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 ホームは三階建てで、一般の官舎と同じ敷地内にある。

 一階がキッチンと共有スペースで、二階と三階が居住空間。バスルームは四つで、里親は交代制。居住空間は年齢や性別で分けられてない。十八歳までの身寄りのない子どもはまとめてそこに収容される。

 当然、争いは起こる。事件事故は当たり前だし、こんな場所でまともに育つ方が珍しい。ホームの子どもたちは物心ついたときに悟る。死ぬか、闘うかだと。

 エントランスの金属探知機と滅菌室を抜ける。パネルに手のひらをかざしてロックを解除する。僕の帰宅が記録される。

 赤ん坊の泣き声がする。最近収容された子どもだ。担当の里親があやす声がする。共有スペースで走り回る低年齢の子どもたち。足を止めずに階段を上る。エレベーターはない。僕のスペースは三階だ。

 ドアのないだだっ広い空間。収納スペースつきの簡易ベッドがそこに並んでいる。衝立を使用できるのは着替えのときのみ。私物は収納スペースへ。鍵はない。貴重品がある場合は申告してセーフボックスに保管してもらう。

 ルームにはだれもいなかった。低年齢の子どもは共有スペースで遊んでいるし、ある程度年齢が大きい子どもは可能な限りここへは戻らない。食事と寝る場所が必要なとき以外は、別のどこかで犯罪か自殺か逃亡について計画してる。

 衝立を使わずに着替えをはじめた。制服を脱ぎすてて、デニムとシャツとセーターに着替える。支給品じゃない。夏目からの贈り物だ。身体で稼いだカネもすべて夏目が管理してる。僕は僕のものじゃない。生まれたときからずっと。

 バスルームでシャワーを浴びて、髪を整えた。コンピュータのデータは破壊したし、怪しまれないで捨てられるものはすべて捨てた。出来るだけ何も持たないように。霧島に指示されるまでもなく所持品なんてほとんどなかった。さゆりがくれたブレスレットと睡眠薬。夏目がくれたネックレス。持っていくのはその二つくらいだ。

 階下に降りて、共有スペースに入った。シフトの里親たちが小さな子どもたちの世話をしている。キッチンと呼ばれるスペースで、端末に数日分のデータを入力した。健康状態は問題なし。食事はすべて不要。僕は十八歳になったから、本来なら個室の官舎に移る。その手続きの了承。以上。

「個室は十五号棟みたいよ」

 僕に気づいた里親が声をかけてくる。腕には赤ん坊と粉ミルク。足元には数人の子どもたち。彼女を母親の代わりにしてまとわりついている。

「最上階。眺めがよくていいじゃない」

 僕がかつて懐いていた里親は、僕が十歳くらいのときに消えた。説明はなかった。特定の里親と絆を持ってはいけないと、僕たちはそうやって学習させられる。

「そう」
「配属は決まったの? どこのライン?」
「まだ分かりません」

 本当は、今日学校に呼びだされたときに告げられた。その同意書にもサインした。読んだふりをしただけだったから詳細は知らない。僕はここから逃げ出す。まっすぐに。

「明日のパーティには行くんでしょう?」
「はい」

 恒例のクリスマスパーティ。霧島はもうホテルにいる。彼は僕を逃してくれる。
 
 キッチンにある冷蔵庫を眺めた。ノクターン。ばかでかい、褪せたメタリックブラックの、霊廟みたいな冷蔵庫。僕の棺だった箱。

 最高品質を誇ってたそれはいまも機能している。貴重なエネルギーを使って、合成された安い食品を冷やしつづけている。こんなものが生産されていた時代。こんなものが売れていた時代。その時代を生きてみたかった。たとえ同じ底辺だとしても、その平和を味わってみたかった。

「海外旅行。当たるといいね」
「お母さんもね」

 見慣れた里親の顔。彼女は火曜日と木曜日の夜のシフトだ。いつの間にかここにいて、そしてまたいつの間にか消えていく人。

 最後まで、その決まりには慣れなかった。  
 里親のスタッフをお父さん、お母さんと呼ぶことには。
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