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第一部
新たなる覚悟 2
しおりを挟む「雪野」
私の震える肩を掴み、創介さんが無理矢理に私の顔を真正面から見つめる。
「俺は、雪野を誰よりも大切に想っている。これから先もずっと傍にいてほしい。俺がそう思える女は、おまえだけだ」
「創介さん! 私の話、聞いていましたか?」
顔を逸らしたままで声を荒げても、すぐさま創介さんに頬を両手でしっかりと挟まれた。
「ちゃんと聞け。目を逸らさずに俺を見ろ!」
こんなにも涙にあふれた目では気付かれてしまう――。
「おまえは、俺が初めて好きになった女だ。俺の人生で最初で最後、ただ一人。だから、そう簡単に諦めるわけにはいかない。この手を離せない」
瞬きもせずに、私の本心を見破ろうとするかのように、見つめられる。
「私では、創介さんを幸せにはできない!」
「それを決めるのは俺だ。雪野じゃない」
創介さんが強張る私をベッドに腰掛けさせ、その足もとに跪いた。そして私の両手を包み込むように握りしめる。
「雪野の言うように、俺はいろんなものを背負ってる。そのせいで雪野に辛い目に遭わせるかもしれない。人より苦労をかけてしまうかもしれない。この先も簡単にはいかないだろう。それでも、俺は自分のすべてをかけても雪野を守りたい。雪野といたいんだ」
創介さんの目を見ていたら、その胸に飛び込んでしまいたくなる。だから、どうしても見ていられない。
「……私は、創介さんにそんな風に思ってもらえるような女じゃない。手切れ金を言われるがまま受け取ったの。創介さんよりお金を取ったんです。軽蔑したでしょ? 私はそういう人間です!」
机の上の封筒に目をやった。
「軽蔑なんてしない。少しも俺の気持ちは変わらない。倉内に聞いて、それを突きつけられたおまえのことを思ったらむしろ苦しくなった。雪野は、全部、俺を守るためにやったんだ」
何の疑いもない眼差しで創介さんは私を見つめる。
「どうして、そんなこと言いきれるの……?」
私の弱々しい声が狭い部屋を漂う。
「おまえと何年一緒にいたと思うんだ。俺にとっての雪野は、そういう女だ。おまえが何を言ったところで、俺は全部見破ってしまう。これ以上の嘘は無駄だ」
涙の止まらない私を、創介さんがそっと抱き寄せた。いけないと思うのに、創介さんの胸が暖かくてこの身体を預けてしまう。
「……私に出来ることは、創介さんから一刻も早く離れることだけ、それが一番いいことだって、自分に言い聞かせた」
「それで、一人で別れる覚悟を決めて、最後だと思って昨日俺と過ごしたのか?」
「でも結局、私は――」
私は結局、何も貫けなかった。人との約束も、自分との約束も。そして、あの綺麗な人の心を踏みにじってしまう。それを思うと苦しくて、何度も頭を振る。
「ほんとに、おまえって奴は……」
創介さんが大きく息を吐いた。私の頬を手のひらで覆い、その瞳を更に優しく、そして少し切なげにして私を見つめた。
「もう勝手に離れて行かないと約束してくれ」
好きで好きでたまらなかった。理屈も正論も何もかもがどこかに行ってしまうくらいに、この人のことが好きだった。ずっと言えずに自分の中に留めておいた想いが溢れ出してしまう。溢れるままに、頷いてしまっていた。
そんな私の頭に、創介さんが優しく手のひらを置く。頬を流れる涙と、目尻に溜まる涙を創介さんが指でそっと拭った。
手のひらにすっぽりと覆われた私の顔に、創介さんの顔が近付き囁くように言った。
「今日、家族がいないって、本当か……?」
「は、はい。母は仕事で弟は合宿に行ってます」
「じゃあ、もう少しここにいても、いいか……?」
私が頷くと、そのままベッドに押し倒された。
「そ、創介さん……?」
目を大きく見開いて創介さんを見上げる。
「俺に何も言わずに離れて行こうとした罰だ。この部屋で雪野を抱く」
「えっ、ま、待ってください――」
慌てる私に構わず、手首をベッドに縫い付けるように握りしめられた。
「おまえが毎日このベッドで眠る度に、嫌でも俺を思い出す。そうして、俺から離れようなんて二度と考えさせないためだ」
「創介さん――」
あたふたとふする私の唇を塞ぎ、喋れないようにしてしまう。
「……雪野の顔を見るまで、怖くて仕方がなかった」
重ねた唇を離し、私を見下ろしてそう零す。創介さんが私の手を取り、自分の胸に引き寄せた。
「ほら、まだこんなに激しく心臓が動いてるだろ。もう二度と雪野をこうして抱けないんじゃないかって。怖くて怖くて、どうにかなりそうだった」
スーツの生地越しに鼓動を感じる。
「――おまえが欲しい。どうしようもなく」
創介さんの首に手を回してしまう。もう抗えない。もう二度と触れることはないんだと思っていたのに、今、こうしてここに創介さんがいる。
「……好きだ、雪野」
初めて創介さんの口から出た言葉。それだけで、また涙を溢れさせてしまう。
「出会った日からずっと、おまえのことが好きだった――」
小さなベッドの上で寄り添い合うように抱き合った。
私の身体を形作るものすべてを確かめるように、一つ一つキスを落とし優しく指を滑らせる。その触れ方に、泣きたくなるほどの幸せを感じた。
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