雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

文字の大きさ
52 / 196
第一部

それぞれの決断【side:創介】 4

しおりを挟む


 庭園を眺める廊下を歩く俺の後ろを、黙ったまま凛子さんが付いて来る。離れを出たところで、凛子さんに向き合った。

「突然、連れ出してしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ」

その真っ白な頬を赤らめて俯いている。

 きらびやかな振袖が彼女の育ちの良さを際立てていた。完全に着こなしているのを見ると、着物を着慣れているのだろう。
 陶器のような頬に、傷一つない手。誰かさんとは大違いだ。

「少し、話をしませんか?」
「はい」

俺が最初に話をしたかったのは、凛子さん本人だ。

 ゆっくりと庭園に向かって歩き出すと、凛子さんも遅れて歩き出したようだ。決して並ぶでもなくほんの少し後ろを歩く。白い丸石が敷き詰められた先に池が現れた。そこで立ち止まる。

「寒くはありませんか? 寒ければそう言ってください。場所を変えますから」

スーツのジャケットだけでは若干風が冷たく感じる。少し心配になって彼女に問い掛けた。

「でしたら……。ここではなく、別のところに行きたいです」
「いいですよ。どこか行きたいところはありますか?」
「……私、高いところが好きで。このホテルでも構いません、最上階に行きたいです」

凛子さんの言葉に驚き、思わず彼女の顔を凝視してしまった。それから確かめるように、すぐ向こうにあるホテルの建物を見上げる。

「……こちらのホテルで構いません。ここの最上階のお部屋、取ってあるんです」
「……え?」

もう一度驚かされた。

「お見合いの後、創介さんとの時間が持てるよう、私の父が――」
「なぜ、そんなことを?」

驚きのあまり勢いのまま問い掛けてしまったが、聞くまでもないことだ。

「――いえ、すみません。では、せっかくですから、そこに行きますか?」
「いいのですか……?」

部屋まで取っておいて、驚いたような顔をする。凛子さんの父親の顔が浮かんで、舌打ちしそうになった。

「高いところが好きなんでしょう?」

つい、意地の悪い言い方になる。目の前にいる凛子さんが悪いわけではない。

 ホテルのガラス張りのエレベーターに昇りながら、つい昨日のことを思い出す。同じようにホテルの上の階へとエレベーターで昇った。

男とホテルの部屋に行く――。

その事実を凛子さんはどう思っているのだろうか。彼女が本当はどんなタイプの女なのか知らないから分からない。実はこういうことに慣れているのか。それとも、男をまだ知らないのか。鍵についていたプレートの番号の部屋に入る。

 フロアの半分は占めているであろうだだっ広い部屋だった。奥には寝室がありベッドがある。それを目にした凛子さんは思いっきり顔を逸らした。

 部屋の真ん中に応接セットがしつらえてある。

「とりあえず座りましょうか」

先に腰掛けると、凛子さんが遠慮がちに斜め隣のソファに腰掛けた。

「早速ですが、一つおうかがいしてもよろしいですか?」

こんなホテルの一室で世間話をする気にもなれない。すぐにでも本題に入りたかった。

「はい」
「単刀直入に聞きます。凛子さんは、この結婚をどうお考えですか?」

真っ直ぐにその目を捉える。彼女の本心が聞きたい。その答えによって、俺たちは仲間になれる。

「どう、とは……」
「僕たちは顔見知りという程度の間柄だ。個人的に会ったこともない、ろくに知らない男と結婚をする、ということですよ。凛子さんは嫌ではないのですか? あなたにはあなたの思いがあるでしょう」

凛子さんの目がゆらゆらと揺れる。

「私は……。もうずっと、創介さんと結婚するものだと両親に言われて育ちましたから」
「でも、大人になるにつれそれに疑問も持つようになるでしょう? こんな風に無理やりに決められたレールに乗せられて」

一向に結婚を決めようとしないこちら側に痺れを切らせていたからと言って、娘に身体を差し出させるようなことまでされて。怒りを覚えるのが当然だろう。

「私は、創介さんのことを知らないわけではありません。小さい頃から存じ上げています。年に一度お会いできるのをいつも楽しみにしていましたから」

凛子さんが、小さいけれどはっきりとした声でそう言った。

「それは、知っているうちに入らない。あなたは、俺のことを何も知らないだろう?」

装っていた態度を脱ぎ捨て俺という人間を曝け出す。さきほどより低い声で言い放った。

「俺がどうしようもないほどに酷い男だったらどうする? あなたのような人が想像もつかないような最低な男だとしたら。それでも、俺と結婚出来る?」
「そ、創介、さん……?」

その目に怯えが浮かぶ。

「結婚は一生の問題だ。何も考えず知ろうともしないで親に言われるままに結婚して、そうして結婚した後、俺がろくでもない男だと知ったらあなたはどうする? そんな絶望を味わいたいのか?」
「私は――っ!」

怯えていたはずの凛子さんが声を張り上げた。

「私は、ずっと……」

膝の上の着物の生地をぎゅっと掴みながら凛子さんが俺を真っ直ぐに見上げる。

「ずっと、創介さんのことをお慕いしてきました。私はあなたと結婚したいのです」
「それは、親に言われていたからで――」
「違います。私が、あなたに一目惚れしたのです。両親に言われたからというだけの理由ではありません。私の意思でもあります」

まさか――。

普通に考えれば、親に決められた相手と言われるがままに結婚することに多かれ少なかれ抵抗があるだろうと思っていた。
 だから、俺の本当の姿を伝えて、彼女の方から断らせるつもりだった。そうすれば、彼女にも傷がつかず、自分の親も納得させられる。宮川氏も、自分の娘がどうしてもイヤだと言えば受け入れざるを得ないだろうと。そんな甘い考えが通用するはずもなかったと、もう一人の自分が嘲笑う。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

処理中です...