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2章 学園初等部~

2-29 世の中知らないほうが良いこともある

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 研究所でのモンスター大暴れ騒動から数日が経過し、あちこちで暴走が起きていたせいで壊れていた箇所も多かったのだが、それでも今はすっかり全部直されており、日常が戻ってきていた。

 ただ、今回の騒動を受け、魔道具によるモンスターへの強制的な操りの危険性が出てきたので、全部が元通りという訳ではない。

 別に、危険になるようなモンスターが隔離されたとか、別の場所に移されたとかではなく…‥‥


【キュキュル!!】
「ん、どうやらこれで十分聞こえなくなったようじゃな。ひとまずはこれで安心じゃろう」

 分厚いガラスの向こうでハクロが合図を送り、実験が成功したことを伝えてくれる。

「これを全部、研究所の壁の中に埋め込むことで、今回のような音を利用したものが通じなくなるのか‥‥‥対策って、案外簡単にできるんですね」
「まぁ、単純な仕掛けじゃったからな。流石に音で操るのは想定外じゃったが、結果としては研究所の強化になったし、良かったかもしれんのぅ」

 職員たちがハクロとの間に作っていたガラスを撤去している間に尋ねてみれば、所長は満足そうにそう返答する。

 研究所の防犯設備の見直しという事で‥‥‥今回は、研究所全体に音を通さない特殊な建材を入れることにしたようだ。

 それが今、ガラスの中に入れている建材らしく、しっかりと効果を発揮しているようである。

 なお、その特殊な建材自体は、これまた研究所で研究していたモンスターから取れる物らしく、時間はかかれども徐々に備え付けることが可能であり、近いうちに同様の事件が起きたとしても大丈夫になるようだ。

 また、音以外の方法‥‥‥モンスターにしか感知できないような光や振動などもあるらしいので、そちらを利用した同様の事件が起きかねないという想定もできたので、こちらはこちらで対策を立てられるそうだ。


【キュルルゥ、ココだけでもアルス、安全。でも、私も、アルスのために、効かないように、強くなる!】
「強くならなくとも、薬とかがあるんだけどね」
【アルス、頼り過ぎない!私、守る!】

 実験を終えてすぐに駆け寄って来て、僕をぎゅっと抱きしめ、ハクロはそう語る。

‥‥‥この数日のうちに結構言葉も上達したようで、そこそこ喋り上手になってきたようだ。

 でも、守られるってのもなぁ‥‥女の子に男の子が守られていい物か。いや、彼女はモンスターだし、僕の方はまだ10歳児だから違和感はない‥‥‥のか?何かおかしいような気がするけど、気にしたら負けか。

 それに、こうやってくっついてくれるのも悪くはな…‥あ、ちょっと待って?

「ははは、儂がいない間により仲を深めているようじゃなぁ。うむうむ、仲が良いことは嬉しいのじゃが‥‥‥ハクロ、そろそろ放したほうが良いのじゃ」
【キュ?】
「アルスがさっきからぺしぺしと抗議しているのに気が付いておらぬか?お主、ちょっとテンションが上がるようになったのは良いのじゃが…‥‥お主の大きな胸で窒息するぞ」
【…‥‥キュルル!?】

…‥‥うん、所長、その言葉ありがとうございます。もうちょっと早く、彼女に気が付いて欲しかった気もするが…‥‥ハクロ、抱きしめるのは良いけどちょっとずり落ちて窒息しかけ‥‥‥









「ふぅ、亡くなった母さんらしき人が手招きしていた光景を見たけど‥‥‥なんとか助かった」
【キュルルゥ、アルス、ごめん、本当に、ごめん】
「良いよハクロ、悪気が無かったんだよね」
【キュルゥ‥‥‥】

 顔も覚えていないというか、亡くなった母さんらしき人を見たような気がするが、ひとまず僕の命は助かったと言えるだろう。

 しょぼーんっと彼女が落ち込むが、悪気は無かったので注意するように言っておきつつ、大丈夫だよと伝えるために手っ取り早く彼女の頭を撫でる。


 一応、本日の研究なども終わり、僕らは研究所内に与えられている自室に戻っていた。

「それに、夏季休暇も終わりが見えてきたし‥‥‥宿題ももうちょっとで終わるから、少し待って」
【キュル、待つ!】

 研究所内で過ごしていると忘れそうにはなるが、今は夏季休暇も後半に入っており、終わりが見えてきた頃合い。

 宿題も出されているので、計画的にこなしており、騒動のせいで多少の遅れは出たものの予定通りに何とか無事に終わらせることは出来そうである。

「とはいえ、こうやっていると夏季休暇も終わりそうで、研究所から寮生活へ戻るわけだけど‥‥‥思いのほか、ココでの生活も楽しかったなぁ」



 最初は色々と不安ではあったが、それでも自由に過ごすことが出来たので、特に不満も何もなかった。

 騒動さえ除けば、軽くハクロに関する研究に協力したり、施設内でのお手伝いなどで時間がつぶれて言ったが‥‥‥悪くもなかっただろう。

 職員の人達も何かと優しく、所長に振り回されている愚痴なども同情しつつ、不快な気分も何もなく過ごせたからね。ただ、胃薬の販売をちょっとやったら全員買い求めに来たけどね‥‥‥うん、夏季休暇終了後にここへ訪れる機会は少ないだろうし、あとで正妃様経由でこちらにも卸せるようにしてもらった方が良いのかもしれない。職員の胃の将来が不安である。

 何はともあれ、ハクロに関しても色々と調べることができ、彼女の正式な種族名称もようやく決められたので、いざとなればそれで名乗ることができるだろう。

 ホーリータラテクトから進化して人の姿を得た蜘蛛のモンスター…‥‥『ホーリーアラクネ』。

 タラテクトをアラクネという言葉に置き換えただけの簡単な種族名になったが、タラテクトとはちょっと違った道を歩んでいるからこそ、分かりやすい区別になるだろう。


「にしても、研究所内で検査もしているけど、ハクロも成長しているなぁ」
【キュルゥ?】

 手を動かして宿題をこなしながらつぶやけば、大人しく終わるまで待っているハクロは首をかしげた。

 彼女もここへ来る前と比べると、成長したというか‥‥‥底知れぬ力をどんどん見せていたからね。滅茶苦茶素早く動けたり、拘束能力の強化など結果を残してはいるのだ。

 ただ、先日の騒動の際に地上へ出る際に、勢いで天井をぶち抜いて出てきたことだけは説教を喰らったけどね…‥‥うん、流石に緊急事態ですぐに収めるためだったとはいえ、強引過ぎたのは反省している。

 というか、天井をぶち抜いたのは僕の薬ではなく、糸で大きな拳を作ってハクロが殴りつけたんだけど…‥‥まぁ、彼女と喧嘩はするまいと心に刻まされたな。うっかり怒らせたら、それこそ止めようがない。


 何にしても、もう間もなく終わってしまう夏季休暇。

 余裕はあれども数日ほどは早めに寮へ戻るつもりなので、ここに残る時間もそう長くはない。

「よし、これで本日分の宿題は終えた。あとはそうだな‥‥‥ハクロ、ちょっと所長の所へ行って勉強を教えてもらいに行こうか」
【キュル♪アルス、乗って、私、運ぶ♪】

 ここで過ごしている間でも、全部を終わらせて慢心するのではなく、予習復習はきちんとしておきたい。

 彼女とのんびりとした生活は送りたいけど、そのためにも知識を増やしたほうが良いだろうし、ココでの生活上要求はある程度通るので、ハクロの背中に乗せてもらって、ドマドン所長がいるであろう所長室へ向かうのであった‥‥‥











‥‥‥夏季休暇も終わりが近づき、アルスがハクロと一緒に所長室に目指している丁度その頃。

 エルスタン帝国の帝都にある王城内では、皇帝は渋い顔をしていた。

「‥‥‥調べたはいいが、敵対する国ができそうか…‥‥ふむ、火種は早く消さないといけないが、なぜこうも帝国へ敵対しようとするのやら‥‥‥」
「陛下の心中は察しますが、それだけ人の欲望というのは尽きぬものなのでしょう」

 皇帝陛下の言葉に対して、家臣たちは同様の表情を浮かべて同意する。

 エルスタン帝国自体は歴史も古く、国土も大きいのだが、近隣諸国と威圧的な関係にあるわけではない。

 よけにな火種を出さないようにかつ、国力はある程度差をつけさせるも相手の国も尊重しており、無益な争いを避けているのだ。

 帝国の軍は強いのだが‥‥‥戦争を起こすのは避けたい。

 平和が何よりも大事だというのを理解しているのであり、できるだけ他の国々の助けなども行って交流を深めているのだが‥‥‥それでも、どうしても野心を抱くような輩は出てしまう。

 今回、都市アルバニアの方にて起きた騒動に関しても、その野心を抱く輩がいる国から派遣された工作員が盗賊に紛れていたという報告もあって調べたのは良いのだが‥‥‥すぐに潰せることとはいえ、こうも出てこられるのは嫌なのだ。

「出来れば、そのあたりも帝国の力でどうにかしたいが、慢心できる程でもないからな‥‥‥とりあえず今は、争いの火種を付けようとしている馬鹿者を粛正しに動け」
「はっ」

 皇帝陛下の命令により、臣下たちは素早く動き出す。

 粛清と言っても無駄に血を観るようなことはせずに‥‥‥相手がわざわざ工作員を送り込んでくるのであれば、こちら側からも送り返せばいいだけの話。

 自分達がやられて嫌な事を、しっかりとやり返すのだ。

「しかし、モンスターを操るような魔道具を持つ輩が出てきたとなると‥‥‥これはこれで面倒な事だな。その野心のある輩だけでは、得られそうにない代物だな?」
「そのようです」
「押収して調べたところ、各国では廃棄処分レベルでしたが…‥‥何者かが流し込んだようです。間諜たちが全力で調べ上げているようですが、どうやらこれはこれで違うところに黒幕がいるようです」
「そうか‥‥‥」

‥‥‥野心を抱く者は、別の野心を抱く者にのせられやすい。

 今回の工作員を送り込んだ輩もまた、のせられた類のようだが‥‥‥そちらに調査をして見ても、トカゲのしっぽ切りのごとく情報を切り捨ててきて、掴み切れないもどかしさが残る。

「何にしても今は、まだ調べるしかできないか‥‥‥場合によっては我が国以外の友好国にも警戒をしてもらおうか。同様の手口を仕掛けられる国も出る可能性を考慮すれば、被害を減らしつつ黒幕をあぶりだせるからな」

 今はひとまず、まだまだつかみきれないだけの状況に我慢するしかあるまい。

 けれども、着実に証拠の数々を集めることはできているので、時がくれば一気に潰せるだろう。

 というかそもそも、どういう訳か‥‥‥いや、明白過ぎる原因があるのだが、そのせいで間諜たちがより全力を尽くしてくれるので、そう長くはかかるまいと皇帝は確信する。

「出てきてから、短い間にこうも色々とあるのは困るが‥‥‥それでも、良い方向へ転ぶのであれば、まだ良い方か」

 窓の方に目を向け、皇帝陛下は今はこの帝都にはいない、研究所の方にいる二人を思いながらつぶやくのであった…‥‥


「ああ、それと陛下にもう一つお知らせが」
「なんだ?」
「皇子方の内、一人にとある事件が‥‥‥‥」
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