ダークナイト・ヴァンパイア ~宵闇の王子~

哀楽

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第四章:逃避

第一話:目覚め

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「・・・・・・マース、なのか?」
「はい、殿下。種族を越えた、あなたの眷属です」
 目が覚めたばかりの俺の中には、過去の自分と今の自分、マースと父が混在していた。
 俺の頬に触れたマースは、酷く悲しそうに、眉尻を下げていた。
「気分はいかがですか?」
「・・・・・・目が回る」
「不完全な目覚め方をしたからでしょう。あなたはまだ、完全にヴァンパイアとして覚醒していらっしゃいませんから」
 記憶だけが戻り、体は人のままだとマースは言った。
 俺は体を起こそうとしたが、体がベッドに固定されていて、動けなかった。
「ここはどこだ」
「本部の研究所です。あなたは丸二日眠っていらっしゃいました」
「どうりで、腹が空いているわけだ」
 俺はかすれ声で小さく笑った。
 笑うしかなかった。
 なんだ、この状況は。
 三百年前までヴァンパイアだったのに、なぜ俺は今、人間として生きている?
 てっきり炎に焼かれて死んだと思っていたのに。
「お前、俺に何をした?」
「私は何も。能力を酷使された殿下は、私と心中する一歩手前で、人間の赤子になってしまわれました」
「そんな事はあり得ない」
「ですが、事実です。今のお姿までご成長されるのに、三百年眠っていらっしゃいました」
「それで、目が覚めたら記憶がなくて、お前の息子になっていたというわけか?」
 偽装された墓に花を手向け、何も埋まっていない墓石に向かって話しかけていた俺は滑稽だ。
 嘲笑しか浮かばない。
「なぜ俺を殺さず、側に置いた? お前を殺そうとしていたのに」
「あなたは、私の全て。何を犠牲にしてでも側にいたい、唯一の相手なのです」
「・・・・・・間違ってるよ、お前」
 静かに低頭したマースは、俺の拘束を解いた。
 ようやく自由になった俺は半身を起こす。
 めまいが酷かった。
「・・・・・・っ」
「大丈夫ですか?」
「心配ない、気にするな」
 頭の奥がズキズキと疼き、まるでヴァンパイアとしての記憶が、人の体に負荷をかけているようだった。
 こめかみを押さえて静かに耐えていると、俺はふと気づいた。
「おい、イザークはどうした」
 乱暴な方法で拘束されたイザークを思い出し、俺の目に力がこもった。
 きっと、本部の中にいるはずだ。
「マース、答えろ」
「イザークは、別の部屋で実験体として利用しています」
「実験、だと?」
 実験なんて、この世で最も大嫌いな言葉だ。
 何も生まない。
 苦しみが増えるだけ。
 マースが一番理解しているはずなのに。
「イザークは無事なんだろうな!?」
 ベッドから倒れ込むようにマースにつかみかかる。
 俺が消えてから、一人で生きてきたイザークは、どれほど心細かっただろう。
 最後ーーあの日の別れ際に見た彼の泣き顔は、今も鮮やかに覚えている。
 俺が最初に思い出した記憶だ。
「俺をイザークのところへ連れて行け!」
「会う必要はないかと」
「それは俺が決めることだ。案内しろ!」
 ため息混じりに、マースは俺の体を抱き上げた。
 別に自分で歩けるが、有無を言わさぬまま、彼は俺の寝かされていた部屋を出た。
 部屋の外には、ガラス張りの研究室がいくつもならんでいた。白衣を着た人間が何十人と往来する廊下を、マースはゆったりと進む。
 俺を抱えて歩いているものだから、研究者たちが目を丸くしてこちらを見ていた。
 ーーいや、俺の正体が既に知られているなら、これは研究対象を見る好奇の目に違いない。
 周囲の視線から逃げるように目線をそらすと、研究室のガラスに俺の顔が映った。
 黒かった目は、今や赤みの強い紫になっている。
 思えば、イタリアで目が赤く充血していたのも、覚醒が始まっていたのかもしれない。
 だが、覚醒の要因となったのはイザークの血だ。
 血を飲む前から変化があったのだとすると、それ以前に俺がヴァンパイアの血を飲んでいることになる。
 いつ飲んだっけ・・・・・・?
「着きましたよ、殿下」
「あ、ああ」
 俺は我に返り、前に目をやる。
 扉の両脇にガードマン、扉には指紋照合と角膜照合という、ひときわ厳重な警備がしかれた研究室。
 マースは一通りのチェックを済ませ、中に入った。
「おい、俺を降ろせ。自分で歩く」
「もう少し、このままで。殿下として私のお側にいて下さるのは、久々なのですから」
 そう、笑った。
 しわの増えた顔には、若かりし頃の面影がまだ残っている。
 楽しかった日々が重りのようにのしかかった。
 彼の起こした大惨事を、許してしまいそうになる。
 どれだけ弁明しても、けして償えるものではないのに。
「ローガン、見張りご苦労様」
「ローガン?」
 団長が呼びかける先には、実験室らしき物をうかがえる横長の窓ガラスと、その前でこちらを振り返っているローガンの姿があった。
 俺を見ても、表情を変えない。
 笑みも、怒りも、何の感情も浮かんでいない。
 対して俺は、ローガンのうつろな視線に耐えかね、うつむいた。
「捕虜の様子はどうかね?」
 団長が訪ねると、ローガンは再び窓ガラスの方へ視線を戻した。
「変わりありません。少し弱ってきたぐらいです」
 弱ってきた・・・・・・?
 俺はマースを突き飛ばすと、窓ガラスにぴったりと張り付き、向こうに目を凝らした。
 ガラスの向こうは一面真っ黒で、部屋の中央に立てられた細長いポールに、イザークが拘束されている。
 天井からは、イザークに向けて光が一直線に伸びていた。
「彼は今、死なないギリギリのところまで血を抜き、疑似日光を照射し続けています。あの状態で活動は可能かーーもしくはどの程度で死ぬか、試しているんですよ」
「お前、正気か!? 昔武道を習った相手に、なんてむごいことを・・・・・・っ」
「人間を敵視するヴァンパイアなど、不要でしょう。この世界に必要なのは、人や人狼に無償の愛を与えて下さった、殿下のみ」
 窓ガラスに張り付いたままの俺を、マースは後ろから抱きしめた。
 首から耳朶までねっとりと舐められ、腰から背筋にかけて、悪寒が走る。
 ふりほどこうとしても、今の俺は人間。マースの腕力にかなうはずもなかった。
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