離婚した元旦那が子どもを預けに来たのですが

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離婚した元旦那が子どもを預けに来たのですが

 私の前に、少し……いやかなり信じ難い出来事が起こっている。

「少しの間でいい。この子を預かってくれ」

 離婚した元旦那のエミリアンが十年ぶりに姿を見せたのだ。
 隣に自分と同じ、金の髪と青い目をした男の子を連れて。





 エミリアン=バーグランド。
 公爵家の長男に生まれ、若くして王国騎士団の部隊長に任命されたこの男と、私ラズリー=シャルティウスはかつて夫婦だった。
 お互いに愛情深く思い至った末の婚姻ではなく、公爵家に相応しい嫁を、ということで選ばれたのが私だったというだけの話。
 
「所詮貴族の責務だ。お前を愛するつもりはない。夫婦の愛など期待するな」

 当人は後ろ向きな結婚に思っていたけれど、少なくとも私はエミリアンに好意的な姿勢を見せていた。
 なんせ相手は見目麗しく、将来を約束された有望株。
 夫婦らしい仲睦まじい一時が無かったとしても、子を授かるために努力もした。
 けれど結局子どもは授からなかった。

 そんな折、悲劇が起きた。
 エミリアンの不貞である。
 相手は城下町の平民。
 きっかけは定かじゃないけれど、こちらが想像もつかない、物語のような燃え上がる何かがあったのだろう。
 エミリアンとその女の間に子どもが出来た。
 するとどうなるか。

「お前とは離婚する」

 その女を正妻に迎え、産まれてくる子どもを跡継ぎとして育てる。
 エミリアンは有無を言わさず私を追い出した。





 それが十年前。
 離婚の噂が広まり社交界に顔を出しづらくなった私は――――エミリアンと顔を合わせる気まずさもあって――――三十も手前とが経った今、浮いた話もこれといって無く、家業の宝石商を手伝いながら優雅な独身生活を送っていた。
 そんな折のこの話である。

「いったいどういうこと? ちゃんと説明して。その子はあなたの子どもでしょう?」
「それは……」

 男の子は、言いづらそうに目を伏せるエミリアンに代わり胸に手を当てた。

「はじめまして、ラズリーシャルティウス様。私はフレデリック=バーグランド。父エミリアンの息子です」

 あの時の子どもなら、まだ十歳だろうか。
 幼いながら洗練された優雅な所作だ。

「丁寧なご挨拶をどうもありがとうございます、フレデリック様」

 咄嗟にカーテシーで取り繕ったけれど、返ってこちらが慌ててしまった。

「突然の訪問をお許しください。不躾と承知しながらも、どうか話を聴いてはいただけないでしょうか?」

 肝心のエミリアンは口を閉ざすばかり。
 子どもにここまで言わせてしまった以上、玄関での立ち話も気が引けると、私は二人を屋敷の中へ招いた。

「それで? ちゃんと説明してくださるのでしょうね?」
「……最初に言ったはずだ。この子を預かってほしいと」

 理由も言わずどうしてそう尊大に振る舞えるのか。
 理解に苦しむところだけど、今言及すると話が進まないような気がする。

「何故でしょう? どうしてあなたの子どもを私が?」

 とはいえ、その理由にはあらかたの見当がついていた。





 事は私と離婚した十年前に遡る。

「この愚か者!!」

 エミリアンの不貞を知った当時の公爵……エミリアンの父は激しく怒り、彼を殴りつけた。
 尤も私を蔑ろにしたことに対してではなく、公爵家の体面を傷付けたことと、公爵家の血に平民の血を混じらせたこと、それから私に支払う慰謝料という無駄な出費に対してだけど。
 それはともかく、この事でエミリアンの立場は一気に悪くなった。
 社交界では不貞で平民を身籠らせた考え無しと後ろ指をさされ、部隊長という立場からも降ろされた。
 今ではほとんど一兵卒のような扱いを受けているらしいことを風の噂で聞いた。

「貴様のような者に家督を継がせるわけにはいかん!! 公爵家の跡取りは次男のギルバートを指名する!!」

 公爵家での扱いもぞんざいなものになったようだけど、特に酷い扱いを受けたのは、私の代わりに正妻に収まった女とその子どもだ。
 ろくに食事も与えられず、使用人にすらまともに相手にされない。
 誰からも祝福されず籍を入れたまではまだいいもの、平民上がりがまともな淑女教育を受けられるはずもなく、社交界では爪弾きにされる日々。
 ただでさて陰湿で策謀巡る貴族社会、平民では到底耐えられなかったのだろう。
 ある日、女は一人姿を消した。
 残された子どもがどういう仕打ちを受けたか。
 そんなのは考えたくもない。
 その後、エミリアンの不貞が世間に露呈したことで、公爵家が手掛けていた事業の業績が傾き、公爵家の財源が減少した。
 領地を切り売りしすんでの所で持ち堪えてはいたが、今では使用人を抱える余裕すら無く、領民も土地を離れ、公爵という名ばかりの爵位が残っているだけ。
 近いうちその爵位も返上することが決まっているらしいけれど。





「ようするに、自分では子どもを育てられなくなったから面倒を見てくれ、と。そう仰っしゃりたいのですか?」
「…………」

 はっきりと言葉にしないあたりが実にこの人らしい。
 つまるところエミリアンは、現在路頭に迷いかけている、ということになる。
 頼みの騎士団では立場が無く、実家からはほぼ勘当を言い渡されている状況。
 当てに出来る親戚からも距離を置かれ、頑なな性格が災いして友人もいない彼には、他に頼るすべが無いということだ。

「出稼ぎに出る数年の間だけでいい」
「何故私に?」

 子どもを預けるなら養護院という手もある。
 ただこの国に於いては、本来孤児院として機能している養護院を託児所として扱う場合、保育料を支払う義務が発生する。
 今のエミリアンにはその金額すらも工面が難しいということのようだ。
 シャルティウス家は養護院に多額の寄付をしているから、何とか口利きをしてもらえないか……そんな思惑もあったのだろう。
 子どもを見捨てるという選択肢を取らないだけ、親としての責務は心得ているようで安心した。
 けれど、それとこれとは話が違う。

「私はあなたに離婚を突きつけられた身です。それもそちらの勝手な都合で。なのにまた勝手に頼みごとだなんて、いくら何でも虫が良すぎるとは思いませんか? そのような恥知らずに成り下がっていたとは驚きです」

 子どもを前に大人げないかもしれない。
 わざわざ親の欠点をあげつらうのはおかしな話だ。
 それでも口は止まらなかった。
 この十年、私はずっと一人で抱え込んできた心情を吐露した。

「私よりも愛する人が出来た、子どもを授かった、結構な話です。色を好んだのは男性として、より良い妻を選んだのは貴族として当然のことと存じます。さぞ男らしい、貴族らしい自分が誇らしかったことでしょう」
「それは……」
「ですが私は悲しんだのです。愛されない身でありながら、あなたを愛そうとしました。子を授かる努力をしました。どちらも報われず捨てられた気持ちが、あなたにわかりますか? この十年、一度でも自らの過ちを振り返ったことがありますか? 私や後妻の女性に、悪いことをしたと悔やんだことはありますか?」

 エミリアンはまた目を伏せた。

「あなたは女性を子を産むための道具としか思っていないのかもしれませんが、皆誰しも感情があるのです。婚約が決まれば嬉しく、別れを告げられれば悲しいのです。なのにあなたは自分勝手に、自分の意思を押し付けるだけ。自分のやっていることが全て正しいと思っている」

 だから離婚した私に子どもを預けると言えば、私は簡単に頷くと踏んでいる
 女なら男の言うことを聞くものだ、と。
 現にエミリアンは、まだ一度として頭を下げていない。
 目をまっすぐ見ようとしない。
 謝罪はおろか言葉の端々に尊大な態度を垣間見せる。
 もしかしたら、私がまだエミリアンに恋心を抱いている、などと幻想を抱いている可能性だってある。
 でなければ厚顔無恥にも、離婚した女を頼るなんて発想には至らないだろう。

「……昔のことだ。ラズリー、私は」

 昔のこと……そんな簡単な言葉で済まそうとするエミリアンに声を荒げそうになった。
 いつまで夫婦のつもりでいるのですか?
 そんな冷たい言葉を浴びせようとした矢先。

「お父様、いい加減に自らの過ちを認めては如何ですか」

 フレデリックの厳しい言葉がエミリアンを打った。





  ――――――――





 フレデリック=バーグランドは神童であった。
 生後半年になる頃には、耳に入る言語と意味を理解した。
 生い立ち、境遇、父の性格と母の苦悩、自分が望まれず生まれてきたこと、そして母と自分のせいで一人の女性が不遇の扱いを受けたこと。
 少し成長すると、使用人に相手をされずとも、身の回りのことは大抵何でも出来るようになった。
 家庭教室がいなくとも知識を蓄え、齢が五つにもなれば、領地の経営について修めるほどになっていた。
 その頃には自分を産んだ母親はどこかへ消えてしまったが、フレデリックは悲しまなかった。
 そして、自分のやるべきことをしっかりと見据えていた。

「お父様がいる限り、事は少しも好転しない」

 家は傾き、家人は離散。
 実入りは無く衰退する一方なのは、全て父エミリアンに原因がある。
 公爵家を立て直し、裕福な暮らしを望んだわけではない。
 ただ彼は、エミリアンが父であることを恥じた。
 自分の理想だけを押し付ける男尊女卑の前時代的な思想を抱き、プライドばかりが肥大化し頭を下げることも出来ない男を。
 だからこそフレデリックは提案した。

「最近、南の方では新種の宝石が発見され、多大な利益を上げているようです。多くの貴族や鉱夫が目をつけているようですが、発見されたという報告は少ない。お父様、これは好機です。宝石を発見すれば我が家の財政も一気に立て直せることでしょう」

 エミリアンは最初こそ、そんなものは騎士のすることではない、などと渋ったが、そうも言ってられない現状を直視させることで、話を持ちかけることに成功した。

「そうなれば、きっとお母様も戻ってきてくれます」

 最後の後押しで、エミリアンはようやく決心がついた。
 ただそうなると、他に行く宛のない子どもの自分は、共について行かざるを得ない。
 養護院で預かってもらうだけの余裕は無い。
 そこで思いついたのが、話に聞いた、エミリアンの最初の妻だった。

「私はついて行っても邪魔になるだけでしょう。ここは一つ、お父様のご友人を頼ってみては如何でしょうか。そちらに身を置かせていただけるように、と」

 急な申し出なのは承知で、試しに話だけでも。
 他に頼りが無いエミリアンは、重い足を向ける他無かった。





 ――――――――





「ラズリー様、父に代わり謝罪いたします。数々の無礼をどうかお許しください」

 私もエミリアンも面食らった。
 しっかりした子だとは思っていたけれど、これは余りにも。

「フレデリック、何を」
「恐れながら、お父様がラズリー様に癒しきれない傷を負わせたことは、すでに承知しております。ラズリー様のお怒りは尤もでしょう。なればこそ、どうかお父様に贖罪の機会を与えてくださいませんか?」
「贖罪?」
「お父様は今日、過去の過ちを認めるべくここへやってまいりました。愚かにも悲しませてしまったラズリー様に」
「贖罪と、一口に言うのは簡単ですよフレデリック様。第一私はそんなこと望んでおりません。もう過ぎたことです。そもそも当人にその気があるのかすら怪しいところですが」
「一人の女性の人生を無下にしたのです。万の言葉を以てしても、償いにはなり得ないでしょう。お父様は実績にてそれを証明したいと考えております」

 フレデリックは手荷物の鞄から丸めた紙の束を取り出した。

「これは事業計画書です。我が家の今後の財政に関わること故、詳細は省かせていただきますが、お父様は新しい事業に着手しようとしています。今後の取引先になるやもしれないシャルティウス家には、是非とも懇意にしていただきたいと考えています」
 
 うちと懇意……このタイミングで新事業……もしかして南方の鉱山のことを言っている……?
 だとしたら、この子は相当な食わせ物だ。
 末恐ろしくさえある。
 子どもに言い負かされているエミリアンの情けなさが霞むほど。

「聡明なラズリー様であれば、この取引に価値を見出していただけるかと」
「これはフレデリック様が?」
「素人の浅知恵で恥ずかしいですが」

 渡された事業計画書は、どこぞの専門家に書かせたと思うほどに完ぺきだった。
 元手が少ない以外は欠点らしい欠点が無い。
 
「まさか、子どもを預ける以外に出資も頼むつもりでいたわけではないでしょう?」
「…………」

 ここでも黙るのだから、エミリアンは商売には向いていない。
 体力があるから鉱山で一発当てられるかも、という淡い期待を抱いているのかもしれないけれど、この計画書には大きな穴がある。
 それは鉱山での発掘作業の危険性だ。
 なんせ話に挙げた鉱山は、地盤が脆く、現段階ですでに多くの死傷者が出ているのだから。
 それこそが宝石の稀少性と価値を高めているのだけど、おそらくそのことをエミリアンは理解していない。
 ……いや、意図して隠匿されている。
 この子、フレデリックに。

「恥知らずを承知でお願いします。しばらくの間、私をここに置かせてはもらえないでしょうか。手伝えることなら何でもします。けしてラズリー様の、シャルティウス家の害にならないことを誓います」

 子どもに言わせるばかりで情けないのは私も同じ。
 変わらず頭を下げないエミリアンのことは、最早視界に捉えるに値しなかった。
 エミリアンのことはさておき、この子を放り出すのは後が怖い。

「エミリアン様が戻る間までなら」

 言うと、フレデリックは子どもらしからぬ微笑みで一礼した。

「女神の慈悲に感謝いたします」

 



 その後、エミリアンは一人南方へと発った。 
 実の子に切り捨てられたなど知らないまま。
 おそらく今後も知ることはないだろう。
 フレデリックを迎えることを、私の両親は反対した。
 離婚した旦那と後妻の子などとんでもない、と。

「彼の罪は、この子の罪ではありません」

 私の一言で何とか折れてくれて、フレデリックはシャルティウス家の執事見習いとして働いている。
 成人すれば屋敷を出るという期限付きで。
 あれから一年。優秀な仕事ぶりと愛嬌で、今ではすっかり家人と打ち解けているようだ。 

「あなたのお父様から手紙が来ているようよ、フレデリック」
「あの朴念仁が筆を取るなんて。相当参っているのでしょうね」

 中身を読むでもなく暖炉の火に焚べる。
 私に対しても心を開いたらしいフレデリックは、二人きりのときは取り繕わず毒を吐くようになった。

「あなた、最初からエミリアンを見殺しにするつもりだったの?」
「どちらでも。生きて帰ってきたとしても、運良く宝石が見つかる頃には私は成人であの男から離れる理由が出来たでしょう。尤も思わぬ事故で帰らぬ人になれば、少なからず胸のすく思いをした人がいたことはたしかだと思いますが」
「あら、誰のことを言っているのかしら」
「失礼しましたラズリー様」
「フレデリック、あなたは母親のことを恨んでこんな計画を?」
「そうですね」

 本心ではない。
 気を病んだ母のことは、すでに過去にしているようだった。
 母が出て行ったとき追いかけようとしなかった父のことも同じく、過去の人にしようとしている。
 頭が良い、心が強い……違う、この子は親子であることを諦めているだけだ。
 私はそれがたまらなく寂しくなった。

「あなたにも、いつか心を許せる相手が出来るといいわね」
「ラズリー様がそうなってくれてもいいのですが」
「大人をからかうんじゃないの」

 と、私はフレデリックの額を指で弾いた。

「本気にさせる自信ならありますよ。なんせ私はあの男譲りで顔がいいことですから。それに世の中には一定数、歳下が好きな女性もいらっしゃいますからね」

 この子は親ほど歳の離れた女に何を言っているのだろうか。
 離婚した元旦那の子どもと再婚……若い燕を肩に止まらせたとなれば、数年は社交界で注目の的ね。
 成人まであと数年……その頃には私は四十の手前……?
 何ともゾッとする話だ。

「同じく歳上好きの男性もいるということをお忘れなく、ラズリー様」

 この子はどこまで本気なのだろう。
 答えが出るのは、フレデリックが成人した後のことだ。
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