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迷宮探究編

35.迷宮の洗礼

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「奈落の…」
「大賢者?」
「この子が?」

 世界に9人のみ存在する魔法使いの中の魔法使い。
 大賢者ってことはアルティとも知り合いだったりするのかな。

「アルティ、知り合――――」
「ア、アル、アルティ、クククククローバーさん…あばばばば」

 おいアルティ見て泡吐いたぞ。

「え?呪いかなんかかけた?」
「身に覚えが無さすぎます」
「アハハ、大丈夫です。いつものことなので」
「いや痙攣して白目剥いてるんだけど…あーこら妹たち、珍しいもの見たみたいにツンツンしないよ」
「ツーンツン」
「お姉ちゃんどうしたんですか?」
「そのうち目を覚ますよ…。あ、お久しぶりですアルティさん」
「お久しぶりです、サリーナさん。お元気そうですね」
「相変わらず師匠に振り回される日々ですよ」

 普通に話してるけど、こっちは放置していいの?

「えっと…」
「あ、師匠なら大丈夫です。人の多いところと日光が当たるところだと極端に死ぬだけなので」
「新種の悪魔か何かで?」

 その後、エヴァさんが目覚めるまで五分待った。

「はっ!」
「起きましたか?エヴァさん」
「あ、は、ひゃい…おざす…。あ、すみませ…馴れ馴れしくて…」
「何したんだよアルティ。トラウマレベルで暴力を振るわれた舎弟でもこんな震えないぞ」
「いえ、本当に何も。というか関わりらしい関わりは、学園でクラスが一緒だったくらいで。そうですよねリエラ?」
「あれ…同じクラス、でしたっけ?」
「ふぐぅ!!」
「胸押さえてダメージ受けてんぞ絶対何かあっただろ!」
「いえ、あの、私学園ではアルティ以外に友だちはいなかったので…同級生のこともあまり存じ上げてなかったというか…」
「私も喋る人以外は印象が…」
「こひゅー…こひゅー…」
「更に死にかけてるとりあえずお前ら喋るのやめろ!!」
「い、いいんです…わ、私みたいな人間は教室のホコリのような存在なので…。記憶の片隅に置いてもらっているだけでお布施を払わないと…。と、とりあえず…金貨5枚ほど納めさせていただければ…あ、50枚くらいじゃないと覚えてもらえないか…」

 卑屈がすんごい。
 今まで会ったことないタイプだ。

「あ、あの…もう、帰ってもいいですか…?家の鍵、締め忘れたかもしれないので心配で…」
「家の扉は師匠が引きこもりたすぎて何十個も鍵ついてるでしょ」
「あ、じゃあ洗濯物が干しっぱなしかも…」
「全部畳んであります」
「座れ。まだ話が始まってもいない」
「あ…う、うう…!」

 エヴァさんは場の空気にいたたまれなくなったのか、殻に閉じ籠った。
 いや比喩的な表現じゃなく。
 どこから出現させたのか、文字通りの二枚貝に身体をすっぽりと隠したのだ。

「うむ。では話を続ける」
「え?これはスルーの方向なの?」
「此奴は見てのとおりの卑屈屋で、慣れ親しんだ弟子のレストレイズですらほとんど会話はままならん。が、腕は確かだ。大賢者の名は偽りではない。この者を同行させ、迷宮ダンジョンを攻略してもらいたい」
「もうこっちが引き受けてるみたいなスタンスなんですね…。わかりましたよ、お引き受けします。その代わり報酬は期待しますからね」
「無論だ。聞こえておるな、エヴァ=ベリーディース」
「ひゃはい!!」

 うおっ貝が跳ねた。

「いい成果を期待しておるぞ」
「あ、その…サリーナはともかく他の人が一緒なのは、あの」
迷宮ダンジョンは現在、ここにいる者と騎士団の者のみその存在を把握している。迅速な攻略が求められる以上、人手は多いに越したことはない」
「で、でもあの」
「期待しておるぞ」
「あ、ひゃい…」

 こうして何の縁か、百合の楽園リリーレガリアは、奈落の大賢者さんと共に、迷宮ダンジョン攻略に向けて始動することとなった。

「おうち帰りたい…うぷ…」



 で、何がビックリって。

「では行け。諸君らの健闘を祈る」

 話が決まってから秒で出撃させられてること。
 いや、いつ消滅するかわからないっていうんだから、それなりに早く行くつもりではいたけども。
 スケジュールが私たちに全然優しくない…さっき王都についたばっかりだぞって…
 それに…

「なんで王女殿下リエラが同行してんの?」

 私の視線の先には、可憐な鎧に身を包んだリエラが。
 腰のベルトに剣を差して、見た目は姫騎士そのものだ。

迷宮ダンジョンに潜るなんて、お金を払っても出来ない経験ですから。お母様に無理を言って許していただきました」
「うーん可愛いねぇ♡」
「危険ですよ」
「大丈夫、これでも剣と魔法には自信があるんだから。それに、何かあってもアルたちが守ってくれるでしょ?」
「もちろんだよプリンセス。私という豪華客船に乗ったつもりでアバンチュールと洒落込もう」
「フフ、ええ。ぜひに」

 森の入口には騎士団が百数十名と、エヴァさんとサリーナちゃん、それに我ら百合の楽園リリーレガリアが集結していた。

「なんじゃ、せっかく酒場で楽しんでおったものを」
「ゴメンて。私もこんなことになるとは思ってなかったんだよ」
「今まさに吸血鬼様ゲームで盛り上がろうとしてたんじゃぞ」
「何それ超楽しそう。後で教えてね」
「それよりこっちの状況伝達が先じゃ」

 かくかくしかじか。

「なるほど、迷宮ダンジョンとはのう。入るのは百とウン十年ぶりじゃろうか。物珍しくはあるが、あまり楽しい場所ではないぞ。少なくとも物見遊山には向いておらぬのじゃ」
「そうなの?」
「そうなんですか?」
「期待を裏切るようで申し訳ないがのう。迷宮ダンジョンは謂わば生きた意思無き空間じゃからな。地形を駆使し罠を携え、人の嫌なところを的確に突いてくる。生半可な実力と心構えでは攻略はおろか、まずまともに生きては帰れぬ」
百合の楽園うち迷宮ダンジョンの経験があるのは師匠せんせいだけってことか…。頼りにしてるよ師匠せんせい
「行かねばならぬか?気乗りはせぬのじゃが」

 ヒソヒソ。

「戦力っていうか、マリアとジャンヌの保護者になってもらいたいんだよ。たぶんはしゃいじゃうだろうし。手出しは要らないって判断したら、何もしなくていいからさ」
「仕方ないのう」
「ドロシーは…」
「行くわけないでしょそんな危険地帯。何回も言ってるけど、アタシは非戦闘員なの。頼まれたって断わるわ」

 他のメンバーに比べたらってだけで、ドロシーは戦闘員よりだろ。爆弾使うし。
 シャーリーは…

「リコリスさんのために戦いたいのはやまやまですが、身上の露見が心配される以上、出しゃばった真似は控えようと思います」

 今も木に隠れて話してるくらいだしね。
 一緒に来てくれたら心強いんだけど。
 迷宮ダンジョンに入るのは、私とアルティと師匠せんせい。マリアとジャンヌ。
 リルム、シロン、ルドナ、ウル、ゲイルの魔物組はお留守番だ。
 ゲイルはドロシーがいないからだけど、君たちはついて来てくれよ従魔たち。私のこと心配じゃないんかて。

『マスターはお強いでございますからね』
『心配するだけ無駄だと思ってる』
「貴様ら仮にも私のことが好きで一緒にいるんじゃねえのか」

 こやつらが自由なのは誰に似たんだか。

「ああそうじゃ。リコリスよ、せめてここにいる者の装備に環境適応の付与をかけておけ」
「付与を?なんで?」
「入った瞬間極寒の吹雪や灼熱の溶岩、砂塵の嵐や猛毒の沼に見舞われたくはなかろう?ただでさえ魔力マナが濁り澱んでおるのじゃ、それくらいの用意はあって然るべきじゃろう」 

 あ、それは怖すぎ。
 【付与魔術】でみんなの服に付与しとこ。
 うーん…環境適応ね。
 自然影響無効化でも付けておけばいいかな。
 体力回復、物理耐性、魔法耐性、自動空調も付けて…あと常時清潔も付けとこっと。

「一つの触媒にいくつ付与を…」
「こやつ普通の衣服を宝具アーティファクトレベルにしよったんじゃが」
「根本的に規格外っていうか、常識はずれってなのよねリコリスって」
「私なんかやっちゃいました?あ、ねえエヴァちゃんたちもおいでよ。服に付与してげるから」
「うぉろろろろろろろ!!」

 めっちゃ吐いたんだけど。

「ずびばぜん…明るい社交的そうな人に話しかけられると身体が悲鳴を…ぉろろろろ」
「アッハハ、エヴァちゃんおもしろ。てか自己紹介まだだったよね。私リコリス。リコリス=ラプラスハート。百合の楽園リリーレガリアって冒険者やってるんだ。よろしくね。てかタメだからって勝手にエヴァちゃんとか呼んでるけどいい?」
「はひゅっ、あ、はい…ども…エヴァ=ベリーディース…だと思います…」
「だと思いますとは」
「あ…っふひ…」

 また貝に閉じ籠もっちゃったよ。
 てかどうなってんのこの貝。硬え。

「すみませんリコリスさん。師匠、二節以上の言葉で話されると気を失っちゃうんですよ。あ、サリーナ=レストレイズです。どうぞよろしく」
「よろしくね。エヴァちゃんてもしかして話すの苦手?悪いことしたかな」
「いえいえ、話すのどころか人付き合いも明るい場所も人の多いところも全部ダメですよ」

 そんなん笑って言っていいの?
 弟子なんでしょ君。

「自己肯定感低いしウジウジしてるし根暗だし友だちいないし、気分が常にどん底なので奈落の大賢者なんて呼ばれてくらいですし」
「女王陛下の皮肉が効きすぎてるな」
「けど、実力は本物です。大賢者の称号は伊達じゃないですよ」

 診た感じ、サリーナちゃんも相当やり手の魔法使いっぽいのに。
 そのサリーナちゃんが信頼してるんだから、エヴァちゃんも相当なんだろうな。
 ていうか、殻に閉じ籠もってるのになんだこの妙な感じ。
 変な違和感があるというか。
 人懐っこいリルムたちが、エヴァちゃんには近寄ろうとしない。
 あのシロンでさえ眠らずに怪訝な目を向けてる。
 どういうことなんだろう。

「光の者に話しかけられた…嬉しい、今日は命日かな…。そうだ肥料に生まれ変わって森を育もう…」

 ド陰キャなのはともかく、ただ者じゃないってことかな。

「それよりすごいですねリコリスさん。【付与魔術】が使えるだけじゃなく、あんなに多くの魔物を従えてるなんて。それも見たことがない独自の進化を遂げてる子たちばかり!すごい!欲しい!一人でいいのでくれませんか?」
「すっごい笑顔で純然な無茶言うじゃん。ダメだよ、みんな私の仲間なんだから…っと、そうだ。騎士団の人たちにも付与しておかなきゃ。すみません、ジベール騎士団長。迷宮ダンジョン内は何が起こるかわからないということで、皆さんの鎧に【付与魔術】を掛けたいと思うんですけど」

 するとジベール騎士団長は、掌を私に見せてきた。

「気遣いは感謝する。しかし我らとて王国を守ることに対する誇りがある。冒険者となど戯れ合うつもりはない」

 行っちゃったよ。
 なんであんな敵愾心剥き出しなんだ。
 執務室にいたときからそうだったけど。

「気にしない方がいいですよ。本当なら自分たちだけで任務をこなすはずが、女王陛下が急遽リコリスさんたちを攻略隊に加えたものだから、変な対抗心を燃やしてるだけですから」
「プライドっけ」
「王族も貴族は権威や見栄を重んじる存在ですからね。そこに属する者たちも同じ。良く言えば誇り、悪く言えば悪習と、捉え方の違いですが、それを大事にしてこその高貴な立場なのです」
「そういうもんかね」
「自分を律するための戒めみたいなものです。上に立つ者の責務とでも言いましょうか。それに驕ることは罪深くとも」
「そういうリエラは偉ぶったりしないんだね」
「お母様みたいに、ですか?クスクス、そうですね。人それぞれ…ということにしておきましょうか」

 ま、女王様気質のリエラも見てみたいけどね。
 ボンテージと鞭がまあー似合いそうなんだこの娘。

「いいか!我々は女王陛下の命により迷宮ダンジョンの攻略を開始する!冒険者などに遅れを取ることは断じて許さん!騎士の誓いと誇りを胸に!王国騎士団よ前に進め!!」

 おーおー暑苦しいこと。
 私以上にそう思ってるらしい貝は、地面にぐでーっと溶けていた。

「お、お、お…暑苦しさで酸欠になる…」

 それについては激しく同意。

「んじゃドロシー、シャーリー、行ってくるね」
「はいはい、お気をつけて」
「ご武運をお祈りしております」
「えー違う~。今から危険なとこ行くんだから~。もっとあるじゃ~ん頑張る気になる見送りがさ~。ね~ね~」
「あーもうスリスリするな!甘えん坊か!」
「甘えん坊で~す♡」

 ドロシーちゃんは肩を落とすと、やれやれといった風に唇を頬に当てた。

「行ってらっしゃい。無事に帰ってきなさいよ」
「ニッシッシ♡ほら、シャーリーもおいで」
「では失礼して」

 シャーリーは手慣れた風に逆の頬にキスをした。
 顔にかかる髪がくすぐったくて、私は照れ隠しに笑った。

「行ってくんね」
「お帰りをお待ちしています、リコリスさん」

 みんなに見送られ、歩を進めること三十分強。
 私たちは森の奥の目的地に到着した。



 開けた場所に、ポツンと…しかし荘厳にその扉は佇立していた。
 全長は5メートルくらい?大きめのどこで○ドアみたい。
 石とも鉄とも違う何かで出来たそれは、重く閉ざして私たちを待ち構えているように見えた。

「う…」

 ふと、アルティが気分を悪そうにした。

「大丈夫?」
魔力マナが大気中にドロドロとしている感じで、すごく気持ち悪いです…」
「アルティは【魔眼】持ちじゃったな。迷宮ダンジョンの高濃度の魔力マナに当てられたんじゃろう。直に治るから心配せずともよい。それでも気分が優れぬときは、自分の魔力マナを身体の周りに膜のように張るとよい。少しはマシになる」

 優れた魔法使いほど、迷宮ダンジョン魔力マナに当てられやすいらしい。
 じゃあエヴァちゃんも?ってそっちを見たら。

「ふへ、へへへ…」
「師匠絶好調ですね」
「う、うん。実家みたいな安心感…」
「めっちゃ明るい顔してるの笑う。んん?ていうかエヴァちゃん」
「ひっ!」

 超美形!
 肌白っ、キメ細かっ!瞳とか天然のラピスラズリかよ!
 アイドルが揃って引退表明するレベルの顔面!

「前髪で隠れてるしうつむき気味でわかんなかったけど……ンめっっっちゃ可愛いね!超好き!え、めっちゃ好き!ねえねえもっと顔よく見せてよー♡」
「――――――――」

 バタッ!

「直立不動で倒れた…」
「すみませんリコリスさん。師匠、距離感が近い人が相手だと心臓が止まるんです。でも褒められたので、内心満更でもないと思います。ね、師匠」
「へ、へへ…サリーナ…私、可愛いって言われた…」
「はいはい、よかったですね。ニヤけた顔隠してモジモジしないですよ師匠ー」

 可愛いしおもしろいし。
 なんか興味惹かれるだなー。

「依頼は依頼だからマジメにやるけど、仲良くしようねエーヴァちゃんっ」
「あばばばば…は、あ、え…う、うぃす…」

 よっしゃ、なんか気合い入った。
 サクッと迷宮ダンジョン攻略して、エヴァちゃんと仲良くなろうっと。
 ついでにお宝ゲットでウハウハじゃ。

「よし!!扉を開けろ!!」

 ジベール騎士団長の指示の下、騎士たちが二人がかりで扉を開ける。
 重たそうな音を立て、ゆっくりと扉が開く。
 もやみたいな紫色の魔力マナが漏れると、私も重力が増したような重苦しさを覚えた。
 そして、次の瞬間。
 けたたましい咆哮と共に、魔物が波となって扉の中から押し出てきた。

「なっ――――――――?!!」

 十、二十…血走った目で襲いかかる魔物の群れ。
 それらが一瞬で骸へと姿を変えた。
 斬って、燃やして、凍らせて。
 後には魔石がポロポロと落ちるだけ。

「歓迎の挨拶にしては物足りませんね」
迷宮ダンジョンの外に出ようという雑魚じゃ。相手になるわけもあるまいよ」
「フフン、私の方が多く倒したよ」
「私の方が多かったもん」
「~♪」

 私たちが悠然と魔物を屠った後ろで、リエラは歌劇でも観るように目をキラキラさせて、ジベール騎士団長は口をあんぐりと開けた。
 同じく、エヴァちゃんが呟いたのが聴こえた。

「すごい…」
「ニシシ。さ、行こうぜ。冒険が私たちを待ってる」

 ちゃっちい歓迎を乗り越え。
 私たちは迷宮ダンジョンの中へと足を踏み入れた。



 ――――――――



「アタシたちはどうしようかしらね。販売用のポーションを売ったり、やることはありそうだけど」
「そうですね」

 横を歩くシャーリーが、どこか心配そうにしてる。

「大丈夫よあいつなら。私たちより強いんだから」
「それはそうなんですが…」
「いざとなったらテルナもいるんだし。好きな人の帰りをドンと待つのも、いい女の役目。でしょ?」
「…はい」

 ツッコんでくれないと寒いこと言ったみたいじゃない。
 冗談が通じない子だわ。

「あ、街に戻る前に薬草を摘んでいってもいい?」
「はい。私もお手伝いします」
「ありがとう」

 森でしばらく薬草を摘んでいたときだった。
 ゲイルがツンとアタシのお尻を突いた。

「どうしたの?ゲイル」
『アッチ』
「?」

 何かとゲイルについて行くと、泉の縁に扉が立っていた。

「まさか、迷宮ダンジョン?こんな近くに同時に?」
「複数の迷宮ダンジョンが同時に観測された、などという話は聞いたことがありませんね」
「そうよね…。出入り口が違うだけで、中は向こうと一緒なのかしら」
「さあ。入ってみないことには」

 軽く気をつけてなんて言ったけど、これはもしかして…前代未聞の異常事態だったりするのかしら。
 うーん…

「どうしますか?他の方が足を踏み入れた形跡は無いようですが」
「確認ってことなら入ってみるしかないのよね…。だからアタシ非戦闘員なんだってば…」
「いざというときは、私がドロシーさんを守りますよ」
「…リコリスより先に出逢ってたら惚れてたかもしれないわね」

 そういう格好のいいことはリコリスに言ってやりなさいよ。
 きっと歓喜するわ。
 
「はぁ。結局こういうことになるのね。しょうがないわね。あんたたち、アタシのことしっかり守ってよね」

 リコリスに負けず劣らず、私も事件に巻き込まれやすいのかもしれない。
 幸運と不運の天秤があったなら、私の天秤は不運の方に傾いているに違いないわ。
 
「王都についてからまだ数時間なのに…どうしてこうも慌ただしいのかしら」

 ボヤきつつもそれを楽しんでる自分がいる。
 すっかりあいつに当てられたわね、なんて微笑して。
 私たちもまた、この世ならざる世界へと身を投じた。



 ――――――――



 RPGに出てきそうな場所。
 扉を潜ってすぐ、私が抱いた第一印象だ。

「おー、雰囲気あるじゃん」

 歴史を感じさせる石造りの空間。
 松明たいまつで照らされた薄暗い通路。
 ひんやりとした空気と魔力マナに撫でられてるみたいな気味の悪さ。
 幽霊がスクラムを組んで出てきそうまである。

「結構広いね。先見えない」
迷宮ダンジョンは物によって広さや階層が変わる。この第一階層は、およそ基本的なタイプのようじゃ」
「ずっと奥まで道が続いてる!」
「ワクワクです!」
「はぐれるでないぞマリア、ジャンヌ。地理を覚えておかねば迷い、二度と出ては来れぬやも知れぬからの」

 出入り口は、今入ってきたものの他に、迷宮主ダンジョンマスターを倒すことで開くものがあるということ。
 なので迷った場合が大変になるため、行動はマッピングしながらが基本になる。
 二人には斥候スカウトのいい勉強になりそうだ。
 で、無事にみんな迷宮ダンジョンの中には入れたけど、これからどうするか。

「リコリス殿」
「どうかしましたか?ジベール騎士団長」
「先ほどは部下を救っていただき感謝します」
「頭を上げてください。当然のことをしただけですよ」
「咄嗟のことで立ち竦んだ我々を置いて、あなた方は勇敢に魔物に立ち向かった。その勇気に敬意を表するのと同時、先の非礼を詫びたく存じます」

 別にいいってマジメな人だな。
 固いのは苦手だし、とりあえずニッコリしとこ。

「気にしないでください。命があってよかった」
「おお…なんという慈しみの心。このジベール、深く感服いたしました」

 すると騎士団が揃って私に跪いた。
 だからいいってそういうの。
 男たちに跪かれてもなんっも嬉しくない。
 ていうか王女様がいるのに冒険者に跪くのマズいでしょって。

「何とか言ってよリエラ……リエラ?」
「見てくださいアル!こんなところに宝箱がありますよ!」
「罠かもしれません慎重に」
「わあ、小さな袋の中に銀貨が入っていました!」
「フフ、やりましたね」
「テルナお姉ちゃーん!こっちに魔物いっぱいですー!」
「わー!壁ポチッてしたら矢が飛んできたー!キャハハ、楽しいー!」
「あんまりはしゃぐと転ぶんじゃぞ」

 おお…なんで私を置いて楽しんでるんだ貴様ら…

「師匠ー!こんなとこで寝たらダメですよー!カビになっちゃいますー!」
「いいつもこ、この時間はお昼寝で…」
「魔物のエサになりたいんですか!ああほら、起きて…起き…起きろクソザコナメクジ!!」

 オール・フォー・○ン大歓喜の個性つよつよ集団かよ。

「ついてはリコリス殿、迷宮ダンジョンの攻略の主を、貴殿ら百合の楽園リリーレガリアに委託したく存じます」
「へ?別にいいんですけど、そしたら騎士団の皆さんは?」
「攻略は元より、迷宮ダンジョンの資源を回収することも目的の内ですからな。我々はそちらを優先させていただこうかと」
「はぁ…じゃあ、お互い気をつけましょう…?」

 ていうかリエラ守るの騎士団の仕事じゃないの?
 本人めっちゃ遊んでるけど。



 その後、騎士団と別行動をすることになり、私たちは先へと進んだ。
 入り組んだ道は文字通りの迷宮で、気を抜いたら迷ってしまうこと受け合いだ。
 それに加えて魔物の手強さも厄介で、どうしても足取りが遅くなる。

「てやっ!」
「えーいっ!」

 厄介と言っても、マリアとジャンヌが少し苦戦するなぁくらいのもの。
 出てくる魔物は獣系や虫系が多くて、二人は師匠せんせいの師事を受けながら魔物の相手を繰り返し、メキメキと実力を伸ばしていた。
 私たちのやることといったら、倒した魔物の魔石拾いと、迷宮ダンジョン内に湧く宝箱の調査くらい。
 素材もガッポガッポだーとか思ってたら、迷宮ダンジョン内では倒された魔物は迷宮ダンジョンに吸収されてしまうらしかった。
 リルムたちは連れてこなくて正解だったかも。
 あの子たちがやられるなんて思わないけど。
 
「それにしてもあの子たちすごく強いですね。剣も魔法も大したもんです。ね、師匠」
「あ、うん…そうだね…」
「才能の塊なもんで。戦闘はこっちに任せてもらっちゃってゴメンね」
「いいいいいえ…むしろ何もしなくてすみません…あお、踊って盛り上げましょうか…」
「こんなとこで踊られても、あ、おお…くらいしか言えないけど」

 場の雰囲気は悪くないけど、未だエヴァちゃんは私たちとは一定の距離を取って、一人で鉱石やらアイテムやらを採取してる。
 嫌われてはいないみたいだからそれはいいけど。
 
「魔石回収~っと」
「お、【空間魔法】。サリーナちゃんも宮廷魔法使いだもんね。そりゃすごい魔法が使えるか」
「いやぁ、師匠やアルティさんに比べたら全然です。戦闘向きの魔法っていうわけじゃありませんし。私はたまたま魔法の才能があっただけで」
「サリーナちゃんて歳下だよね?なのに宮廷魔法使いってめちゃくちゃすごいんじゃないの?」
「アハハ、どうですかね。師匠もアルティさんも、今の私15歳のときにはもう大賢者でしたし。それに私は学園も出てないので」
「学園を出てないって?」
「孤児院の出身なんですよ、私。しかも貧乏なもんだからその日のご飯にも苦労する有り様で」

 頭に手を回してサリーナちゃんはアハハと笑った。
 聞いちゃいけないことだった。

「あ、気にしないでくださいね。孤児の話なんて、世の中にごまんとあるんですから。それに私はその中でも、たまたま魔法が使えて、たまたま師匠に拾われて、弟子にしてもらって、宮廷魔法使いになって家名まで名乗ることが出来た幸運の持ち主なんですから。それもこれも全部師匠のおかげです」

 何でも、給金のほとんどを孤児院の仕送りにして貧困生活を送っているものだから、エヴァちゃんの家に住み込みで面倒を見てもらってるんだって。
 恩人のことを話すサリーナちゃんの顔は明るくて、心の底からエヴァちゃんを信頼し思ってるのがよくわかった。
 
「エヴァちゃんのこと好きなんだ」
「はいっ!影が薄くて独り言も妄想も多いですけど、師匠は私の一番の魔法使いです!」
「その一番の魔法使いさんなんだけど…」
「エヴァさん」
「あばばばばばばばばぁぁぁ…」
「なんでアルティにはああなの?」
「あー…敵意があるとか苦手意識を持ってるとかじゃないんですけど」

 サリーナちゃんは私の耳に手を添え、コソコソと話し始めた。

「じつは師匠、アルティさんより先に史上最年少で大賢者になってるんです」
「え?そうなの?」
「でも、その一日後にアルティさんが史上最年少記録を更新しちゃったもんだから、周りの人は師匠の存在に気付きもしなくて。大賢者襲名のパレードも開催されなかったらしく、それで師匠はアルティさんがトラウマなんです。あの人あんな性格ですけど、承認欲求は人一倍強いので、それがとてつもなくショックだったそうで」
「不憫すぎる…」

 どんな声かけていいのかもわからんて。
 天才が同じ時代に産まれたが故の悲劇ってことか。
 しかし大賢者というからには、やっぱりとてつもない魔法使いなんだろう。
 それこそアルティと同格か、それ以上の。
 
「存在感が無さすぎてほとんどの人は師匠を知らないけど、私は師匠を尊敬してます。師匠がすごいことを、優しいことを、私が知ってますから」
「ニシシ。そっか。いい子なんだね。サリーナちゃんも、エヴァちゃんも」

 そんなエヴァちゃんは、通路の隅でゴソゴソと挙動不審なことしてるけど。

「お姉ちゃーん」
「お腹がすきましたー」
「はいはーい。じゃ、どこかでおやつにしよ」

 迷宮ダンジョン潜入から一時間強。
 しばし休憩。



 師匠せんせい曰く、迷宮ダンジョンには安全地帯セーフスポットと呼ばれる、魔物が近付かず罠もない空間があるとのこと。
 マリアの【直感】により通路の隠しブロックを発見。
 壁の石板を押し込むと、教室くらいのスペースが現れた。
 心なしかあたたかく空気がキレイで、澄んだ清流の水場まである。

迷宮ダンジョンってどこもこうなの?」
「まるきり同じ迷宮ダンジョンなど存在せぬ。先も言ったが迷宮ダンジョンとは意思無き生きた空間。人を害するのと同じく、憩わせることもある。資源の恵みもその一つじゃ」

 謎だらけ空間ってことね。
 ともかくここには魔物が出ないってことで、私は【アイテムボックス】から取り出したおやつを広げた。

「おやつー♪おやつー♪」
「おやつー♪おやつー♪」
「ほい。どーぞ」
「変わった形のクッキーですね」
「クッキーっていうか、カロリーバー的な?」
「カロリーバー?」
「携帯食みたいなもん」

 麦にドライフルーツとナッツ、バター、蜂蜜、牛乳を混ぜて焼いたもの。
 腹持ちがよく栄養価に優れたお菓子で、マリアとジャンヌに食べさせてやろうと作っておいたのだ。

「ザクザクしてて甘ぁい♡」
「いろんな食感ホロホロでおいしいですぅ♡」
「ハッハッハ、そうじゃろそうじゃろ」
「ん、なるほど…携帯食。食べたことのないお菓子ですが、これはおいしいですね。食べごたえ満点で」

 リエラにも好評なようでよかった。

「持ち運びも楽ですし、緊急時の栄養補給にはピッタリですね」

 緊急時がどれを指してるのかは聞くまいけど、お気に召したなら何より。

「こっちのはチーズの風味で、また違ったおいしさがありますね」
「これは菓子というより酒のつまみじゃの。もう少し塩気を利かせると尚良い」
「じゃあ今度は干し肉入りのでも作るよ」
「もぐもぐ…リコリスさんは料理の才能もあるんですね」
「フフン、まあね。今度王都でお店出すことになるかもだから、そのときは食べに来てね」
「おお楽しみです!ぜひ!」
「エヴァちゃんもよかったら」
「むぐふっ!!」
「うわあゴメン急に話しかけて!水みず!」
「ゴクゴク…ぷは、はぁはぁ…死んだおばあちゃんが見えた…」

 シンプルにゴメン。
 


 休憩を終え、体力を回復させた後はまた探索に戻った。
 マリアとジャンヌの鼻を頼りに進むと、開けた空間に出た。

「ここはまた雰囲気が違いますね。上部が砕けた塔のような」
「大樹が生い茂って、小川まで流れていますよ」
「ていうか、日光差し込んでんだけど。いつの間にか外に出てたなんてことないよね?」
迷宮ダンジョンに常識を求めるでない。そして油断はするな。来るぞ」

 風が大樹を揺らすと、生っていた木の実が地面に落ちた。
 木の実が割れて植物が芽吹いたかと思った矢先、それは肥大化して巨大な虎の魔物と化した。

「グリーンシードタイガー。階層主フロアボスと呼ばれる、迷宮ダンジョンを守護する魔物じゃ。その辺に湧く魔物とは強さの桁が違う。心してかかるのじゃぞ」
「うーん…マリア、ジャンヌ、あれはまだ二人じゃちょっと苦戦するかもしれないけど、どうする?」
「やるよ!やれるもん!」
「頑張ります!」

 その意気や良し。
 私は二人の背中をポンと叩いた。

「行っておいで」
「うん!」
「はい!」

 グリーンシードタイガーは雄叫びで大気を震わせ、二人目掛けて突進した。

「にゃああっ!」
「みゃああっ!」

 速い迅い。
 剣が舞い、炎が猛り波濤が弾ける。
 特にマリアの剣は【神眼】を使ってる私でさえ影を捉えるのも難しく、ジャンヌの魔法は私やアルティよりも発動が速い。
 息もつかせぬ高速戦闘に、入り口付近で戦いを眺める私たちは息を呑んだ。

「強いのう」
「うん、強い」
「そうですね…まさかあのお二人がここまでの力を持っているなんて」
「そうではない。四季の国の王女よ」

 マリアとジャンヌの戦いに目を追わせていたリエラに、師匠せんせいは言った。

「あれだけの高速戦闘の最中、悠然としてられる魔物がいったいどれだけいるかということじゃ」

 師匠せんせいの言葉の意味を裏付けるように。

「――――――――ッ!!」
「っあ――――――――!!」
「ガァアアアアアアアア!!!」

 虎の爪が二人を切り裂いた。
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