雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

文字の大きさ
34 / 196
第一部

忍び寄る現実 3

しおりを挟む

 無事指導係の役目も終えると、榊君は池袋店の戦力として働いていた。

 その後も、榊君とシフトが同じになることが多かった。彼も相当シフトを入れているから当然と言えば当然かもしれない。

――僕、結構苦学生だよ?

あの言葉は本当なのだろう。基本的に人手不足だから、同じ時間帯に入るキッチン担当以外のバイトは二人。自動的に、榊君と私ということになる。この日は、私の方が榊君より一時間終わりが遅いシフトになっていた。

 夜二十二時を過ぎ着替えを終えてから店の裏口から出ると、ビルの壁にもたれて立っている榊君が視界に入った。

「あれ? 榊君、まだ帰ってなかったの?」

十二月下旬、夜は本格的に冷え始める。不思議に思って声を掛けた。

「ああ……。少し待てば、戸川さん出て来るかなって思って」
「……え?」

驚いて、榊君をまじまじと見る。

「ああ、いや。僕、少し上がりが伸びたからさ。そんなに待っていたわけじゃないんだ。帰り、駅一緒だしどうせなら一緒に帰ろうかなって。あ、もしかして、この後、誰かと約束とかある?」
「約束なんてないよ。どうして?」
「だって、今日はクリスマスイブだから……」

少し緊張した面持ちで私の顔を見る。

ああ、そうか。今日は、クリスマスイブだった……。

「クリスマスだってことも忘れていたくらいだよ。私もこれから帰るだけ」

そう伝えると、思わず空を見上げてしまった。都会のビルが立ち並ぶ路地裏から見る空は、恐ろしく狭い。

創介さんは、どんな風に過ごしているかな――。

「……そっか。良かった」

息を吐くようにしみじみとした声に、榊君に視線を戻した。

「これ、どうぞ」

コーヒーショップでよく見る紙のカップを私に差し出して来た。

「カフェオレ。クリスマスだし、なんとなく、一緒に飲もうかなって」

いつもの穏やかな笑みがそこにあった。

「あ、ありがとう」

口に付けてみると、それはまだ飲むには熱い温度だった。

「ううん。寒いから、あったまるよね」

そう言って榊君も同じものを飲み始める。雑踏から少し離れた路地裏で、二人で壁にもたれてカフェオレを飲んだ。

「あのさ……」
「ん?」

カップを口から離し、榊君がぼつりと言葉を零した。

「クリスマスイブの日に、こんな時間までバイトしているということは、戸川さんには恋人はいないと思っていい……?」

その声は静かでいつもと同じなのに、私は意味も分からず緊張していた。

「う、うん。いないけど――」

恋人は、いない。でも――。

すぐに創介さんの顔が浮かび上がる。そんな自分に心の中で苦笑する。そう言えば、クリスマスイブに創介さんと過ごしたことはない。

一緒に過ごせるなんて、考えたこともないけれど――。

「いないんだ。じゃあ、僕と同じだ」
「え? 本当に? 榊君こそ、早く帰らなくていいの?」

心がそのまま創介さんのところに行ってしまっていた自分を、ここに引き戻す。

「なんの支障もないよ。むしろ、こんな日にバイトがあってよかった。だって――」

榊君ほどの人だ。恋人がいても何ら不思議じゃない。

「こうして戸川さんと過ごせたから」

榊君が、いつの間にか壁から離れて私の真正面に立っていた。

「……え? どうして、私?」

意味が分からなくて、聞き返す。そうしたら、ふっと表情を崩した榊君が溜息をついた。

「そこで、『どうして』って普通聞くかな……」

本当に言っている意味がわからないのだ。だから、そう聞き返しただけのこと。

「……戸川さんは、そういう人なんだね。鈍感なのか関心がないのか……でも、別にいいよ。これから分かってもらうようにするから」

ますます分からなくなる。そんな時、バッグの中のスマホが振動した。

「電話?」
「ううん、メールみたい」

榊君が視線を私のバッグに移した。その視線が気になりつつも、スマホを手にする。ディスプレイに創介さんの名前が表示されている。創介さんからのメッセージだった。

「ちょっと、ごめんね」

その場から少しだけ離れそのメッセージを開いた。

”今日は、クリスマスイブだったな。毎年会えなくて悪い。今日も寒いから、風邪ひくなよ”

創介さんからのメールはいつも短いけれど、こうして私のことを思い出してメッセージを送ってくれることが嬉しい。年末から年明けにかけて海外出張に出ると創介さんから聞いていた。その準備で今日だって忙しいのだろう。

クリスマスに会えなくたって、創介さんからはもう素敵なプレゼントをもらった。二人で過ごしたあの時間で、十分だ。

「――どうしたの? 随分、嬉しそうだね」
「ううん、なんでもない」

榊君の声が耳に届いて、慌ててスマホを鞄にしまう。

「じゃあ、帰ろうか」
「……そうだね」

榊君の声が少し低くなったような気がした。でもその表情は変わらず笑顔だったから、気のせいだろう。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

処理中です...