火の国と雪の姫

さくらもっちん

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23 重なる想い

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今、目の前に居る人は、茜の姿をした、誰かだ。
死んだ者は、決して、生き返らない。

白雪は、頭では理解しながらも、茜の姿をした、偽物《にせもの》を抱き締めた。単語ルビ

嘘でも良いから、まぼろしでも、もう一度、茜に会えた。
その喜びが、白雪の思考を、奪っている。

「白雪!   駄目だよ。……その人は、茜さんでは無いよ!   早く、離れて!!」

華貴《かき》の言葉は、白雪に、届かない。単語ルビ

ドスッ。

にぶい音と共に、白雪の左肩に、短刀が、突き刺さった。

すぐさま、割り込んだ華貴が、白雪と、茜の偽物を、引き剥《は》がす。単語ルビ

肩を押さえて、血塗れの白雪が、悲しげに、茜……を見ている。

「馬鹿だね……。何で簡単に、気を許すかな?
その気になれば、簡単に、殺せたよ」

軽く唇を歪《ゆが》ませて、茜の偽物が、白い髪を、一気に、漆黒に染めた。単語ルビ
白雪の温もりがまだ、女性の腕に、残っている様だ。
少しだけ、苦しげに、女性が、笑った。

「申し訳無いね……。この体は、茜さんの骨の一部から、作られたの。
私は、灯《あかし》と言うの。ごめんなさい。白雪」単語ルビ

不思議な事に、灯は、白雪を刺しながら、罪悪感を、持っていた。
目元は潤《うる》み、今にも、泣きそうだ。単語ルビ

緋色の着物に、黒い揚羽蝶の模様、帯の色は黒だ。
帯に手をやり、灯は、白雪を、ずっと、気にしていた。

負傷した白雪が、強い眠気に、襲われている。

「灯……さん。死者をもてあそぶ行為は、許されないわ……」

白雪が、自分の短刀に、赤い紐を、括《くく》り付けた。単語ルビ
よろけながら、灯に、一歩ずつ、近付いて行く。

「全ての原因は、華貴なのに、白雪は、許すんだね。
私は、華貴が、羨ましいわ。なぜ、お人形の貴方が、大切に、されるの?
ほんの束の間でも、家族の温もりを、知ってしまったら、私は……」

ピクッと、白雪の動きが、止まった。

「もしかして、貴方、茜さんの記憶を、読んだの?」

灯を凝視《ぎょうし》する白雪と、華貴が息を潜めた。単語ルビ

「死者を操る者は、人では無いわ。ケモノ以下よ。貴方が、気がねする必要も無いのよ。
ただ、死者に化《ば》ける時、茜さんの想いが、ほんの微かに流れてきたの。単語ルビ
白雪を、愛しているって。
なのに、私は、……任務でも、貴方を怪我させた。おかしい。混乱してるわ」

灯が、訳も無く泣いて、白雪の方に、手を伸ばした。
生まれてこの方、家族を知らない、灯。
死人《しびと》使いとして、何人も、殺《あや》めてきた。単語ルビ
千景《ちかげ》  ほむらの部下として。単語ルビ

こんなにも、感情が残るのは、初めてだった。
茜の白雪と過ごした日々は、宝物の様に、価値があった。
お腹の辺りが、ポカポカあったかくて、戦意は、失せてしまった。

白雪が、手に込めた力を、引っ込めた。
白雪の中から、炎の気配が、ふっと、掻《か》き消えた。単語ルビ

「狡《ずる》いよ。貴方の気持ちを知ったら、攻撃出来ないわ。単語ルビ
だって、灯さんは、優しい眼を、してるもの」

地面に膝を付けた、白雪が、苦しげに、灯に持たれ掛かった。

「お人好し過ぎますよ、白雪さん。私は……」

咄嗟《とっさ》に、灯が、白雪を庇うと、脇腹《わきばら》に、凶器の刃が、突き刺さった。単語ルビ
最後の力を振り絞《しぼ》ると、まるで、母親の様に、灯が、白雪を抱擁した。単語ルビ

生まれて初めて、自分の意思で、動けた事に、満足して、灯が、満面の笑みを浮かべる。

パチパチパチ。

三文芝居を見たかの様に、随分、冷めた顔の、ほむらが、虫ケラの様に、灯を、突き飛ばした。
拍手を終えた、ほむらは、気配無く立ち、凶器を、直している。

「茜になったのは間違いだったな。下《くだ》らない母性とやらに、負けるなんて、単語ルビ
灯は、犬より愚かだ」

ドオン。

物凄い勢いで、空に、火柱が立った。

炎が消失すると、同時に、唐紅《からくらない》山を、覆う、白い霧が晴れた。単語ルビ

立ち上がった、白雪の手首の赤い紐は、火の術を、まとっている。
白雪の蜂蜜色の瞳は、激しい怒りをたたえていた。






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