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第四章:逃避
第四話:俺の気持ち
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日が、沈む。
柔らかな日差しがかすみ、宵闇が忍び寄る。
赤、紫、紺の三色が入り交じる夕暮れ時が、俺は最も好きな時間帯だった。
見ていて飽きないし、心が穏やかになる。
だが、今は絶望しかない。
用意された監視付きの部屋は、監獄のようだ。
ベッド、テーブル、ソファ、クローゼットーー全てが木製の最高級品。
俺のためにとマースが用意したようだが、少しも嬉しくない。
見かけは美しい調度品で飾られていても、俺を逃がさないための茨の監獄。
俺の首にぶら下がっているチェーン付きの首輪が、それを物語っていた。
この三日、窓辺にソファを置いてずっと外を眺めている。この部屋では、それ以外にすることがない。
出入り口でたたずむ二人の監視に見られながら、何かする気にはならなかった。
外を眺め、朝昼晩の三回ーーマースに血を吸われる。
俺の手首には常に輸血用のチューブと針が刺され、血が送り込まれていた。そうでもしないと、毎日三回の吸血には耐えられない。
そして、晩餐の時間がやってくる。
「ーー殿下、入りますよ」
体が大きく震えた。
自動扉が静かに開き、マースが入ってくる。
監視の二人を追い出すと、彼は俺の側へやってきた。
「また、眠っていらっしゃらないのですね。目の下が黒くなっていますよ」
「この状況で眠れる訳ないだろ」
「私に血を吸われるのが楽しみで、眠れないんですね?」
「ちがーー」
返事など待たず、マースは俺を抱き上げた。
暴れる俺をベッドに放り、上に多い被さってくる。
怖い。
逃げ場がない。
震えながら顔を伏せると、マースは犬のように俺へすり寄った。
「そんなに怖がらないで下さい。ーーめちゃくちゃにしたくなります」
言葉に反し、マースの目は優しい。
俺の頭を撫でながら、壊れ物を扱うように優しく抱きしめてきた。
「まだ私があなたに懐いていない頃、よくこうして抱きしめて下さいましたね。覚えていらっしゃいますか?」
「・・・・・・怖い夢を見て泣いている時も、よく抱きしめていた」
「懐かしいですね。今では、殿下の方が小さくていらっしゃる」
マースは俺から体を離した。
探るように、彼の指先が俺の襟を広げていく。
落ち着き始めていた俺の心臓が、再び忙しなく動き始めた。
また血を吸われる。
鋭くとがった犬歯が、俺の皮膚に近寄る。
思わず目を閉じると、後方で自動扉の開閉する音が聞こえた。
「・・・・・・失礼します、団長」
ローガンの声だ。
団長は不満そうに舌打ちをし、俺から離れた。
「どうした、ローガン」
「司令部が団長を呼んでいます」
「分かった。お前はここにいなさい」
「了解」
団長は一度俺を、名残惜しそうに見た。
だが、すぐにきびすを返して部屋を出ていく。
俺は体を起こすと、出口を塞ぐように立っているローガンを見据えた。
「・・・・・・やつれたな、お前」
「・・・・・・」
「なんだ、もう俺とは話さないつもりか?」
「敵の親玉と話すわけにいかないからな」
「おい、どういう意味だよ」
思わずベッドから起き上がり、ローガンに詰め寄った。
彼は、最後島で見たときよりもやせ細り、頬がこけていた。
目も据わり、以前の面影はどこにもない。
ーーまるで、死の淵からよみがえったばかりのマースを見ているようだった。
「俺は確かにヴァンパイアだったけど、お前と過ごした三年間が消え去った訳じゃない。今でもお前をーー」
「黙れよ! そんな言葉聞きたくない!」
ローガンに胸を強く押され、俺はよろめいた。
「なにするんだ、ローガン!」
「どうせお前のことだから、今でも俺を相棒だの何だの言うつもりだろ!?」
「当たり前だろ。三年間、ずっと背中を預けてきたんだから!」
「でもお前は、よりにもよって王族ヴァンパイアだったじゃないか・・・・・・!」
ローガンの目から、涙がこぼれ落ちた。
彼が泣くのを見るのは初めてで、俺は思わず言葉を飲み込む。
ずるりと座り込んだローガンは、頭を抱えた。
しゃくりあげる様子が幼い子供のようで、俺の怒りが収縮していった。
「・・・・・・なんで? なんでお前がヴァンパイアなの? ずっと好きだった奴が、なんで・・・・・・っ」
「ローガン・・・・・・」
「ヴァンパイアにお前を盗られそうで焦ってたら、今度は団長がお前を独り占めしてーー俺のこの気持ちはどうしたらいいんだ? 教えろ、ライアン」
「・・・・・・」
どう答えたらいいのだろう。
好いてもらえるのは本当に嬉しい。
けれど、マースの独占的な歪んだ愛も、ローガンの純粋な好意も、応えてやることができない。
だって、俺は三百年も昔に、ただ一人の男に心を差し出したから。
生まれる前から結婚が決められていた、生涯ただ一人の伴侶。なかなか決断できない俺を、ずっと待っていてくれた優しい人。
あの人ーーエルヴィスにしか、愛しているとは言えない。
だから、
「ーーごめん。俺は、お前の気持ちには応えられない。俺は会わなきゃいけない奴がいる」
強い口調で言い切ると、うつむき、震えていたローガンが勢いよく顔を上げた。
いつになく険しい表情を浮かべ、立ち上がった。
「あの王族ヴァンパイアか」
「・・・・・・ああ。あいつは俺を待ってる」
「お前を助けにもこないじゃないか。翼を持つ王族ヴァンパイアのくせに!」
「それは・・・・・・」
言いよどんだとき、ローガンが俺の両肩を掴んだ。
その場に引きずり倒され、手首を押さえ込まれる。
彼の全体重が俺にのし掛かり、腕が痛んだ。
柔らかな日差しがかすみ、宵闇が忍び寄る。
赤、紫、紺の三色が入り交じる夕暮れ時が、俺は最も好きな時間帯だった。
見ていて飽きないし、心が穏やかになる。
だが、今は絶望しかない。
用意された監視付きの部屋は、監獄のようだ。
ベッド、テーブル、ソファ、クローゼットーー全てが木製の最高級品。
俺のためにとマースが用意したようだが、少しも嬉しくない。
見かけは美しい調度品で飾られていても、俺を逃がさないための茨の監獄。
俺の首にぶら下がっているチェーン付きの首輪が、それを物語っていた。
この三日、窓辺にソファを置いてずっと外を眺めている。この部屋では、それ以外にすることがない。
出入り口でたたずむ二人の監視に見られながら、何かする気にはならなかった。
外を眺め、朝昼晩の三回ーーマースに血を吸われる。
俺の手首には常に輸血用のチューブと針が刺され、血が送り込まれていた。そうでもしないと、毎日三回の吸血には耐えられない。
そして、晩餐の時間がやってくる。
「ーー殿下、入りますよ」
体が大きく震えた。
自動扉が静かに開き、マースが入ってくる。
監視の二人を追い出すと、彼は俺の側へやってきた。
「また、眠っていらっしゃらないのですね。目の下が黒くなっていますよ」
「この状況で眠れる訳ないだろ」
「私に血を吸われるのが楽しみで、眠れないんですね?」
「ちがーー」
返事など待たず、マースは俺を抱き上げた。
暴れる俺をベッドに放り、上に多い被さってくる。
怖い。
逃げ場がない。
震えながら顔を伏せると、マースは犬のように俺へすり寄った。
「そんなに怖がらないで下さい。ーーめちゃくちゃにしたくなります」
言葉に反し、マースの目は優しい。
俺の頭を撫でながら、壊れ物を扱うように優しく抱きしめてきた。
「まだ私があなたに懐いていない頃、よくこうして抱きしめて下さいましたね。覚えていらっしゃいますか?」
「・・・・・・怖い夢を見て泣いている時も、よく抱きしめていた」
「懐かしいですね。今では、殿下の方が小さくていらっしゃる」
マースは俺から体を離した。
探るように、彼の指先が俺の襟を広げていく。
落ち着き始めていた俺の心臓が、再び忙しなく動き始めた。
また血を吸われる。
鋭くとがった犬歯が、俺の皮膚に近寄る。
思わず目を閉じると、後方で自動扉の開閉する音が聞こえた。
「・・・・・・失礼します、団長」
ローガンの声だ。
団長は不満そうに舌打ちをし、俺から離れた。
「どうした、ローガン」
「司令部が団長を呼んでいます」
「分かった。お前はここにいなさい」
「了解」
団長は一度俺を、名残惜しそうに見た。
だが、すぐにきびすを返して部屋を出ていく。
俺は体を起こすと、出口を塞ぐように立っているローガンを見据えた。
「・・・・・・やつれたな、お前」
「・・・・・・」
「なんだ、もう俺とは話さないつもりか?」
「敵の親玉と話すわけにいかないからな」
「おい、どういう意味だよ」
思わずベッドから起き上がり、ローガンに詰め寄った。
彼は、最後島で見たときよりもやせ細り、頬がこけていた。
目も据わり、以前の面影はどこにもない。
ーーまるで、死の淵からよみがえったばかりのマースを見ているようだった。
「俺は確かにヴァンパイアだったけど、お前と過ごした三年間が消え去った訳じゃない。今でもお前をーー」
「黙れよ! そんな言葉聞きたくない!」
ローガンに胸を強く押され、俺はよろめいた。
「なにするんだ、ローガン!」
「どうせお前のことだから、今でも俺を相棒だの何だの言うつもりだろ!?」
「当たり前だろ。三年間、ずっと背中を預けてきたんだから!」
「でもお前は、よりにもよって王族ヴァンパイアだったじゃないか・・・・・・!」
ローガンの目から、涙がこぼれ落ちた。
彼が泣くのを見るのは初めてで、俺は思わず言葉を飲み込む。
ずるりと座り込んだローガンは、頭を抱えた。
しゃくりあげる様子が幼い子供のようで、俺の怒りが収縮していった。
「・・・・・・なんで? なんでお前がヴァンパイアなの? ずっと好きだった奴が、なんで・・・・・・っ」
「ローガン・・・・・・」
「ヴァンパイアにお前を盗られそうで焦ってたら、今度は団長がお前を独り占めしてーー俺のこの気持ちはどうしたらいいんだ? 教えろ、ライアン」
「・・・・・・」
どう答えたらいいのだろう。
好いてもらえるのは本当に嬉しい。
けれど、マースの独占的な歪んだ愛も、ローガンの純粋な好意も、応えてやることができない。
だって、俺は三百年も昔に、ただ一人の男に心を差し出したから。
生まれる前から結婚が決められていた、生涯ただ一人の伴侶。なかなか決断できない俺を、ずっと待っていてくれた優しい人。
あの人ーーエルヴィスにしか、愛しているとは言えない。
だから、
「ーーごめん。俺は、お前の気持ちには応えられない。俺は会わなきゃいけない奴がいる」
強い口調で言い切ると、うつむき、震えていたローガンが勢いよく顔を上げた。
いつになく険しい表情を浮かべ、立ち上がった。
「あの王族ヴァンパイアか」
「・・・・・・ああ。あいつは俺を待ってる」
「お前を助けにもこないじゃないか。翼を持つ王族ヴァンパイアのくせに!」
「それは・・・・・・」
言いよどんだとき、ローガンが俺の両肩を掴んだ。
その場に引きずり倒され、手首を押さえ込まれる。
彼の全体重が俺にのし掛かり、腕が痛んだ。
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