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春が近づき、何かも近づく

#226 闇夜に紛れてもデス

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SIDE雇われ刺客御一行様

 深夜、広大なハルディアの森の一角で、侵入を試みようとする集団があった。

 彼らは互に雇って来た者は違えども、目的は同じ。

 手柄を立てるにはより早く動かねばならなかったが、現在、仕方がない事態によって共同で作業をしていた。

「‥‥‥ぐっ、ぜ、全然入らん‥‥‥」
「ギブギブギブギブ!!潰れる潰れる!!」
「くそう!!適当な物とかを投げても入るのに、火や毒を通さないとは!!」

 必死になって前進しようと試みたり、誰かを全員で押して無理やり押し入れようとしたり、目的を考えると森そのものを消せばいいと考え実行しようとする者たち。

 だがしかし、どういうわけかそれらすべてが見えぬ壁によって阻止されており、森に入る事も、焼き払う事も、様々な手段がことごとく潰された。

「ああもう!!本当にどうなってやがるんだこの森は!!」
「たかが森一つと想っていたが‥‥‥こうもいかぬとは」
「魔法とかも全然効かん…‥‥」

 息荒く疲れ切り、文句を言いまくる者たち。

 彼らの正体は、この森の奥地に避難したとされる王女の誘拐・暗殺であったのだが、まずこの森に入れない時点でどうしようもなかった。

 情報をある程度手に入れていた者たちもいたが…‥‥

「この森、本当に神獣の住みかとやらなのか?‥‥‥入れないのでは、やりようがない」
「神獣うんぬんよりも、入れない時点で依頼は無理だな」
「いや!!まだできるはずだ!!力づくで押し通せばいけるだろう!!」

 聡い者であれば、直ぐに依頼達成不可能な事や、このままここに居座っても嫌な予感しかしないと感じ取り、その場を去っていく。

 だが、諦めの悪い者たちは数多く、どうにかしようと強行突破策を実行し続け…‥‥その時が来てしまった。


【ウォォォォォォォォォォォォン!!】

 突如響き渡る、大きな遠吠え。

 その音に、彼らはびくっと体を震わせ、とてつもない嫌な予感に見舞われた。

 そしてすぐ後に、彼らが散々侵入を試みようとした森から、大きな体が現れ始める。

 月夜にさらされるその薄い緑色の狼のような生物。

 だが、その威圧感はただの獣でもモンスターでもなく、話に聞いていた神獣とやらであると、その場にいた全員が感じ取った。



【‥‥‥深夜遅く、こうも騒ぎを起こす者たちよ。真名は明かさぬが我は神獣。この住まう地にて、引き下がるのならだしも、執拗な動きを見せているので、わざわざ出向いてやった】

 口が開かれ、彼らに聞こえる声がずっしりと重く染み渡っていく。

「あ、ああ、あああ」
「し、神獣が…本物だと‥‥‥いうのか」

 ひしひしと伝わってくる威圧に、彼らは腰を抜かしていたり、図太いものでも辛うじて声を出すのが精いっぱい。

【偽物というのもがどのようなものかは知らぬが、この場にいる我は本物。そして、ここへわざわざ騒ぎを起こしに来た貴様らは…‥‥ふむ、良からぬ臭いしかせぬな】

 その言葉に、心当たりがあり過ぎる彼らはぎくりと身を固める。

 言い訳をしようとするも、向けられる目からは全てを見透かされているような気がし、意味がないと悟る。

「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
「すんませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」

 空気の重さに耐えきれず、慌てて彼らは逃げ始める。

 だが、逃げる選択をすればいいものの、愚か者というのは彼らの中にもいたようだ。

「ぐっつ!!神獣だろうと何だろうと、ここを突破できねぇんじゃ金も何も手に入らねぇよ!!」

 ナイフや毒物を投げつける者が現れたが‥‥‥

【くだらぬ】

 その声と共に、投げつけられたものが当たる手前で落下し、はじかれる。


 そしてそれが合図となったのか、フェンリルが動き始めた。

【憐れむほどの愚か者どもよ。魂の奥底まで刻んでおけ】

 すぅぅっと深く息を吸い始め、その動作にさらなる嫌な予感を感じ取った者たちは全速力を出し始める。

 攻撃が失敗し、唖然としていた者もその様子からただ事ではない物を感じ取り、逃げの姿勢を取ったが‥‥‥遅かった。


【この森へ、害を加える者には容赦せぬとな!!『ウインドブレス』!!】

 ビュオっと大きな風音が聞こえ、フェンリルが息を吐く。

 だが、それは吸い込んだ息以上の風を巻き起こし、強烈な風圧が襲い掛かるだけではなく、紛れ込んでいる風の刃がやってくる。

「ぎゃあああああ!!」
「ひげぇぇぇぇぇぇ!!」
「はげぇぇぇぇぇ!!」

 吹き飛び、切り裂かれ、悲鳴を上げる者たち。

 ギリギリ伏せたり射程圏外へ免れた者たちは助かったが、フェンリルが動き出すのを見てもはやわき目もふらずに必死になって、命がけで逃げていく。

「もう無理だろぉぉぉ!!」
「二度とやるかぁぁぁぁ!!」

 泣き叫ぶ悲鳴も聞こえ、2撃、3撃と放たれ、数分もしないうちにその場には誰もいなくなったのであった‥‥‥


【‥‥‥‥ふぅ、舌を噛まずに、セリフを言えてよかった】

 ぼそっとつぶやかれたその声を聴く者は、誰もいないのであった。



―――――――――――――――――――――――――
SIDE雇った者たち

「‥‥‥何?達成不可能だと?」
「ああ、あれは絶対無理だ」
「馬鹿を言え!!成功すれば高い報酬を」
「無理なものは無理だ!!だからこそ、ここで降ろさせてもらおう!!」

 そう叫び、彼が雇った者たちは次々と退出してしまった。

「‥‥‥ぐっ、何が達成不可能だ!!絶対に可能なはずだっただろう!!」

 だんっと机に手を強く打ち、そう叫ぶのは、刺客を仕向けた雇い主の一人、とある貴族のおっさん。

 王女がとある森におり、彼女を利用して、今王城で行われている大掃除から逃れようとしていたのだが‥‥‥たった今、雇った者たちから手を切られてしまった。

「ちぃっ!!裏ギルドの方はいう事を聞かぬし、雇った者たちも所詮は裏切る馬鹿者か!」

 苛立たしく叫びつつ、どうしようもないこの現状に気分を発散するようなものが無い。

 迂闊に動きまくるわけにもいかないし、自分がどれだけ不味いのかも彼は理解している。

 いや、理解できているだけでもまだマシなのかもしれない。不正を不正と思わぬような輩もいるのだ。


 だが、やはりというか、彼自身のやらかしようもまた目をつむる事が出来るほどでもなく、処分があるのは目に見えている。

「ぐぅ、こうなれば別の奴を雇うしか…‥‥しかし裏が使えぬとなると、表の方でも傭兵や冒険者辺りをどうにかして…‥‥」

 必死になって考え込み、自分が助かる手立てを浮かべていく。



‥‥‥そして、そんな様子の中で、密かに陰から見ている者たちがいたことを、彼は知らない。

 壁を透かし、直にどこに何があるのかを探し出され、不正の証拠となりうるものが暴かれ出されていることも。

 蓄えていた非合法な手段で手に入れていた財産が、今まさに持ち出され、しかるべきところへ流されていることを。

 ついでと言わんばかりに、彼につながっていたその他の裁かれるべき者たちについての情報も探し出され、それを元にどんどん包囲網が迫ってきていたことも。

 破滅の道が迫ってくる中で、彼のように必死をこいて逃れようとする者たちはその事に誰一人として気が付かない。

 いや、正確に言うのであれば、気が付いた者たちもいただろう。

 だが、それは遅かったのだった‥‥‥

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