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第一部
それぞれの決断【side:創介】 4
しおりを挟む庭園を眺める廊下を歩く俺の後ろを、黙ったまま凛子さんが付いて来る。離れを出たところで、凛子さんに向き合った。
「突然、連れ出してしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ」
その真っ白な頬を赤らめて俯いている。
きらびやかな振袖が彼女の育ちの良さを際立てていた。完全に着こなしているのを見ると、着物を着慣れているのだろう。
陶器のような頬に、傷一つない手。誰かさんとは大違いだ。
「少し、話をしませんか?」
「はい」
俺が最初に話をしたかったのは、凛子さん本人だ。
ゆっくりと庭園に向かって歩き出すと、凛子さんも遅れて歩き出したようだ。決して並ぶでもなくほんの少し後ろを歩く。白い丸石が敷き詰められた先に池が現れた。そこで立ち止まる。
「寒くはありませんか? 寒ければそう言ってください。場所を変えますから」
スーツのジャケットだけでは若干風が冷たく感じる。少し心配になって彼女に問い掛けた。
「でしたら……。ここではなく、別のところに行きたいです」
「いいですよ。どこか行きたいところはありますか?」
「……私、高いところが好きで。このホテルでも構いません、最上階に行きたいです」
凛子さんの言葉に驚き、思わず彼女の顔を凝視してしまった。それから確かめるように、すぐ向こうにあるホテルの建物を見上げる。
「……こちらのホテルで構いません。ここの最上階のお部屋、取ってあるんです」
「……え?」
もう一度驚かされた。
「お見合いの後、創介さんとの時間が持てるよう、私の父が――」
「なぜ、そんなことを?」
驚きのあまり勢いのまま問い掛けてしまったが、聞くまでもないことだ。
「――いえ、すみません。では、せっかくですから、そこに行きますか?」
「いいのですか……?」
部屋まで取っておいて、驚いたような顔をする。凛子さんの父親の顔が浮かんで、舌打ちしそうになった。
「高いところが好きなんでしょう?」
つい、意地の悪い言い方になる。目の前にいる凛子さんが悪いわけではない。
ホテルのガラス張りのエレベーターに昇りながら、つい昨日のことを思い出す。同じようにホテルの上の階へとエレベーターで昇った。
男とホテルの部屋に行く――。
その事実を凛子さんはどう思っているのだろうか。彼女が本当はどんなタイプの女なのか知らないから分からない。実はこういうことに慣れているのか。それとも、男をまだ知らないのか。鍵についていたプレートの番号の部屋に入る。
フロアの半分は占めているであろうだだっ広い部屋だった。奥には寝室がありベッドがある。それを目にした凛子さんは思いっきり顔を逸らした。
部屋の真ん中に応接セットがしつらえてある。
「とりあえず座りましょうか」
先に腰掛けると、凛子さんが遠慮がちに斜め隣のソファに腰掛けた。
「早速ですが、一つおうかがいしてもよろしいですか?」
こんなホテルの一室で世間話をする気にもなれない。すぐにでも本題に入りたかった。
「はい」
「単刀直入に聞きます。凛子さんは、この結婚をどうお考えですか?」
真っ直ぐにその目を捉える。彼女の本心が聞きたい。その答えによって、俺たちは仲間になれる。
「どう、とは……」
「僕たちは顔見知りという程度の間柄だ。個人的に会ったこともない、ろくに知らない男と結婚をする、ということですよ。凛子さんは嫌ではないのですか? あなたにはあなたの思いがあるでしょう」
凛子さんの目がゆらゆらと揺れる。
「私は……。もうずっと、創介さんと結婚するものだと両親に言われて育ちましたから」
「でも、大人になるにつれそれに疑問も持つようになるでしょう? こんな風に無理やりに決められたレールに乗せられて」
一向に結婚を決めようとしないこちら側に痺れを切らせていたからと言って、娘に身体を差し出させるようなことまでされて。怒りを覚えるのが当然だろう。
「私は、創介さんのことを知らないわけではありません。小さい頃から存じ上げています。年に一度お会いできるのをいつも楽しみにしていましたから」
凛子さんが、小さいけれどはっきりとした声でそう言った。
「それは、知っているうちに入らない。あなたは、俺のことを何も知らないだろう?」
装っていた態度を脱ぎ捨て俺という人間を曝け出す。さきほどより低い声で言い放った。
「俺がどうしようもないほどに酷い男だったらどうする? あなたのような人が想像もつかないような最低な男だとしたら。それでも、俺と結婚出来る?」
「そ、創介、さん……?」
その目に怯えが浮かぶ。
「結婚は一生の問題だ。何も考えず知ろうともしないで親に言われるままに結婚して、そうして結婚した後、俺がろくでもない男だと知ったらあなたはどうする? そんな絶望を味わいたいのか?」
「私は――っ!」
怯えていたはずの凛子さんが声を張り上げた。
「私は、ずっと……」
膝の上の着物の生地をぎゅっと掴みながら凛子さんが俺を真っ直ぐに見上げる。
「ずっと、創介さんのことをお慕いしてきました。私はあなたと結婚したいのです」
「それは、親に言われていたからで――」
「違います。私が、あなたに一目惚れしたのです。両親に言われたからというだけの理由ではありません。私の意思でもあります」
まさか――。
普通に考えれば、親に決められた相手と言われるがままに結婚することに多かれ少なかれ抵抗があるだろうと思っていた。
だから、俺の本当の姿を伝えて、彼女の方から断らせるつもりだった。そうすれば、彼女にも傷がつかず、自分の親も納得させられる。宮川氏も、自分の娘がどうしてもイヤだと言えば受け入れざるを得ないだろうと。そんな甘い考えが通用するはずもなかったと、もう一人の自分が嘲笑う。
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