雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第一部

忍び寄る現実 3

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 無事指導係の役目も終えると、榊君は池袋店の戦力として働いていた。

 その後も、榊君とシフトが同じになることが多かった。彼も相当シフトを入れているから当然と言えば当然かもしれない。

――僕、結構苦学生だよ?

あの言葉は本当なのだろう。基本的に人手不足だから、同じ時間帯に入るキッチン担当以外のバイトは二人。自動的に、榊君と私ということになる。この日は、私の方が榊君より一時間終わりが遅いシフトになっていた。

 夜二十二時を過ぎ着替えを終えてから店の裏口から出ると、ビルの壁にもたれて立っている榊君が視界に入った。

「あれ? 榊君、まだ帰ってなかったの?」

十二月下旬、夜は本格的に冷え始める。不思議に思って声を掛けた。

「ああ……。少し待てば、戸川さん出て来るかなって思って」
「……え?」

驚いて、榊君をまじまじと見る。

「ああ、いや。僕、少し上がりが伸びたからさ。そんなに待っていたわけじゃないんだ。帰り、駅一緒だしどうせなら一緒に帰ろうかなって。あ、もしかして、この後、誰かと約束とかある?」
「約束なんてないよ。どうして?」
「だって、今日はクリスマスイブだから……」

少し緊張した面持ちで私の顔を見る。

ああ、そうか。今日は、クリスマスイブだった……。

「クリスマスだってことも忘れていたくらいだよ。私もこれから帰るだけ」

そう伝えると、思わず空を見上げてしまった。都会のビルが立ち並ぶ路地裏から見る空は、恐ろしく狭い。

創介さんは、どんな風に過ごしているかな――。

「……そっか。良かった」

息を吐くようにしみじみとした声に、榊君に視線を戻した。

「これ、どうぞ」

コーヒーショップでよく見る紙のカップを私に差し出して来た。

「カフェオレ。クリスマスだし、なんとなく、一緒に飲もうかなって」

いつもの穏やかな笑みがそこにあった。

「あ、ありがとう」

口に付けてみると、それはまだ飲むには熱い温度だった。

「ううん。寒いから、あったまるよね」

そう言って榊君も同じものを飲み始める。雑踏から少し離れた路地裏で、二人で壁にもたれてカフェオレを飲んだ。

「あのさ……」
「ん?」

カップを口から離し、榊君がぼつりと言葉を零した。

「クリスマスイブの日に、こんな時間までバイトしているということは、戸川さんには恋人はいないと思っていい……?」

その声は静かでいつもと同じなのに、私は意味も分からず緊張していた。

「う、うん。いないけど――」

恋人は、いない。でも――。

すぐに創介さんの顔が浮かび上がる。そんな自分に心の中で苦笑する。そう言えば、クリスマスイブに創介さんと過ごしたことはない。

一緒に過ごせるなんて、考えたこともないけれど――。

「いないんだ。じゃあ、僕と同じだ」
「え? 本当に? 榊君こそ、早く帰らなくていいの?」

心がそのまま創介さんのところに行ってしまっていた自分を、ここに引き戻す。

「なんの支障もないよ。むしろ、こんな日にバイトがあってよかった。だって――」

榊君ほどの人だ。恋人がいても何ら不思議じゃない。

「こうして戸川さんと過ごせたから」

榊君が、いつの間にか壁から離れて私の真正面に立っていた。

「……え? どうして、私?」

意味が分からなくて、聞き返す。そうしたら、ふっと表情を崩した榊君が溜息をついた。

「そこで、『どうして』って普通聞くかな……」

本当に言っている意味がわからないのだ。だから、そう聞き返しただけのこと。

「……戸川さんは、そういう人なんだね。鈍感なのか関心がないのか……でも、別にいいよ。これから分かってもらうようにするから」

ますます分からなくなる。そんな時、バッグの中のスマホが振動した。

「電話?」
「ううん、メールみたい」

榊君が視線を私のバッグに移した。その視線が気になりつつも、スマホを手にする。ディスプレイに創介さんの名前が表示されている。創介さんからのメッセージだった。

「ちょっと、ごめんね」

その場から少しだけ離れそのメッセージを開いた。

”今日は、クリスマスイブだったな。毎年会えなくて悪い。今日も寒いから、風邪ひくなよ”

創介さんからのメールはいつも短いけれど、こうして私のことを思い出してメッセージを送ってくれることが嬉しい。年末から年明けにかけて海外出張に出ると創介さんから聞いていた。その準備で今日だって忙しいのだろう。

クリスマスに会えなくたって、創介さんからはもう素敵なプレゼントをもらった。二人で過ごしたあの時間で、十分だ。

「――どうしたの? 随分、嬉しそうだね」
「ううん、なんでもない」

榊君の声が耳に届いて、慌ててスマホを鞄にしまう。

「じゃあ、帰ろうか」
「……そうだね」

榊君の声が少し低くなったような気がした。でもその表情は変わらず笑顔だったから、気のせいだろう。

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