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第一部
最悪の出会い 4
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「――で。そこのアンタは?」
鋭くて人を射抜くような目をした男がこちらに視線を向けた。黒くて短い髪に、しっかりとした眉と奥二重の切れ長の目。私はすぐさま俯いた。こんな得体の知れない男を真っ直ぐに見返せるほど、私は男の人には慣れていない。
「彼女も同じ大学の一年生なんです」
何かを言うようにと腕を軽くつつかれるけれど、言葉を発することができなかった。言うべき言葉なんて、見つかるわけもない。
「なんだか、毛色の違う子を連れて来たね」
ソウスケが言葉を発する前に、ソファにもたれている男が言葉を発した。
「雪野ちゃんは、特待生入試で入った頭のいい子なんですよ」
「……へぇ」
そう声を漏らしただけで、その男は何も言わない。私は私で、ただじっと自分の足元を見ていた。この状態が息苦しい。
「ご、ごめんなさい! 私、やっぱり……っ!」
それ以上、こんなところにいたくなくて、身を翻した。
ただひたすらに玄関を目指す。リビングに溢れかえる人を掻き分けている間にも耳に届く言葉に、より自分が惨めになる。
――ユリもさ、自分が少しでもソウスケさんに見てもらいたいからって、あんなにレベルの低い子を連れて来ることないのにね。
――それにしても、あの子、何? のこのこユリについて来ちゃってさ。場違いだって分からなかったのかな。
馬鹿だ。分かっていたことだったのに。どうして私がこんな思いをしなければならないのだろう。誰に恥じることもない。そう思っても、どうしても卑屈になって行く。もう何も視界に入れたくなくて、逃げるように走った。
そうしてたどり着いた玄関で、ドアノブに手を掛ける。でも、勢いのままに押してみてもドアは開かなかった。鍵がどこなのか、どこをどうすれば開くのか、こんな高級マンションのドアなんて触ったことも見たこともないから分からない。押しても引いてもびくともしないドアに泣きたくなる。
どうなってるのっ――!
「――そんなことしたって開かねーよ」
背後から、低い声がした。
さっきの男――?
怖くて、振り返ることも出来ない。
「来たばかりなのに、もう帰るのか?」
しがみつくようにドアノブを掴んだまま、息を潜めてじっと立つ。どうして、あの男がわざわざ私なんかを追いかけて来たのか分からない。そもそも、こんな人たちが考えていることなんて理解したくもなかった。
「こういう場に来るの、初めてだったんだろう? それで怖気づいたか?」
どこか見下しているような声に、身体中が懸命に自分に警告を発する。
「私、帰ります――」
とにかく、早くここから出ないと――。
握りしめていたドアノブにを思い切り押した時、何かに腰を引き寄せられる。突然のことに驚いて、反射的に振り向いてしまった。
え――?
目を開けたままの視界に入って来るのは、閉じられた瞼と、黒髪と、玄関の照明と――。そして、私の唇に触れる、身体の奥にまで伝わるような恐ろしく冷めたい感触。自分の身に一体何が起きているのか、すぐには理解できなくて、呆然と立ち尽くす。でも、次の瞬間、唇をこじ開けられそうになり我に返った。
「やめてっ――」
出しうる限りの力を込めて、目の前の身体を突き飛ばした。
「――おいおい、ソウスケ。いなくなったと思ったらこんなところで何やってんの」
ソウスケとは別の声がして、こんなところを他人に見られていたのかと思うと、恥ずかしくて全身から火が出そうになる。たった今、自分がされていたことの意味すら私の中で消化できていない。呆然として、目の前の男を見上げると、何故か冷たく見下したような表情が崩れ、私を凝視していた。鋭く切れ長の目が、大きく見開かれている。それを一瞬不思議にも感じたけれど、深く考える余裕なんてない。
「あーあ。この子泣いちゃってるじゃない。ちょっと物珍しい玩具を見つけたからって、こんないたいけな子で遊んじゃだめだって」
先ほどソウスケという男の近くにいた軽薄そうな男だ。震えの止まらない肩を必死で抱く。早く逃げ出したいのに立っているのもやっとの状態だった。
「――うるさい。おまえには関係ない。俺のすることに口出すな」
有無を言わさぬような低く冷たい声に、それ以上何も口を挟まずさっさと立ち去ってしまった。
鋭くて人を射抜くような目をした男がこちらに視線を向けた。黒くて短い髪に、しっかりとした眉と奥二重の切れ長の目。私はすぐさま俯いた。こんな得体の知れない男を真っ直ぐに見返せるほど、私は男の人には慣れていない。
「彼女も同じ大学の一年生なんです」
何かを言うようにと腕を軽くつつかれるけれど、言葉を発することができなかった。言うべき言葉なんて、見つかるわけもない。
「なんだか、毛色の違う子を連れて来たね」
ソウスケが言葉を発する前に、ソファにもたれている男が言葉を発した。
「雪野ちゃんは、特待生入試で入った頭のいい子なんですよ」
「……へぇ」
そう声を漏らしただけで、その男は何も言わない。私は私で、ただじっと自分の足元を見ていた。この状態が息苦しい。
「ご、ごめんなさい! 私、やっぱり……っ!」
それ以上、こんなところにいたくなくて、身を翻した。
ただひたすらに玄関を目指す。リビングに溢れかえる人を掻き分けている間にも耳に届く言葉に、より自分が惨めになる。
――ユリもさ、自分が少しでもソウスケさんに見てもらいたいからって、あんなにレベルの低い子を連れて来ることないのにね。
――それにしても、あの子、何? のこのこユリについて来ちゃってさ。場違いだって分からなかったのかな。
馬鹿だ。分かっていたことだったのに。どうして私がこんな思いをしなければならないのだろう。誰に恥じることもない。そう思っても、どうしても卑屈になって行く。もう何も視界に入れたくなくて、逃げるように走った。
そうしてたどり着いた玄関で、ドアノブに手を掛ける。でも、勢いのままに押してみてもドアは開かなかった。鍵がどこなのか、どこをどうすれば開くのか、こんな高級マンションのドアなんて触ったことも見たこともないから分からない。押しても引いてもびくともしないドアに泣きたくなる。
どうなってるのっ――!
「――そんなことしたって開かねーよ」
背後から、低い声がした。
さっきの男――?
怖くて、振り返ることも出来ない。
「来たばかりなのに、もう帰るのか?」
しがみつくようにドアノブを掴んだまま、息を潜めてじっと立つ。どうして、あの男がわざわざ私なんかを追いかけて来たのか分からない。そもそも、こんな人たちが考えていることなんて理解したくもなかった。
「こういう場に来るの、初めてだったんだろう? それで怖気づいたか?」
どこか見下しているような声に、身体中が懸命に自分に警告を発する。
「私、帰ります――」
とにかく、早くここから出ないと――。
握りしめていたドアノブにを思い切り押した時、何かに腰を引き寄せられる。突然のことに驚いて、反射的に振り向いてしまった。
え――?
目を開けたままの視界に入って来るのは、閉じられた瞼と、黒髪と、玄関の照明と――。そして、私の唇に触れる、身体の奥にまで伝わるような恐ろしく冷めたい感触。自分の身に一体何が起きているのか、すぐには理解できなくて、呆然と立ち尽くす。でも、次の瞬間、唇をこじ開けられそうになり我に返った。
「やめてっ――」
出しうる限りの力を込めて、目の前の身体を突き飛ばした。
「――おいおい、ソウスケ。いなくなったと思ったらこんなところで何やってんの」
ソウスケとは別の声がして、こんなところを他人に見られていたのかと思うと、恥ずかしくて全身から火が出そうになる。たった今、自分がされていたことの意味すら私の中で消化できていない。呆然として、目の前の男を見上げると、何故か冷たく見下したような表情が崩れ、私を凝視していた。鋭く切れ長の目が、大きく見開かれている。それを一瞬不思議にも感じたけれど、深く考える余裕なんてない。
「あーあ。この子泣いちゃってるじゃない。ちょっと物珍しい玩具を見つけたからって、こんないたいけな子で遊んじゃだめだって」
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「――うるさい。おまえには関係ない。俺のすることに口出すな」
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