夜は俺が代わりに見張ろう」
「は? いえ、殿下にそのような事をーー!」
「これは命令だ。ーー休むことも戦士には必要だぞ」
ヴァンパイアの中で最強と称されるエルヴィスから、こんなに優しい表情で言われてしまえば、兵士である彼らは頷くしかない。
何度もエルヴィスへお辞儀をし、兵士たちはそそくさと上がっていった。
足音が聞こえなくなると、エルヴィスは扉を押し開け、顎で先を示した。
「行くぞ。覚悟はいいな?」
「うん・・・・・・ありがとう、従兄さん」
従兄の服の袖を握り、俺は囁くように言った。
すると、エルヴィスは微笑し、俺の頬に指を沿わせた。
「王の命令は絶対だが・・・・・・やっぱり俺が優先すべきものはお前だから、礼はいい」
父王と俺との間で板挟みとなり、エルヴィスも葛藤していたのだろう。
一国の軍隊を預かるエルヴィスにとって、王子である俺より、絶対君主である王の命令に従うのが当たり前だ。
それでも彼は悩んだ末、俺の元へ来てくれた。
その気持ちを無駄にしないためにも、俺はこの扉の先で待ち受けるものを直視しなくてはならない。
従兄に支えられながら扉をくぐり、明かりのない真っ暗な地下牢へ目を凝らした。
中はかび臭いにおいと、腐臭と血臭が混ざった悪臭が充満しており、鼻を突いた。
扉から続く細い通路の左右に、錆びた鉄格子が並んでいる。
ーー牢だ。中には何人もの人狼が収容されている。
幼い子から青年まで、年齢は幅広い。全員首輪と、手足に枷をはめられていた。
「まさか、制圧した地域から・・・・・・?」
「ああ。王の命令で、若い人狼はこうして捕らえている」
彼らもきっと実験材料だ。
この先に待ちかまえている拷問を知ってか知らずか、彼らの目は虚無しか映っていなかった。
ひなたで笑い、今の現状を平和だとおもっていた俺自身を殴りたくなる。
何が平和だ。
俺の知らないところで人狼が苦しみ、憎しみが連鎖して戦争が激化していく。
彼らの記憶にはヴァンパイアの残酷な行いが刻み込まれ、和平など望むはずがない。
どちらかが絶滅するまで戦うはずだ。
「解放してやらないと!」
「馬鹿か。今解放したら、陛下に知られる。自分が何のためにここへきたのか、思い出せ」
「・・・・・・っ」
目の前で苦しむ命を救ってやれない。
悔しくて唇を噛むと、奥から叫び声が聞こえてきた。
苦痛にのたうち回るようなーー耳を塞ぎたくなるほど苦痛にまみれた悲鳴だった。
「に、従兄さん・・・・・・この声は?」
「行けば分かる」
俺の手を握って歩き始めるエルヴィス。
おれは従兄にぴったりくっついて地下牢を進んだ。
奥に近づくに連れて、悲鳴が大きくなる。
俺はこの声を知っていた。
だが、認めたくなかった。
こんなに苦しむ声を聞いたことがなかったから。
拘束されていても、苦痛を与えられていないことを願っていたから。だが、
「着いたぞ」
地下牢の突き当たりにある独房。
そこに、彼はいた。
赤錆の目立つ鉄柵の向こうに、天井から伸びる鎖で両手首を拘束された、マース。
裸体のままつり下げられ、足下には彼のものと思われる血だまりが出来上がっていた。
「マ、マース・・・・・・っ」
全身血塗れで、皮膚がただれていた。
時折皮膚の表面が泡立ち、血が吹き出す。
そのたびにマースは喉を反らせ、絶叫していた。
あまりにも悲惨な光景。
俺が倒れそうになると、エルヴィスが抱きしめるように支えてくれた。
「だから、覚悟しろと言っただろう」
従兄の声は震えている。
俺を支える手も、小刻みに震えていた。
「父は、何をしたんだ・・・・・・?」
「陛下は、ご自身の血をマースに入れ、眷属の契を行ったんだ」
「そんなーー!」
失敗すれば、マースの体は破裂してしまう。
皮膚が膨らんでは破裂しているところを見ると、ヴァンパイアの血とマースの生命力が戦っているのだろう。
「普通の人狼なら、とっくに死んでいるはずだった。だが、マースは自己治癒能力を持っていたらしく、こうして肉が弾けては治っての繰り返しだ」
「自己治癒能力って、人狼にそんな・・・・・・」
「銀狼の特殊能力だ」
「!」
だから祖父は、手帳に書き残したのだ。
ヴァンパイアの血に耐えられる体を持つ銀狼。
その希有な存在に自分の生涯を費やした研究を託して。
けれど、こんなに苦しむマースは見ていられない。
俺は鉄柵にしがみつき、必死にマースの名を呼んだ。
「マース、俺だ!」
「ーーで、んか?」
息も絶え絶えに、マースは俺をみた。
片目はつぶれ、再生が始まっている。
あの美しい瞳が、赤紫色に変色していた。
「殿下、なぜここにーーが、ああああっ」
「マース!」
マースのわき腹が破裂した。
肉が飛び散り、血が俺にもかかる。
痛いだろうに、苦しいだろうに、俺は泣きながら彼に付けた名を呼ぶことしかできない。
「マース、ごめん・・・・・・守ってやれなかった・・・・・・!」
こんな痛い思いをさせたくなかった。
ただ笑って、一緒に過ごしたかった。
なのに、父のーーいや、ヴァンパイアの身勝手な実験のためにーー!
「今助けるぞ」
俺は鉄柵を握りしめ、引きちぎろうと力を込める。
だが、マースが小さく首を左右に振った。
「・・・・・・もう、いいのです」
「何を言う。一緒に逃げよう! 俺とともに、城の外へ!」
「もう無理なんです。私の体は、そう長く持ちません」
「もたないって・・・・・・!」
「陛下の血が、俺の体を壊しています。治癒も追いつかないーーガッ」
背中から血しぶきが上がった。
俺はもう、直視できずにうつむいた。
すると、マースの穏やかな声が頭上から降り注いだ。
「殿下、私の最期の願いを聞いていただけませんか」
「最期だなんて言うな・・・・・・!」
「すみません。でも、もう意識が飛びそうなんです」
乱れた髪の下で、マースが辛そうに微笑んだ。
「俺は、あなたの眷属になりたかった。あなたのそばにいたかった。あなたをーー愛しているからです」
「ーーっ」
「子供じゃなく、一人の男として見てほしかった」
子供扱いするたびに、ふてくされていたマースの顔を思い出した。
あれは、そういう事だったのか。
「あなたの伴侶になれないなら、せめて、眷属としてお側に置いて頂きたかったのですがーーそれももう、叶いそうにありませんね」
「気を強く持て! 父になど負けるな!」
「は・・・・・・申し訳ありません」
苦しそうに笑うマースを見て、俺は鉄柵の中に腕を伸ばした。
すぐそばに、マースがいる。後少しで届く距離。
触れてやりたい。ずっと側にいてやりたい。
なのに、鉄柵はその思いも阻む。
俺は嗚咽を漏らしながら、なおも必死に腕を伸ばした。
すると、横からエルヴィスが手を伸ばしーー牢の鍵を開けてくれた。
「ーー行け、王子」
俺は従兄に礼も言わず、独房の中へーーマースへ抱きついた。
つり下げられたままの彼を抱きしめ、頬を撫でてやった。
「マース、マース・・・・・・っ」
「殿下・・・・・・!」
マースは俺の頬に顔をすり寄せ、何度も俺を呼んだ。
絶叫して声がかすれていたが、ずっと聞きたかった声だった。
俺はマースの手首を拘束している鎖を切断した。
落ちてきたマースを抱きとめ、傷に障らないよう抱える。
「ここから出よう。二人で、どこか遠くへ・・・・・・」
「いいえ、殿下。もう、体が・・・・・・」
そう言われ、俺はマースの体を診た。傷が再生していなかった。
あちこちから血が流れ出し、止まらない。
羽織っていた上着を、一番大きな背中の傷に押しつけるが、どす黒いシミが広がり続けた。
「なんで治らないんだ・・・・・・!」
「言ったでしょう。体が限界なんです」
死に直面しても、マースは柔和に微笑んでいた。
俺に軽くキスをして、照れくさそうにはにかむ。
「殿下、好きです。愛しています」
「・・・・・・っ」
「そんな悲しそうな顔しないで・・・・・・最期くらい笑って下さいよ」
笑えるわけがない。
大切に育ててきたマースが今、死に瀕している。
俺は自分の爪で手のひらを切り、溢れてきた血を口に含んだ。
「殿下・・・・・・?」
マースが両目を見開くのと同時に、俺はマースにキスした。
口に含んだ血をマースの中に流し込むと、唇を離し、マースの胸板に牙を突き立てた。
眷属の契だ。
普通なら、俺の噛んだ場所に眷属となった証ーー印(いん)が浮き出るはずだが、マースの体には何も現れない。
父の血で拒絶反応が起きているから、当たり前と言えば当たり前だ。
だが、もしかするとマースの体が、俺の血を受け入れてくれるかと思ったのだ。
眷属になれば、死にかけた命もヴァンパイアとして生まれ変われる。一縷の望みに賭けたのに・・・・・・。
「こんな事になるなら、お前を早く逃がしてやれば良かった!」
「殿下・・・・・・そのお気持ちだけで十分です。印がなくとも、俺はずっと前からーーあなたの眷属ですから」
「ーーっ、当たり前だ」
頭を撫でてやりながら、俺は精一杯微笑んだ。
マースは生気が薄くなった顔をほころばせ、俺にすり寄った。
「殿下、感謝します。俺は、本当に幸せで、す・・・・・・」
「マース? おい、マースーー!」
がっくりとうなだれたまま、マースは動かなかった。
脈もない。息もしていない。
血だけが延々と流れ出し、床に広がっていった。
呆然としていると、複数の足音が近づいてくる。
煌々とした灯りが俺達を照らし出し、息を切らした父が現れた。
「なぜお前がここに・・・・・・」
「申し訳ありません。私がお連れしました」
「エルヴィス・・・・・・貴様」
「お許しを」
深々と頭を下げるエルヴィスを殴り倒し、父は俺の元へ闊歩した。
腕を乱暴に捕まれ、マースから引き剥がされる。
「エルヴィス、貴様はこの愚息を連れて下がれ! 他の者は人狼の亡骸を処理しろ!」
「はっ」
忠実な兵士たちは、俺の横を通り過ぎてマースの体を物のように持ち上げた。
「やめろ! 彼の体に触るな!」
「いい加減目を覚ませ、王子! お前は後三日でこの世界の王となるんだぞ!? そうしたら、お前もこの実験を引き継ぐんだ!」
「嫌です! 俺は絶対、父上やおじいさまのようにはならない!」
「生意気な・・・・・・っ」
父は俺の体をエルヴィスの方へ投げ飛ばし、マースが閉じこめられていた牢を閉じた。
鉄柵を隔て、父は俺とエルヴィスを険しい顔で見下ろしていた。
「さっさと連れて行け! 断血は式典が終わるまでに変更だ!」
「はい、陛下」
エルヴィスが俺の肩に手をおく。
俺は狂ったようにマースの名を呼び続けた。
エルヴィスが俺を無理矢理抱えて地下牢を出るまで、俺は声が枯れるほど叫び続けた。
生まれて初めて、父を呪った。
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