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第一章
狭間の訪問者
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俺めがけて突き出された白刃。
通常であれば簡単に避けられる速度なのに、妊娠してから体がひどく重く、動きづらかった。
それでも子供を守るため、最小限の動きで避けようとしたが、俺が避けるより先に剣先が喉のすぐ近くで停止した。
男は長く息を吐くと、俺を見下ろす目を細めた。
「あなたは殺すなと命令されている。おとなしく俺と来い」
「これは・・・・・・突然のお誘いだな。君にそんな命令を出したのは、もしかしてーー」
「マース・ブラックフォード聖騎士団長。あなたも知っているはずだ」
「やっぱり・・・・・・」
あの執念深さには感服する。
しかし、なぜこの男は結界を通り抜けられたのだろう。
ヴァンパイアしか通れないはずなのに。
「君はどうやって結界を通過した? ヴァンパイア以外は弾かれるはずだ」
「俺は特別だから。団長のために存在する、切り札だと言われた。ーーそれでも、無傷では通れなかったが」
さすが王の張った結界は強い、という男の顔には、火傷があった。無理に結界を通ったせいで負ったものだろう。
恐らく、服で見えない場所にも火傷を負っているはずだ。
すでにただれた傷口の再生が始まっているが、俺たちに比べると治りは微々たるもの。
この様子だと、完全に治るには丸一日かかる。
おずおずと傷に手を伸ばすと、首に添えられた剣が、少しだけ肉に食い込んだ。
「・・・・・・っ」
「動くとその首、切り落とす」
「俺を殺せば、君はマースに殺される」
「は?」
「俺が君に不利なことをしたら、この剣を薙げばいい」
男が剣を持つ手に力を込めたのがわかった。
首にチリチリと痛みが広がるが、俺は彼の首筋にそっと触れ、傷を癒す術式を施す。
亀の歩行のごとくのろかった治癒速度は格段に上がり、男の負っていた傷は全て癒えた。
男は俺から刃を引くと、困惑した顔で訊ねた。
「なんで敵の傷を治した?」
「怪我人を助けるのは、当たり前だろ」
「人間は躊躇いなく殺すのに?」
彼の顔色が変わり、はっきりと憎悪が滲んでいた。
確かにヴァンパイアは人間の血を飲むが、この一年、俺の指揮下に下ったヴァンパイア達は、人間を襲ってはいない。
仲間内の血で喉を潤し、時には動物の血で飢えをしのいでいた。
そう、彼に説明したが、
「そんな話、信じられると思うか?」
やはり信じてもらえない。
人間の世界に流れたヴァンパイアに対する凶悪なイメージは、根深いようだ。
「信じてもらおうとは思わないが、本当のことなんだ。俺は生まれてから一度も人間の血を飲んだことはない」
「嘘だ」
「だから、信じるも信じないも君の勝手だよ」
男の瞳が迷うように揺れる。
透き通った紅色の瞳は、明らかにヴァンパイアのものだった。
「もしかして、君にもヴァンパイアの血が流れているんじゃないか?」
「この俺に、汚らわしいヴァンパイアの血が流れているはずないだろう!」
無造作に振るわれた剣が、俺の髪を数本切り払う。
「俺はヴァンパイアでもなければ人狼でも、人間でもない。ただ団長の為に尽くす、選ばれた存在だ」
この様子だと、本人も自分が何者なのか知らされていない。
・・・・・・違う。何者なのか悟られないよう、マースが刷り込んでいる。
外見はどう見てもヴァンパイア。でも本人がそれを認めようとしない。
「ーー君も、マースの実験による被害者か」
「どういう意味だ」
「気になるなら、君が惚れ込んでいる団長さんに聞くといいよ」
「聞く気なんかない。俺にとって、あの人の言葉が全てだ。だからーー」
闘気をまとった男は、得物を構えて俺に詰め寄った。
「団長の命令により、あなたを捕獲する。出来る限り傷は付けるなと言われているから、無駄な抵抗はしない方がいい」
「俺も痛いのは嫌いだから、そうしたいのは山々なんだけど」
俺は机の引き出しを開け、二丁の拳銃を取り出した。
胴体も弾も全て銀で出来た、俺の新しい武器だ。
「俺には今、守らなきゃいけないものがたくさんある。ここでおとなしく捕まるわけにはいかないんだよ」
「他人を守る心配より、自分を守れるかどうか心配するんだな」
俺めがけて突き出された白刃。
通常であれば簡単に避けられる速度なのに、妊娠してから体がひどく重く、動きづらかった。
それでも子供を守るため、最小限の動きで避けようとしたが、俺が避けるより先に剣先が喉のすぐ近くで停止した。
男は長く息を吐くと、俺を見下ろす目を細めた。
「あなたは殺すなと命令されている。おとなしく俺と来い」
「これは・・・・・・突然のお誘いだな。君にそんな命令を出したのは、もしかしてーー」
「マース・ブラックフォード聖騎士団長。あなたも知っているはずだ」
「やっぱり・・・・・・」
あの執念深さには感服する。
しかし、なぜこの男は結界を通り抜けられたのだろう。
ヴァンパイアしか通れないはずなのに。
「君はどうやって結界を通過した? ヴァンパイア以外は弾かれるはずだ」
「俺は特別だから。団長のために存在する、切り札だと言われた。ーーそれでも、無傷では通れなかったが」
さすが王の張った結界は強い、という男の顔には、火傷があった。無理に結界を通ったせいで負ったものだろう。
恐らく、服で見えない場所にも火傷を負っているはずだ。
すでにただれた傷口の再生が始まっているが、俺たちに比べると治りは微々たるもの。
この様子だと、完全に治るには丸一日かかる。
おずおずと傷に手を伸ばすと、首に添えられた剣が、少しだけ肉に食い込んだ。
「・・・・・・っ」
「動くとその首、切り落とす」
「俺を殺せば、君はマースに殺される」
「は?」
「俺が君に不利なことをしたら、この剣を薙げばいい」
男が剣を持つ手に力を込めたのがわかった。
首にチリチリと痛みが広がるが、俺は彼の首筋にそっと触れ、傷を癒す術式を施す。
亀の歩行のごとくのろかった治癒速度は格段に上がり、男の負っていた傷は全て癒えた。
男は俺から刃を引くと、困惑した顔で訊ねた。
「なんで敵の傷を治した?」
「怪我人を助けるのは、当たり前だろ」
「人間は躊躇いなく殺すのに?」
彼の顔色が変わり、はっきりと憎悪が滲んでいた。
確かにヴァンパイアは人間の血を飲むが、この一年、俺の指揮下に下ったヴァンパイア達は、人間を襲ってはいない。
仲間内の血で喉を潤し、時には動物の血で飢えをしのいでいた。
そう、彼に説明したが、
「そんな話、信じられると思うか?」
やはり信じてもらえない。
人間の世界に流れたヴァンパイアに対する凶悪なイメージは、根深いようだ。
「信じてもらおうとは思わないが、本当のことなんだ。俺は生まれてから一度も人間の血を飲んだことはない」
「嘘だ」
「だから、信じるも信じないも君の勝手だよ」
男の瞳が迷うように揺れる。
透き通った紅色の瞳は、明らかにヴァンパイアのものだった。
「もしかして、君にもヴァンパイアの血が流れているんじゃないか?」
「この俺に、汚らわしいヴァンパイアの血が流れているはずないだろう!」
無造作に振るわれた剣が、俺の髪を数本切り払う。
「俺はヴァンパイアでもなければ人狼でも、人間でもない。ただ団長の為に尽くす、選ばれた存在だ」
この様子だと、本人も自分が何者なのか知らされていない。
・・・・・・違う。何者なのか悟られないよう、マースが刷り込んでいる。
外見はどう見てもヴァンパイア。でも本人がそれを認めようとしない。
「ーー君も、マースの実験による被害者か」
「どういう意味だ」
「気になるなら、君が惚れ込んでいる団長さんに聞くといいよ」
「聞く気なんかない。俺にとって、あの人の言葉が全てだ。だからーー」
闘気をまとった男は、得物を構えて俺に詰め寄った。
「団長の命令により、あなたを捕獲する。出来る限り傷は付けるなと言われているから、無駄な抵抗はしない方がいい」
「俺も痛いのは嫌いだから、そうしたいのは山々なんだけど」
俺は机の引き出しを開け、二丁の拳銃を取り出した。
胴体も弾も全て銀で出来た、俺の新しい武器だ。
「俺には今、守らなきゃいけないものがたくさんある。ここでおとなしく捕まるわけにはいかないんだよ」
「他人を守る心配より、自分を守れるかどうか心配するんだな」
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