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第三話
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ドレスアップした久恵は一段と綺麗だった。
非日常的な空間で、次々にサーブされる趣向を凝らしたメニューに久恵は目を輝かせた。こちらが慣れないカトラリーに手こずって、緊張感から満足に味わう余裕もないなか、久恵は美しい所作で料理を堪能し、おいしいねと微笑みを見せる。
食事を終えて、水族館の期間限定イベントナイトアクアリウムへと足を運ぶ。銀色に輝くイワシのトルネードをバックにして久恵に愛の誓いを立てた。
「久恵さんのことが大好きです。この先ずっと一緒にいて下さい」
「by all means」
久恵はとびきりの笑顔でそう答えてみせた。この時の笑顔は一生忘れない。
出来レースではあったけど、人生でこんなに緊張した事はない。でも、まだ最大の難関が残っている。久恵のご両親への挨拶だ。久恵によると、父親は役所勤めで温厚だが生真面目な性格の人だと言う。久恵から聞いたご両親の好きなお菓子を手土産に用意し、スーツも新調した。
「マコトのご両親は私のこと認めてくれるかな?」
「うちは大丈夫だよ。母さんは、あなたの好きな人と一緒になりなさいと言ってる」
「お父さんは?」
「お前の好きにしなさいと言ってる」
「お父さんもマコトのこと信頼しているのね」
「違う!」
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ」
「ごめん、でも違うんだ。理解があるんじゃないどうでもいいんだあの人にとっては」
「あの人って、仲悪いの?」
「挨拶程度に言葉は交わすけど、まともに話したのは会社を辞めようと思うと言ったのが最後だよ」
「そしたら何て?」
「一緒だよ。お前の好きにしなさいだけで終わった。そんな程度なんだ」
「でも親子なんだしもっと仲良くした方がいいと思うよ。私のお義父さんにもなるんだから」
「うん、うちの親は問題ないから、今は久恵のご両親のことを考えよう」
万全の体制を整えてその日を迎えたつもりが、結果は惨敗。
「お前のような奴に大事な一人娘はやれん」父親は肩を振るわせ、そう怒鳴った。
半ば覚悟していた反応ではあったが、いざ面と向かって突きつけられると、その厳しい現実は筆舌に尽くしがたいものだった。だけど、本当に辛かったのはそこではない。
「そんなの認められません。娘には人並みの幸せを掴んで欲しいのよ」そう涙ながらに絞りだした母親の言葉は、鈍い楔《くさび》となってこの胸を穿《うが》った。
確かに自分は一角の人間とは言えないかもしれないけど、一般的な人に遅れをとっているつもりはない。その場の空気に耐えきれず、衝動的に家を飛び出してしまった。
胸の奥がズキズキと痛む。久恵と付き合って癒えたと思っていた過去のトラウマが今再びパックリとその傷口を開いたように感じた。
あれは、高二の春だった。同じクラスのマドンナに恋をして、不釣り合いだということは分かっていたけど、その想いを抑えることができず告白した。
「ごめんなさい。あなたのことは友達としか見れないの」
ショックではあったけど、落ち込むことはなく、これまで通りの生活が続くだけだと一人ごちた。でも違った。
翌日学校に行くと、その話は学校中に広まっていた。彼女が笑い話としてまわりに吹聴《ふいちょう》したのは明白だった。「無理に決まってるだろ」「キモい」「ウケる」など辛辣《しんらつ》な言葉を浴びせられた。自分には人を好きになる資格すらないのかと本気で悩んだ。その後、楽しい学園生活なんて送れるはずもなく、ひたすら勉強に打ち込んだ。
そのおかげというのはしゃくだけど、志望校のランクを上げることができた。久恵と出会ったのはそのキャンパスだった。
非日常的な空間で、次々にサーブされる趣向を凝らしたメニューに久恵は目を輝かせた。こちらが慣れないカトラリーに手こずって、緊張感から満足に味わう余裕もないなか、久恵は美しい所作で料理を堪能し、おいしいねと微笑みを見せる。
食事を終えて、水族館の期間限定イベントナイトアクアリウムへと足を運ぶ。銀色に輝くイワシのトルネードをバックにして久恵に愛の誓いを立てた。
「久恵さんのことが大好きです。この先ずっと一緒にいて下さい」
「by all means」
久恵はとびきりの笑顔でそう答えてみせた。この時の笑顔は一生忘れない。
出来レースではあったけど、人生でこんなに緊張した事はない。でも、まだ最大の難関が残っている。久恵のご両親への挨拶だ。久恵によると、父親は役所勤めで温厚だが生真面目な性格の人だと言う。久恵から聞いたご両親の好きなお菓子を手土産に用意し、スーツも新調した。
「マコトのご両親は私のこと認めてくれるかな?」
「うちは大丈夫だよ。母さんは、あなたの好きな人と一緒になりなさいと言ってる」
「お父さんは?」
「お前の好きにしなさいと言ってる」
「お父さんもマコトのこと信頼しているのね」
「違う!」
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ」
「ごめん、でも違うんだ。理解があるんじゃないどうでもいいんだあの人にとっては」
「あの人って、仲悪いの?」
「挨拶程度に言葉は交わすけど、まともに話したのは会社を辞めようと思うと言ったのが最後だよ」
「そしたら何て?」
「一緒だよ。お前の好きにしなさいだけで終わった。そんな程度なんだ」
「でも親子なんだしもっと仲良くした方がいいと思うよ。私のお義父さんにもなるんだから」
「うん、うちの親は問題ないから、今は久恵のご両親のことを考えよう」
万全の体制を整えてその日を迎えたつもりが、結果は惨敗。
「お前のような奴に大事な一人娘はやれん」父親は肩を振るわせ、そう怒鳴った。
半ば覚悟していた反応ではあったが、いざ面と向かって突きつけられると、その厳しい現実は筆舌に尽くしがたいものだった。だけど、本当に辛かったのはそこではない。
「そんなの認められません。娘には人並みの幸せを掴んで欲しいのよ」そう涙ながらに絞りだした母親の言葉は、鈍い楔《くさび》となってこの胸を穿《うが》った。
確かに自分は一角の人間とは言えないかもしれないけど、一般的な人に遅れをとっているつもりはない。その場の空気に耐えきれず、衝動的に家を飛び出してしまった。
胸の奥がズキズキと痛む。久恵と付き合って癒えたと思っていた過去のトラウマが今再びパックリとその傷口を開いたように感じた。
あれは、高二の春だった。同じクラスのマドンナに恋をして、不釣り合いだということは分かっていたけど、その想いを抑えることができず告白した。
「ごめんなさい。あなたのことは友達としか見れないの」
ショックではあったけど、落ち込むことはなく、これまで通りの生活が続くだけだと一人ごちた。でも違った。
翌日学校に行くと、その話は学校中に広まっていた。彼女が笑い話としてまわりに吹聴《ふいちょう》したのは明白だった。「無理に決まってるだろ」「キモい」「ウケる」など辛辣《しんらつ》な言葉を浴びせられた。自分には人を好きになる資格すらないのかと本気で悩んだ。その後、楽しい学園生活なんて送れるはずもなく、ひたすら勉強に打ち込んだ。
そのおかげというのはしゃくだけど、志望校のランクを上げることができた。久恵と出会ったのはそのキャンパスだった。
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