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異戦雪原

~異戦雪原、宣戦布告~

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「分かりました、説明しましょう」

―彼らが発するは、肯定の意。

それをしかと見聞きした俺は、後ろにお嬢様を連れて部屋の最奥へと歩を進める。そして後ろを振り返って全体を見渡し、

「......さて、話を聞こうじゃないか」

秘書である結衣さんへと、視線を向けた。


                                            *


結衣さんから全貌を聞いた後、正直言って俺の心中には苛立ちが生まれていた。

「異戦雪原が―だと......?」

「えぇ」

僅かに怒気のはらんだ声色で呟くが、結衣さんはそれに臆せず言葉を返す。

だが、困った事になった。まさか異戦雪原が......

「『例の情報を奪取しに行く。せいぜい首を長くして待ってなさい』、と電話が来たのよ。伊勢美雪本人からね」

......まだ、アレを諦めていなかったとはね。異戦雪原が鷹宮より上位の存在だと知らしめられる、その情報。関わらずに大人しく手を引いておけば良いものを。

「これは予測だけど、限りなく事実に近いわ。本部にいる複数の第六感シックスセンス持ちの異能者に聞いたところ、異戦雪原は隊を組んで襲撃してくる。恐らく3日で組み終わるだろうね。それもかなりの数よ」

第六感、か。オカルト分野に入るが、それが何だ。こちとら万能の異能を目の当たりにしてるんだから、それくらいでは驚かない。

俺は腕組みしつつ結衣さんに言われた情報を頭の中で反芻し、対抗案を組み立てる。......それは即座に、正確に。1つ読み間違えれば、こちらが不利になる可能性も大だ。そして浮かびしは、1つの案。

「―諸君は異雪に対抗するために隊を結成して。いくら鷹宮が天下を取っていると言っても、相手は異能者組織だ。舐めて掛からない方が良い」

あちらが3日で終わらすのなら、こちらもそれまでに終わらせてやる。本部の人間全て集めて、ありったけの力を蓄えておこうではないか。

「隠蔽班は防御側に、その他の攻勢異能者は大規模隊を組んでおく事。それぞれの異能の属性に合わせて、だ」

そして、と隣にいるお嬢様を見て俺は話を続ける。

「これには我々鷹宮家も参加する事にした」

『なっ......!?』

どよめく職員らの心中は分かっている。だから、だから俺は少しでも彼らを心配させまいと言葉を紡ぐ。

「鷹宮始まって以来の、史上弱年少の『長』だ。この事に不安を覚えた者も少なからずいるだろうね。何せ、まだまだ子供なのだから」

その事を知っている職員全員が、こう言っていたのを俺は知っている。『若いうちにしか出来ない事をさせてやりたい。長を煩わせる事なく』と。

その職員らの気持ちは凄く嬉しい。俺は確かに学生で、子供だ。でもそれでいて最高責任者である、

「『長』だ。故に、鷹宮の命を預かっている立場である。そして、諸君らが我々の為に日々尽くそうと精一杯仕事をしているのは承知しているよ。だからこそ―」

「―だからこそ、日々頑張っている諸君らに......何かしてあげたいと願っている。少しでも力になれないかと考えている」

万能に対する無能な長でも、それでも良いのなら。

「どうか、俺たちを一戦力として受け入れてほしい」

それを示すため、長の威厳も全て捨てて、

「......志津二!?」

お嬢様の声にも耳を傾けず、頭を下げた。
それから暫しの静寂が流れた後―

「何を仰りますか。仲間を受け入れない人間が何処にいると言うのですかね?」

「全くですよ。長もまだまだ子供ですね」

―職員らが口々に俺に語り掛けた。その顔は、笑っている。皮肉混じりに、でもそれは......否定的ではなかった。何だろう、泣きそうだよ。目尻に涙溜まりかけてるから実際涙ぐんでるんだろうけど。

「......みんな、ありがとうね」

人間本当に感謝してる時は、それしか言えないものだ。それ以外の選択肢は俺の頭にはなかった。

「ってーか、志津二。私を『無能』に巻き込まないでくれるかしら?」

「あはは......すみません。だからその刀を仕舞って頂けますかね」

全く。お嬢様は冗談がキツいなぁ―じゃない。その眼はマジだ!待って、刀振り下ろさないで!?

「まぁ、良いわ。協力してあげよっか」

「......どうも」
 
刀身が俺の頭に当たる直前、お嬢様は刀を(どうやったのかは知らないが)消してくれた。もはや冗談かさえも怪しくなってきたね。

そんなお嬢様に恐怖を覚えつつも、俺は職員らに一言告げておいた。

「じゃあ、そういう事だから―諸君らの働きぶりに期待をしておくよ。」

『了解です!』

相変わらず、返事だけは頼もしいんだから。


                                            *


「―そう。だから、リサもこっちおいで。3人分のパジャマと、日用品持ってきてね。あと館内の施錠とガスの元栓閉めるのも忘れずに。頼んだよ?」

『大丈夫ですよ、ご主人様。ご心配なく。それでは、失礼致します』

俺は、長の部屋......その机に備え付けの古めかしい電話からリサのスマホへと電話を掛け、手短に要件を伝えた。それと緊急事態という事で、学園から彩も呼び寄せた。  

「『異戦雪原』―武闘派組織、か」

結衣さんらによる伊勢美雪を初めとした、第4戦科部隊の取り調べ。その調査報告書が、昨日処理した書類たちの1つに入っていたのだ。

目論見は何かと問えば、『鷹宮が保有している例の情報を奪取する事』と繰り返すのみ。そしてその情報とは即ち、『鷹宮の記憶マスターデータ』。

まぁ、鷹宮の内部情報を見られたとはいえ。あそこは所詮支部だ。あるのは表向きの情報のみ。本部に関わる情報は見られてないと考えるべきだろう。

そもそも、。天と地ほどの戦力差がある鷹宮に関係する支部に普通、下準備もなしに襲うか?刹那の時に首が飛ぶ―そんな所に。

もっと気になるのは、彼女らに『鷹宮には貴女たちの望む良い情報が眠っているよ?』と銘打った、内通者の存在だ。余程口が達者なのか、それとも異雪がそれ程なまでに追い詰められていたのかは定かではないが。

『鷹宮の記憶』を閲覧出来るほどに有益な人物とコネがあるのなら、今後のためにも美雪たちは......その内通者を言う事はないだろう。いや、そもそも彼女らがその正体を知らないって線もある。

―コン、コン......ガチャっ。

唐突なノックと開閉音に顔を上げれば、来ましたるは我がメイド。その手にはトランクを手にしている。

「リサ、もう来たのか......。早くないか?」

「ご主人様が心配だったので、御園さんに飛ばすように頼みましたっ!」

だろうと思ったよ。下手したら御園捕まるからね?

「危険な行動は慎むように頼む。......あぁ、リサ。引き続きで悪いんだけど、お嬢様と彩を連れて食堂にでも行って面倒見てあげて」

「......?えぇ、構いませんよ」

一瞬頭にクエスチョンマークを浮かべたリサだが、すぐに了承してくれた。お嬢様は渋々と、彩は割りと嬉しそうにリサに連れられていった―ところで。

「結衣さん、話がある」

ソファーで黙々と指を動かしている秘書に目を向ける。

「今、モン○トやってるから。少し待ってて」

「解雇するぞ?」

「......はぁ」

さぁ、彼女が渋々スマホをポケットに仕舞ったところで―本題だ。

「内通者の洗い出し。どうだった?」

「......サッパリよ」

こちらに向き直り、ため息混じりに告げられたその言葉。表情からも、割りと深刻な問題である。

「それぞれ500人ずつを束ねる第1・2処理班班長。彩率いる隠蔽班。長の俺に、秘書の結衣さん―中でも俺を除けば、本当に僅かな人数だ」

「あら、その内通者候補に調査を任せて構わないのかしら?」

「ふっ、何を今更。結衣さんだって、やろうと思えばこんな回りくどい方法じゃなくてもいけるだろうにね」

「......はぁー」

結衣さんはまたまた溜息を重ねるが、それ以上その話題を続ける事はなかった。

―今回のみならず、鷹宮において事件が起こる事はそうそうない。長が求めているのは、平穏と安定と現状維持。それを代々と続けてきたというのに......今世紀最大の揺らぎだよ。それも俺が長に着任してから。何、疫病神なの?俺は。

まぁ、故に。それを生むための存在は排除していかないといけない。今後の平穏と、俺の精神が崩壊しないためにもね。 


                                            *


いつもなら静寂を包むハズの会議室は、夕食前にも関わらず前代未聞の大騒ぎだ。そんな中、指揮を執っていた内の1つの班から声が上がった。

「長、電話繋がりました!」

「こっちに」

先は、異戦雪原第4戦科部隊。その隊長―

「―や。悪いねー、忙しいところ」

『アンタ、あの時の......!まさか、組織間の交渉に出向く部隊長レベルの人間とはね。驚いたわ』

そう思ってもらった方が都合はいい。長は本来、表に出るべき存在ではないしな。

で、と受話器の向こうで美雪は続ける。

『アタシ達の動きに気付いて慌てて連絡を寄越したのかしら?』

「まぁね。あと必要なのは時間だけだろう?」

『あら、分かってるじゃない。本部を襲撃するための人材集めと、移動のための時間よ』

やはり、ここを襲うつもりか......性懲りも無く。そしてそれは、宣戦布告。

『まぁ、アンタ達が情報を差し出せば。動いてやらないこともないけど』

「舐めてかかりやがって。その程度の戦力でこっちが怯えるって思ってるなら、大間違いだぞ?」

『......どこまでも生意気な小僧ね。じゃあ、そういう事よ。さようなら―卑怯な狙撃手さん』

皮肉げに言う伊勢美雪はそれだけ言い残すと、電話を切ってしまった。それと同時に職員の1人が恐る恐るといった感じで、こちらに告げてくる。

「あのー、長。......異戦雪原の自身、どうやらはったりでは無さそうです」

「その規模は?」

「攻勢異能者が―400です」

「―っ......!?」

その数値に、俺は思わず息を呑む。異戦雪原。武闘派組織とは聞いていたが、それが400とは―恐るべき数値だ。そんな数で襲われたら、

「鷹宮とは言え、危ないな......」


~Prease to the next time!
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