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面倒事は、何故やってくる

#40 報復阻止策なのデス 後編

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…‥‥人は、知識さえあればある程度のことを行動に移し、やり遂げる力はある。

 しかし、その知識すらなく、実行力までもがない人の場合は、どうなるのだろうか?


 その答えは今、プーデルが見事に導き出していた。



「ぐごばぁ…‥‥み、水はどごだ…‥‥」

 ふらふらになり、あてもなくさまようプーデル。

 邸から人も食べ物も消え、今日で何日経過したのか、彼は分からない。

 ただ一つ言える事とすれば、彼は今、何もできない人間に成り下がっていることぐらいであろう。





……幼い時は、まだまともだった。

 ちょっとばかり人にいたずらしたり、飲み水に虫を入れたり、顔に落書きするぐらいのいたずら少年であったのだ。

 だがしかし、歳をとるにつれて、プーデルは歪み始めた。‥‥‥いや、もしかすると元からその素質があったのかもしれない。

 他者を見下し、自身以上の能力を認めず、欲望を抑えることができない。

 欲望に溺れれば権力を振りかざし、自分に不都合なことは潰すか消し去る。

 そんな人物に成長した彼を、周囲は何とか矯正しようと試みたが、どうしようもなかった。



 躾が足りなかった?もっと厳しくしてやればよかった?

 いや、違う。それではどうにもならないほど、彼の本質はクズ過ぎたのだ。



 そのため、オゥレ侯爵家は彼を次期当主とせずに、ある程度までは面倒を見るが、そのうち家との縁を打ち切るつもりだった。

 そんなことをプーデルは知らずに、わがままばかりのボンクラおっさんへ成長し、いい年の大人になっても、自らを省みることも、反省することもせずに、馬鹿道まっしぐらに進んでいたのだ。

 また、その頃からとある神聖国に、ちょうどいいお肉として狙われ始めており、滅亡への道は既に決まっていたのである。

……そして今、彼はその滅亡への第一歩を自ら早めてしまった。




 調理を行う、衣服を整えて用意してくれる、何をすればいいのか示してくれる……その他多くの仕事をしてくれる使用人がいなくなり、彼らをまとめている当主も消え失せた。


 最初はそのご都合主義の脳たらりんなお花畑頭で、何をどう解釈したのか、自分が次期当主として選ばれ、この屋敷を任されたのだと彼は考えた。


 だがしかし、それは大きな間違いであったことを彼は知った。

 金庫の金は消え失せ、食料庫の食料も失われ、新しい衣服に着替えようにも衣服も失われ、ないない尽くしだらけ状況。

 誰かを呼ぼうにも使用人はおらず、遠出しようにも馬もいない。


 屋敷を出て、食料や水、人を求めて出歩くが、誰一人として姿は見ない。

 まるで、プーデル一人を残し、何もかも消え失せてしまった世界になってしまった。




……初日はまだ、プーデルは一人でも大丈夫だろうと思っていた。

 自分はすごい人間であり、こんな状況でも生き延びることができると。




 けれども、それから何日が経過したのかはわからないほど日が過ぎて、ようやくプーデルは理解した。

 自分は本当に、何もできない人間であると。

 食料や水がないせい?人がいないせい?いや、そのどれもが違う。

 単純に、プーデル自身に一人で生き延びる様な能力がなかったのだ。






……食料を求め、彼は歩き始めた。

 屋敷を出て、食べられそうな野草を見つけ、口に含むが喰えたものではない。

 流れる小川を見つけ、水をすくって飲むが、おいしくない。いや、それどころかお腹の調子が悪くなってしまう。

 何か食べられそうなものもなく、飢餓感が彼を襲い、暑くなり始めた気候が体を蝕んでいく。

 潰れたアンパンのようになった顔も戻らず、足腰に力も入らない。

 次第にプーデルは疲れを見せ始めたが、こんなことで彼のその頭は治らなかった。

 自分は偉く、誰かがいれば対価もなしに助けてくれるだろうと思い、ひたすら求めて歩き続けた。






……そしてある日、暑くなった空気の中、冷たい風が流れていることに気が付いたプーデルは、流れてきた場所へ向かうと、そこには何故かあり得ない光景…‥‥樹氷が広がっていたのである。


 これは自分に天が恵んでくれたのだとおもい、プーデルは樹氷に飛びつき、熱くなった体を冷やした。

 だが、それは罠であった。




 気が付けば、足元から体が凍り始め、動かなくなった。

 慌てて振り払おうにもどうしようもなく、身体がどんどん凍っていく。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」









「あああああああぁぁあ・・・・あ?」

 悲鳴を上げ、次の瞬間プーデルは空気が変わったことに気が付いた。

 見れば、氷に覆われていた体は元に戻り、いつの間にか屋敷の自室に戻っていたのだ。


「‥‥‥ぞうが(そうか)!ゆべが(夢か)!」

 そう結論付け、プーデルはほっとしてベッドから出て…‥‥そして、屋敷の中に誰もいない現状をまた知る事になった。




……その日以来、様々な出来事がプーデルの身に降りかかった。

 綺麗な女性を見つけ、貯まった欲望のはけ口にしようと思ったら、醜い怪物になって喰われかけた。

 食べ物を持った人を見かけ、殴って奪い、いざ実食しようと口に入れた途端に、その食べ物は消え失せ、代わりに何か汚いものになっていた。

 おぞましい異形の怪物が現れ、プーデルを喰らい、その喰われている中も意識があった。


……その他にも様々なことが起きたが、どれもこれも、気が付けば自室のベッドの中に戻っており、そして一人であるという状況を否応なく認識させられる。

 あれは夢なのか?それとも今が夢なのか?


 そう考え始めると、どうなっているのかわからなくなってきた。

 自分がひどい目に遭うのは夢だが、それを終えてもまた再び最悪な夢が到来する。

 これはもう、現実なのか夢なのかすらわからず、プーデルの足りない頭では処理が追い付かず、考える事が出来なくなってきた。

 ゲシュタルト崩壊を起こし、これ以上彼は考えることができない。

 心はまだ折れていなかったが…‥‥それでも彼の性根は治る事がなかった。

 それが分かっているのか、その夢と現実が混ざった状態が延々と続く。

 それは、彼の心が本当に折れるまで、いや、真に自身の心を顧みて、悔いる時が来るまで‥‥‥





――――――――――――――――――


「‥‥‥もういい、これ以上は見たくない」

 そうつぶやき、ヘルマンはそれからそっと目をそらした。

「そうですカ。では、閉じましょウ」

 ヘルマンの言葉に答えて、そのメイド……ワゼはそっとその箱を閉じた。

 箱の中にあるのは、小さな箱庭。

 それこそ、細かな細部までがオゥレ侯爵領に酷似しており、物凄く精巧な作りになっているのだ。



 そして、その箱庭の世界に、プーデルは放り込まれているだけだった。

 普通、人はそんな小さな箱庭の世界に入ることはできない。

 だが、ワゼは箱庭を作り、何かしらの細工を施してプーデルを縮小し、箱庭の中に入れたのである。


「…‥‥なお、作成協力は貴方の領民たちデス。意外に手先が器用な方々がいましたネ」
「ああ、一応我が領地は細かな工芸品を特産物にしているからな」

 ワゼの問いかけに対して、ヘルマンはまだプーデルのひどい様子が目から離れないのか、別の方へ目を向けそうつぶやいた。




……数日前、領民たちが消える事態が起き、プーデルが帰還した後に、ワゼは当主の下へ訪れた。

 いわく、プーデルがやらかしたことのせいで彼女の主は不快に思い、そのことを防げなかった彼女は自身も許せなくて、鉄槌を下すことにしたのだと。

 一介のメイドが何を言うのかと侯爵は思ったが…‥‥お話し物理的によって、理解した。

 そして、彼女はある計画を話した。

 もし、それに応じてくれなければ領民たちは戻らず、この侯爵領は滅ぼす。

 けれども、その計画に対して応じてくれるのであれば、領民たちは戻し、ついでにちょっとだけ領地の経営も手伝うと。




 侯爵に断るすべもなく、その計画に素直に応じたのだが‥‥‥正直言って、ここまでの惨状になるとは流石に予想だにしていなかった。

「一応、作り物の世界に入れただけで、すぐに気が付くかもと思ってましたが…‥‥貴方、この方にどのような教育をなさったのでしょうカ?」
「本当に、普通に育っていたはずなのだが…‥‥全然気が付かないのはどういう事なのかと、こちらが頭を抱えたくなったぞ」

 流石に箱庭の周囲に人は近づけないようにしたとは言え全く気が付かないプーデルはもはや救いようがないのだろうか?

 何にせよ、もうやる事もない。


「とは言え、流石に命を奪うのはダメデス。この屑男が心が折れても、真に自身の罪を理解するその時まで、丁寧に飼われることを勧めマス」

 そういうと、ワゼはヘルマンの前から去った。

 後に残るのは、プーデルが今もさまよっている箱庭を入れた箱であり、ヘルマンは大きなため息を吐いた。



……なお、化け物云々に関しては、単純に幻覚作用のある薬を捲いただけらしい。



 何にしても、プーデルの本質がクズ過ぎたのであれば、早いうちに追い出せばよかったのだ。

 それなのに、こうなってしまったことを考えると、放置していた侯爵家にも罪がないわけではない。

 プーデルが真に反省するまで、オゥレ侯爵家はプーデルを箱庭で飼い続ける事が定まってしまった。

 それは秘密の事とされ、当主が交代した後も一族が背負う罰……いや、戒めとなる。

 その箱庭を捨てればいい?いや、それは無理だろう。

 プーデルがこうなった原因などを考えると捨てるのも後味が悪すぎ、どうしようもない。

 時々生かすために、栄養剤や水を寝ている間に注射し、毎日ベッドの方へ体を動かしてやる。



……そして、寿命が来る時まで、一生プーデルは箱庭の世界から抜け出すこともなかったそうであった。



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