雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第一部

最悪の出会い 6

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 次の日の授業に、私をパーティーに連れ出した子は来ていなかった。そのことにどこか安堵している自分がいる。

もう、昨日のことは忘れて、なかったことにしてしまいたい――。

強くそう思うのに、腕の力の強さと生々しく残る唇の感触がそうさせてくれない。

だからこそ、全部記憶から消して――。

でも、そんな願いは虚しくも打ち砕かれた。

 アルバイト先へと向かうために、大学の正門を足早に出た時だった。車のクラクションが激しく鳴り響く。大学の正門前には、いつも高級外車が並んでいる。もちろん、そのどれも私とはまったく関係がない。特に気にすることもなく通り過ぎようとすると、もう一度クラクションが鳴った。そのけたたましさに振り返ると、黒い車から出て来るあの男の姿があった。

「アンタだよ。アンタ」

前の日の恐怖が身体に蘇る。どうしてその姿がそこにあるのか。動揺してしまいそうな自分を必死に抑え、無視してまた歩き出した。

「俺がわざわざ出向いて来てやってるのに、無視するなんていい度胸だな」

車から降りて来た男に進むべき道を遮られ、仕方なく立ち止まる。背の高さと威圧感に怯みそうになる。

「そんなこと言われても、あなたがどんな人かなんて、私は知らないですから」

ソウスケという名前だということ、金を持っていそうだということ、そして女を物みたいに扱って遊んでいる悪い男だということしか知らない。

「……そうか。アンタ、俺のことを知らないのか。それならそれでいい」

何故か嬉しそうに笑う男に、怪訝な目を向ける。とにかくこの人とはもう関わり合いたくない。目の前に立つ男の横をすり抜けた。追いかけて来ないことにホッとしていると、再びクラクションが鳴り出した。つい見回してしまうと、それはあの人で、何度も何度も鳴らし続けている。

「車に乗るまで、いつまでも鳴らし続けるぞ」

車から身体半分を出して大声で叫んでいる。通行人や正門を出る学生が迷惑そうに黒い車を睨みつけているというのに、止めようとしなかった。
 私の方が耐えられなくなって、仕方なく助手席に乗り込んだ。思っていた以上にシートに深く沈み込み、慌てて腰を浮かせる。

「どうして、こんなことするんですか? あなたなら、いくらでも釣り合う女の子がいるでしょう。からかうのもいい加減にしてください!」

結局この男の言いなりになっていることに苛立つ。

「言っただろ? アンタは俺のモノにするって」
「それはあなたが勝手に言っているだけで――」

不意に近付いて来た身体に、昨日のことを思い出して胸が激しく騒ぎ出す。あまりの至近距離に思わず目をぎゅっと固く閉じた。クスクスと笑う声がして恐る恐る目を開けると、触れそうで触れないギリギリのところを男の顔が掠め、私のシートベルトを装着していた。

「どうした? またキスされるかもって期待したのか?」
「ちがっ――」

慌てて反論しようにも、その身体は運転席に戻っていた。

「どこに連れて行くつもりですか? もう話は終わりました。私、降ります!」

目の前の男の考えていることが一つも分からなくて、声を上げた。

「少し静かにしろ」

冷たく言い放たれて、身体がびくつく。こんな時どうしたらいいのかなんて、何の経験もない自分には全然分からない。途方に暮れて、虚しさと悲しさが襲って来る。

「……お願いです。私、これからバイトがあるんです。休むわけにはいかないんです」

膝の上のバッグを握りしめる。今にも泣いてしまいそうなのを必死にこらえながら訴えた。

「……どこだ」
「え……?」
「だから、バイト先だ」
「どうして……」
「送って行ってやるよ」

前を向いたままの男の横顔を、無言のまま見つめた。

「そんな、信じられないような目で見るな。ちゃんと送って行くから、場所を教えろ。庶民は労働しないといけないんだろ?」

その時見せた、少し表情を崩しただけの不完全な微笑みは、昨日見た表情のどれとも違っていた。その声音にほんのわずか柔らかさが滲んでいる気がして、心を激しく揺さぶる。

 それから、何故だか私の元に何度も何度も来るようになった。それは大学の正門前だったり、アルバイト先だったり。
 いかにも高そうな黒い外国車が毎日のように視界に映る。そして、いつも車で送り届けてくれる。その車内で、何か問い掛けられれば、それに二言三言、言葉を返すだけ。ただそれだけだった。どうしてその人がそんなことをしているのか、私には想像もつかなかった。私なんかに気があってしているのだと思うほど馬鹿じゃない。自分の容姿や身に着けているものを見れば、分かり切っている。どう見ても、ああいう世界にいるような男が相手にする女ではない。からかわれているのだ。

金持ちの暇つぶしで、周りにはいない珍しいタイプの人間に興味を示しているだけ。いつか飽きて現れなくなるはず――。

そう自分に答えを出す。その答えに納得しているのに、その人はいつも目の前に現れた。

 そんなことが一か月も続くと、もう何かが限界で心は悲鳴を上げていた。
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