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第一部
最悪の出会い 3
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連れて来られたのは、六本木の高層マンションの最上階にある部屋だった。何重にも施されたセキュリティーをくぐり抜けてその部屋のドアの前に立った時、来るべきじゃなかったとすぐに思い知った。
こんなところ、私なんかが関わる場所じゃない――。
手に持っていた傘の柄を握りしめ踵を返そうとした瞬間に、彼女に腕を取られた。
「ここに来てるのは、慶心大の子と私たちの大学の女の子だけだから。そんなに緊張しなくても大丈夫」
全然大丈夫なんかじゃない。慶心大と言えば、私立の超有名大学だ。偏差値も高ければ、ブランドもある。それに、大学生でこんなところに住んでいる人たちがすることなんて想像すらできない。
慣れた手つきで彼女がインターホンを押すと、「入って」と短い声が聞こえて来た。その扉が開くとすぐに、長い廊下が伸びている。何人住むことを想定した玄関なのだろう。これだけで一部屋分になりそうなほどの広い玄関ホールだった。大理石の床を進むと、着飾った男女が入り乱れた広いリビングがあった。それは、都心のビル群を望める、ガラス張りの恐ろしいほどに広い部屋だった。
「ごきげんよう」
さっきから私の腕をきつく掴んでいる彼女が、甲高い声を上げた。その声に、視線が一斉にこちらへと向けられる。
自分に向けられた好奇の目が、身体を強張らせた。上から下まで蔑むような視線を投げかけられて、身がすくむ。
「こちらにいる戸川雪野ちゃんは私のクラスメイトで、今日は急遽来てもらったんです」
一瞬しんとした部屋が、彼女の声でざわつき始めた。
――あの女子大に、本当にあんな子いるの?
――こんな場に連れて来られちゃって可哀そうに。固まっちゃってるよ?
緊張して微動だに出来ないくせに耳だけは冴えわたって、そんなひそひそ声があちらこちらから聞こえて来る。
もう帰りたい。そう思っても、腕は彼女に強く掴まれたままでどうすることもできなかった。
「まずは、このパーティーの主役であるソウスケさんに挨拶をしないといけないから」
彼女に耳打ちされて、引きずられるように連れて行かれる。髪形もメイクも服装も、何もかもが自分と違う華やかな女の子たちと、見るからに育ちの良さそうな男の子たち。そんな人たちを掻き分けながら、部屋の真ん中に置かれた革張りのソファにゆったりと座る男の前に突き出された。
「ソウスケさん、お久しぶりです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
彼女が、アイドルのような笑顔をその男に向ける。すると、両隣に座らせていた女の子と喋っていた男がゆっくりと顔を彼女に向けた。
「おまえ――」
発せられた声の低さと冷たさに、息をのむ。
「誰だっけ?」
目の前にいる男は表情一つ動かさずにそう言い放った。完璧な笑顔を作ったはずの彼女の顔が、一瞬にしてそのまま固まる。何かスポーツでもしているのか、服の上からでも分かる、鍛え上げられた身体つき。長い脚を投げ出すように組みながら、感情のまったくうかがえない目で彼女を見上げていた。
「そ、そんな意地悪なこと言わないでください。この前、一緒に過ごしてくれたじゃないですか……」
それでも必死に笑顔を貼り付けているけれど、その声は震えている。
「ユリちゃん、ソウスケにそんなの通用しないよ。一度寝たくらいじゃ記憶に残らない男だもん」
そのソウスケが座るソファにもたれるようにして立っていた男が、満面の笑みで答えた。ソウスケとは正反対の一見愛想の良さそうな男だ。ソウスケを取り囲むように座る二人の女の子たちも、クスクスと笑う。背筋に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。
この世界は、一体、何――?
彼女は立ち尽くしたままで動けないみたいで。隣に立っているだけで、その心境が伝わって来てこちらまで胸が痛む。
「……まあ、でも。せっかく来たんだし、楽しんで行けよ」
ソウスケが彼女にほんのわずか微笑みかける。見られただけで怯んでしまいそうな鋭い表情のせいで、ほんの少し口角を上げただけでその差が際立つような笑み。その冷たい微笑みは、自分に向けられたわけでもないのに胸の奥をざわつかせた。
「は、はいっ! ありがとうございます。そうさせていただきます」
彼女は息を吹き返したように頬を上気させた。そんな彼女に驚かない自分が、少しだけ怖くなる。このほんの数分のやり取りで、ソウスケという男がどんな男か想像がつくと言うのに、その目は心の奥底の何かを刺激する。
こんなところ、私なんかが関わる場所じゃない――。
手に持っていた傘の柄を握りしめ踵を返そうとした瞬間に、彼女に腕を取られた。
「ここに来てるのは、慶心大の子と私たちの大学の女の子だけだから。そんなに緊張しなくても大丈夫」
全然大丈夫なんかじゃない。慶心大と言えば、私立の超有名大学だ。偏差値も高ければ、ブランドもある。それに、大学生でこんなところに住んでいる人たちがすることなんて想像すらできない。
慣れた手つきで彼女がインターホンを押すと、「入って」と短い声が聞こえて来た。その扉が開くとすぐに、長い廊下が伸びている。何人住むことを想定した玄関なのだろう。これだけで一部屋分になりそうなほどの広い玄関ホールだった。大理石の床を進むと、着飾った男女が入り乱れた広いリビングがあった。それは、都心のビル群を望める、ガラス張りの恐ろしいほどに広い部屋だった。
「ごきげんよう」
さっきから私の腕をきつく掴んでいる彼女が、甲高い声を上げた。その声に、視線が一斉にこちらへと向けられる。
自分に向けられた好奇の目が、身体を強張らせた。上から下まで蔑むような視線を投げかけられて、身がすくむ。
「こちらにいる戸川雪野ちゃんは私のクラスメイトで、今日は急遽来てもらったんです」
一瞬しんとした部屋が、彼女の声でざわつき始めた。
――あの女子大に、本当にあんな子いるの?
――こんな場に連れて来られちゃって可哀そうに。固まっちゃってるよ?
緊張して微動だに出来ないくせに耳だけは冴えわたって、そんなひそひそ声があちらこちらから聞こえて来る。
もう帰りたい。そう思っても、腕は彼女に強く掴まれたままでどうすることもできなかった。
「まずは、このパーティーの主役であるソウスケさんに挨拶をしないといけないから」
彼女に耳打ちされて、引きずられるように連れて行かれる。髪形もメイクも服装も、何もかもが自分と違う華やかな女の子たちと、見るからに育ちの良さそうな男の子たち。そんな人たちを掻き分けながら、部屋の真ん中に置かれた革張りのソファにゆったりと座る男の前に突き出された。
「ソウスケさん、お久しぶりです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
彼女が、アイドルのような笑顔をその男に向ける。すると、両隣に座らせていた女の子と喋っていた男がゆっくりと顔を彼女に向けた。
「おまえ――」
発せられた声の低さと冷たさに、息をのむ。
「誰だっけ?」
目の前にいる男は表情一つ動かさずにそう言い放った。完璧な笑顔を作ったはずの彼女の顔が、一瞬にしてそのまま固まる。何かスポーツでもしているのか、服の上からでも分かる、鍛え上げられた身体つき。長い脚を投げ出すように組みながら、感情のまったくうかがえない目で彼女を見上げていた。
「そ、そんな意地悪なこと言わないでください。この前、一緒に過ごしてくれたじゃないですか……」
それでも必死に笑顔を貼り付けているけれど、その声は震えている。
「ユリちゃん、ソウスケにそんなの通用しないよ。一度寝たくらいじゃ記憶に残らない男だもん」
そのソウスケが座るソファにもたれるようにして立っていた男が、満面の笑みで答えた。ソウスケとは正反対の一見愛想の良さそうな男だ。ソウスケを取り囲むように座る二人の女の子たちも、クスクスと笑う。背筋に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。
この世界は、一体、何――?
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「……まあ、でも。せっかく来たんだし、楽しんで行けよ」
ソウスケが彼女にほんのわずか微笑みかける。見られただけで怯んでしまいそうな鋭い表情のせいで、ほんの少し口角を上げただけでその差が際立つような笑み。その冷たい微笑みは、自分に向けられたわけでもないのに胸の奥をざわつかせた。
「は、はいっ! ありがとうございます。そうさせていただきます」
彼女は息を吹き返したように頬を上気させた。そんな彼女に驚かない自分が、少しだけ怖くなる。このほんの数分のやり取りで、ソウスケという男がどんな男か想像がつくと言うのに、その目は心の奥底の何かを刺激する。
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