ダークナイト・ヴァンパイア ~宵闇の王子~

哀楽

文字の大きさ
23 / 38
第三章:蘇る過去

第九話:別れ

しおりを挟む
 深夜、俺とエルヴィスは地下牢へ続く階段を、慎重に降りていた。
 父の護衛兵も遠征しているのか、王座の間どころか城中が静まりかえっている。
 そのおかげで難なく地下牢までこれたが、階段の先には、やはり見張りがいた。
 通常の兵士ではない、特別に訓練された強者だった。
 二人の兵士は俺達の姿を見ると、その場で低頭した。
「これは、エルヴィス殿下」
「見張りご苦労。ここ三日立ちっぱなしで、大変だったろう」
 彼がねぎらいの言葉をかけると、兵士たちは嬉しそうに顔をほころばせた。
「もったいないお言葉です、殿下」
「部屋に戻って少し休むといい。今夜は俺が代わりに見張ろう」
「は? いえ、殿下にそのような事をーー!」
「これは命令だ。ーー休むことも戦士には必要だぞ」
 ヴァンパイアの中で最強と称されるエルヴィスから、こんなに優しい表情で言われてしまえば、兵士である彼らは頷くしかない。
 何度もエルヴィスへお辞儀をし、兵士たちはそそくさと上がっていった。
 足音が聞こえなくなると、エルヴィスは扉を押し開け、顎で先を示した。
「行くぞ。覚悟はいいな?」
「うん・・・・・・ありがとう、従兄さん」
 従兄の服の袖を握り、俺は囁くように言った。
 すると、エルヴィスは微笑し、俺の頬に指を沿わせた。
「王の命令は絶対だが・・・・・・やっぱり俺が優先すべきものはお前だから、礼はいい」
 父王と俺との間で板挟みとなり、エルヴィスも葛藤していたのだろう。
 一国の軍隊を預かるエルヴィスにとって、王子である俺より、絶対君主である王の命令に従うのが当たり前だ。
 それでも彼は悩んだ末、俺の元へ来てくれた。
 その気持ちを無駄にしないためにも、俺はこの扉の先で待ち受けるものを直視しなくてはならない。
 従兄に支えられながら扉をくぐり、明かりのない真っ暗な地下牢へ目を凝らした。
 中はかび臭いにおいと、腐臭と血臭が混ざった悪臭が充満しており、鼻を突いた。
 扉から続く細い通路の左右に、錆びた鉄格子が並んでいる。
 ーー牢だ。中には何人もの人狼が収容されている。
 幼い子から青年まで、年齢は幅広い。全員首輪と、手足に枷をはめられていた。
「まさか、制圧した地域から・・・・・・?」
「ああ。王の命令で、若い人狼はこうして捕らえている」
 彼らもきっと実験材料だ。
 この先に待ちかまえている拷問を知ってか知らずか、彼らの目は虚無しか映っていなかった。
 ひなたで笑い、今の現状を平和だとおもっていた俺自身を殴りたくなる。
 何が平和だ。
 俺の知らないところで人狼が苦しみ、憎しみが連鎖して戦争が激化していく。
 彼らの記憶にはヴァンパイアの残酷な行いが刻み込まれ、和平など望むはずがない。
 どちらかが絶滅するまで戦うはずだ。
「解放してやらないと!」
「馬鹿か。今解放したら、陛下に知られる。自分が何のためにここへきたのか、思い出せ」
「・・・・・・っ」
 目の前で苦しむ命を救ってやれない。
 悔しくて唇を噛むと、奥から叫び声が聞こえてきた。
 苦痛にのたうち回るようなーー耳を塞ぎたくなるほど苦痛にまみれた悲鳴だった。
「に、従兄さん・・・・・・この声は?」
「行けば分かる」
 俺の手を握って歩き始めるエルヴィス。
 おれは従兄にぴったりくっついて地下牢を進んだ。
 奥に近づくに連れて、悲鳴が大きくなる。
 俺はこの声を知っていた。
 だが、認めたくなかった。
 こんなに苦しむ声を聞いたことがなかったから。
 拘束されていても、苦痛を与えられていないことを願っていたから。だが、
「着いたぞ」
 地下牢の突き当たりにある独房。
 そこに、彼はいた。
 赤錆の目立つ鉄柵の向こうに、天井から伸びる鎖で両手首を拘束された、マース。
 裸体のままつり下げられ、足下には彼のものと思われる血だまりが出来上がっていた。
「マ、マース・・・・・・っ」
 全身血塗れで、皮膚がただれていた。
 時折皮膚の表面が泡立ち、血が吹き出す。
 そのたびにマースは喉を反らせ、絶叫していた。
 あまりにも悲惨な光景。
 俺が倒れそうになると、エルヴィスが抱きしめるように支えてくれた。
「だから、覚悟しろと言っただろう」
 従兄の声は震えている。
 俺を支える手も、小刻みに震えていた。
「父は、何をしたんだ・・・・・・?」
「陛下は、ご自身の血をマースに入れ、眷属の契を行ったんだ」
「そんなーー!」
 失敗すれば、マースの体は破裂してしまう。
 皮膚が膨らんでは破裂しているところを見ると、ヴァンパイアの血とマースの生命力が戦っているのだろう。
「普通の人狼なら、とっくに死んでいるはずだった。だが、マースは自己治癒能力を持っていたらしく、こうして肉が弾けては治っての繰り返しだ」
「自己治癒能力って、人狼にそんな・・・・・・」
「銀狼の特殊能力だ」
「!」
 だから祖父は、手帳に書き残したのだ。
 ヴァンパイアの血に耐えられる体を持つ銀狼。
 その希有な存在に自分の生涯を費やした研究を託して。
 けれど、こんなに苦しむマースは見ていられない。
 俺は鉄柵にしがみつき、必死にマースの名を呼んだ。
「マース、俺だ!」
「ーーで、んか?」
 息も絶え絶えに、マースは俺をみた。
 片目はつぶれ、再生が始まっている。
 あの美しい瞳が、赤紫色に変色していた。
「殿下、なぜここにーーが、ああああっ」
「マース!」
 マースのわき腹が破裂した。
 肉が飛び散り、血が俺にもかかる。
 痛いだろうに、苦しいだろうに、俺は泣きながら彼に付けた名を呼ぶことしかできない。
「マース、ごめん・・・・・・守ってやれなかった・・・・・・!」
 こんな痛い思いをさせたくなかった。
 ただ笑って、一緒に過ごしたかった。
 なのに、父のーーいや、ヴァンパイアの身勝手な実験のためにーー!
「今助けるぞ」
 俺は鉄柵を握りしめ、引きちぎろうと力を込める。
 だが、マースが小さく首を左右に振った。
「・・・・・・もう、いいのです」
「何を言う。一緒に逃げよう! 俺とともに、城の外へ!」
「もう無理なんです。私の体は、そう長く持ちません」
「もたないって・・・・・・!」
「陛下の血が、俺の体を壊しています。治癒も追いつかないーーガッ」
 背中から血しぶきが上がった。
 俺はもう、直視できずにうつむいた。
 すると、マースの穏やかな声が頭上から降り注いだ。
「殿下、私の最期の願いを聞いていただけませんか」
「最期だなんて言うな・・・・・・!」
「すみません。でも、もう意識が飛びそうなんです」
 乱れた髪の下で、マースが辛そうに微笑んだ。
「俺は、あなたの眷属になりたかった。あなたのそばにいたかった。あなたをーー愛しているからです」
「ーーっ」
「子供じゃなく、一人の男として見てほしかった」
 子供扱いするたびに、ふてくされていたマースの顔を思い出した。
 あれは、そういう事だったのか。
「あなたの伴侶になれないなら、せめて、眷属としてお側に置いて頂きたかったのですがーーそれももう、叶いそうにありませんね」
「気を強く持て! 父になど負けるな!」
「は・・・・・・申し訳ありません」
 苦しそうに笑うマースを見て、俺は鉄柵の中に腕を伸ばした。
 すぐそばに、マースがいる。後少しで届く距離。
 触れてやりたい。ずっと側にいてやりたい。
 なのに、鉄柵はその思いも阻む。
 俺は嗚咽を漏らしながら、なおも必死に腕を伸ばした。
 すると、横からエルヴィスが手を伸ばしーー牢の鍵を開けてくれた。
「ーー行け、王子」
 俺は従兄に礼も言わず、独房の中へーーマースへ抱きついた。
 つり下げられたままの彼を抱きしめ、頬を撫でてやった。
「マース、マース・・・・・・っ」
「殿下・・・・・・!」
 マースは俺の頬に顔をすり寄せ、何度も俺を呼んだ。
 絶叫して声がかすれていたが、ずっと聞きたかった声だった。
 俺はマースの手首を拘束している鎖を切断した。
 落ちてきたマースを抱きとめ、傷に障らないよう抱える。
「ここから出よう。二人で、どこか遠くへ・・・・・・」
「いいえ、殿下。もう、体が・・・・・・」
 そう言われ、俺はマースの体を診た。傷が再生していなかった。
 あちこちから血が流れ出し、止まらない。
 羽織っていた上着を、一番大きな背中の傷に押しつけるが、どす黒いシミが広がり続けた。
「なんで治らないんだ・・・・・・!」
「言ったでしょう。体が限界なんです」
 死に直面しても、マースは柔和に微笑んでいた。
 俺に軽くキスをして、照れくさそうにはにかむ。
「殿下、好きです。愛しています」
「・・・・・・っ」
「そんな悲しそうな顔しないで・・・・・・最期くらい笑って下さいよ」
 笑えるわけがない。
 大切に育ててきたマースが今、死に瀕している。
 俺は自分の爪で手のひらを切り、溢れてきた血を口に含んだ。
「殿下・・・・・・?」
 マースが両目を見開くのと同時に、俺はマースにキスした。
 口に含んだ血をマースの中に流し込むと、唇を離し、マースの胸板に牙を突き立てた。
 眷属の契だ。
 普通なら、俺の噛んだ場所に眷属となった証ーー印(いん)が浮き出るはずだが、マースの体には何も現れない。
 父の血で拒絶反応が起きているから、当たり前と言えば当たり前だ。
 だが、もしかするとマースの体が、俺の血を受け入れてくれるかと思ったのだ。
 眷属になれば、死にかけた命もヴァンパイアとして生まれ変われる。一縷の望みに賭けたのに・・・・・・。
「こんな事になるなら、お前を早く逃がしてやれば良かった!」
「殿下・・・・・・そのお気持ちだけで十分です。印がなくとも、俺はずっと前からーーあなたの眷属ですから」
「ーーっ、当たり前だ」
 頭を撫でてやりながら、俺は精一杯微笑んだ。
 マースは生気が薄くなった顔をほころばせ、俺にすり寄った。
「殿下、感謝します。俺は、本当に幸せで、す・・・・・・」
「マース? おい、マースーー!」
 がっくりとうなだれたまま、マースは動かなかった。
 脈もない。息もしていない。
 血だけが延々と流れ出し、床に広がっていった。
 呆然としていると、複数の足音が近づいてくる。
 煌々とした灯りが俺達を照らし出し、息を切らした父が現れた。
「なぜお前がここに・・・・・・」
「申し訳ありません。私がお連れしました」
「エルヴィス・・・・・・貴様」
「お許しを」
 深々と頭を下げるエルヴィスを殴り倒し、父は俺の元へ闊歩した。
 腕を乱暴に捕まれ、マースから引き剥がされる。
「エルヴィス、貴様はこの愚息を連れて下がれ! 他の者は人狼の亡骸を処理しろ!」
「はっ」
 忠実な兵士たちは、俺の横を通り過ぎてマースの体を物のように持ち上げた。
「やめろ! 彼の体に触るな!」
「いい加減目を覚ませ、王子! お前は後三日でこの世界の王となるんだぞ!? そうしたら、お前もこの実験を引き継ぐんだ!」
「嫌です! 俺は絶対、父上やおじいさまのようにはならない!」
「生意気な・・・・・・っ」
 父は俺の体をエルヴィスの方へ投げ飛ばし、マースが閉じこめられていた牢を閉じた。
 鉄柵を隔て、父は俺とエルヴィスを険しい顔で見下ろしていた。
「さっさと連れて行け! 断血は式典が終わるまでに変更だ!」
「はい、陛下」
 エルヴィスが俺の肩に手をおく。
 俺は狂ったようにマースの名を呼び続けた。 
 エルヴィスが俺を無理矢理抱えて地下牢を出るまで、俺は声が枯れるほど叫び続けた。
 生まれて初めて、父を呪った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

処理中です...