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第一部
最悪の出会い 7
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「教えてください。どうしてこんなことをするの? 一体、あなたに何のメリットがあるの……?」
「俺にも分からない。俺は、なんでこんなことをしているのか。アンタと別れた瞬間に、またすぐに会いたくなる。アンタを見ていると、訳が分からない気持ちになる」
この人に見せている姿なんて、大学とアルバイト先を往復しているだけのものだ。どうしてそんな私を気に掛けるのか。
「こんな感情知らないんだ。でもこれだけは分かる――」
もう自分でもわからなくなっている。この人を拒み続けたいのか、それとも、自分を投げ出してしまいたいのか――。
「どうしようもなく、アンタが欲しい」
子どもが駄々をこねるように呟くその人を、初めて近くに感じた。その表情は、どこか寂しげで泣き出してしまいそうな歪んだ笑みで。
愛しい――。
そんな感情初めてのものなのに、考える前にそう思ってしまった。母親にでもなったかのような心境になって、手を差し出していた。
その手を強く引き寄せられて、固い腕に閉じ込められる。抱きすくめられた自分の身体は自分のものではないように思えるのに、鼓動の激しさがそれが現実なのだと分からせる。ただ強く抱きしめられて、その腕のなかでじっとしていた。横を走る車が通り過ぎるたびに、ライトが薄暗い車内の私たちを照らす。何かを振り切るように私から身体を離すと、すぐに車を発進させた。
何かを考えているようで何も考えられない。これから自分の身に起ころうとしていることが、まだ自分のことではない気がする。それでも、この人といたいと思う気持ちだけは、この瞬間、揺るがないものだった。
連れて来られた場所は、初めて会ったあのマンションだった。ドアを開けたと同時に玄関に押し込められ、すぐさま唇を奪われた。それは、前のただ唇を重ねただけのものとは全然違う、どこか切羽詰まったもので。何かに追い立てられるように唇を割られる。その隙間から何かが侵入して来て、私の身体は反射的にびくつく。それは私の口内で激しく蠢き、咄嗟に逃げ惑う。
初めて知る他人の舌の感触に、身体の奥の芯が揺さぶられた。冷たかったはずの唇はいつの間にか熱を帯び、跳ねるように弄るように私の口内を彼の舌が動きまわる。どう応えるものなのかなんてわからない。呼吸さえ上手くできなくて息苦しい。
「……んっ」
それでもその手のひらも唇も、私を解放してくれない。
薄暗い玄関で感じることができるのは、彼の厚い胸板とたくましい腕と、私を蹂躙している唇。そして、お互いの吐息だけ。初めてのこんなにも深いキスに怖くて仕方がないのに、その横で胸の奥が激しく疼いている。そんな自分がどうなってしまうのか怖くて、ただ必死にその胸にしがみついた。
それに気付いたのか、彼が私の腰をより強く抱き寄せた。壁と彼とに挟まれて身動き一つ出来ない。ただ逃げ惑うだけだったのに、たどたどしくも私の舌は自らも絡み付こうとしている。
こんなの、私じゃない。怖い――。
身体が勝手に熱くなって、あちこちが自分の意思とは関係なく跳ねる。私の口内を弄るように舌を引き抜いてしまいそうなほどに、強く絡みついて、思わず声を漏らしてしまう。
「んん……っ」
もう、腰に力が入らない。立っているのもままならなくなりそうになった瞬間、彼が私の肩を抱いた。深く唇を合わせたまま、あのだだっ広いリビングへともつれるように入り込んだ。
灯りは何一つついていないと言うのに、一面の窓から都心の夜景の明るさが部屋に広がっていた。二人だけの空間は、あの日見たよりもずっとずっと広くて寒々しかった。自分には眩しすぎるほどのまばゆい夜景に、思わずもう一度ぎゅっと目を瞑ると、あの革張りのソファに押し倒された。
「俺にも分からない。俺は、なんでこんなことをしているのか。アンタと別れた瞬間に、またすぐに会いたくなる。アンタを見ていると、訳が分からない気持ちになる」
この人に見せている姿なんて、大学とアルバイト先を往復しているだけのものだ。どうしてそんな私を気に掛けるのか。
「こんな感情知らないんだ。でもこれだけは分かる――」
もう自分でもわからなくなっている。この人を拒み続けたいのか、それとも、自分を投げ出してしまいたいのか――。
「どうしようもなく、アンタが欲しい」
子どもが駄々をこねるように呟くその人を、初めて近くに感じた。その表情は、どこか寂しげで泣き出してしまいそうな歪んだ笑みで。
愛しい――。
そんな感情初めてのものなのに、考える前にそう思ってしまった。母親にでもなったかのような心境になって、手を差し出していた。
その手を強く引き寄せられて、固い腕に閉じ込められる。抱きすくめられた自分の身体は自分のものではないように思えるのに、鼓動の激しさがそれが現実なのだと分からせる。ただ強く抱きしめられて、その腕のなかでじっとしていた。横を走る車が通り過ぎるたびに、ライトが薄暗い車内の私たちを照らす。何かを振り切るように私から身体を離すと、すぐに車を発進させた。
何かを考えているようで何も考えられない。これから自分の身に起ころうとしていることが、まだ自分のことではない気がする。それでも、この人といたいと思う気持ちだけは、この瞬間、揺るがないものだった。
連れて来られた場所は、初めて会ったあのマンションだった。ドアを開けたと同時に玄関に押し込められ、すぐさま唇を奪われた。それは、前のただ唇を重ねただけのものとは全然違う、どこか切羽詰まったもので。何かに追い立てられるように唇を割られる。その隙間から何かが侵入して来て、私の身体は反射的にびくつく。それは私の口内で激しく蠢き、咄嗟に逃げ惑う。
初めて知る他人の舌の感触に、身体の奥の芯が揺さぶられた。冷たかったはずの唇はいつの間にか熱を帯び、跳ねるように弄るように私の口内を彼の舌が動きまわる。どう応えるものなのかなんてわからない。呼吸さえ上手くできなくて息苦しい。
「……んっ」
それでもその手のひらも唇も、私を解放してくれない。
薄暗い玄関で感じることができるのは、彼の厚い胸板とたくましい腕と、私を蹂躙している唇。そして、お互いの吐息だけ。初めてのこんなにも深いキスに怖くて仕方がないのに、その横で胸の奥が激しく疼いている。そんな自分がどうなってしまうのか怖くて、ただ必死にその胸にしがみついた。
それに気付いたのか、彼が私の腰をより強く抱き寄せた。壁と彼とに挟まれて身動き一つ出来ない。ただ逃げ惑うだけだったのに、たどたどしくも私の舌は自らも絡み付こうとしている。
こんなの、私じゃない。怖い――。
身体が勝手に熱くなって、あちこちが自分の意思とは関係なく跳ねる。私の口内を弄るように舌を引き抜いてしまいそうなほどに、強く絡みついて、思わず声を漏らしてしまう。
「んん……っ」
もう、腰に力が入らない。立っているのもままならなくなりそうになった瞬間、彼が私の肩を抱いた。深く唇を合わせたまま、あのだだっ広いリビングへともつれるように入り込んだ。
灯りは何一つついていないと言うのに、一面の窓から都心の夜景の明るさが部屋に広がっていた。二人だけの空間は、あの日見たよりもずっとずっと広くて寒々しかった。自分には眩しすぎるほどのまばゆい夜景に、思わずもう一度ぎゅっと目を瞑ると、あの革張りのソファに押し倒された。
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