雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第二部

"前夜" 6

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「お母さん、榊さんの言葉に心を打たれたよ」

創介さんが母に言ったことを教えてくれた。

”特殊な環境なのにそれが特殊なんだとも分からない環境でずっと育ってきました。
人にとって当たり前のことや、人の痛み。そういうものを知らずにいた。
それを教えてくれたのが雪野さんでした。
雪野さんは、僕にとって唯一無二の存在なんです。
ですから、お母さんに負けないくらい雪野さんに幸せでいてほしいと思っています。
結婚すれば、雪野さんにとって辛い環境に身を置かせることになるかもしれません。 
でも、何より大切な人です。どんな時も寄り添いたい。
どうか、これからの雪野さんと僕に、力を貸していただけないでしょうか――”

「――自分も出来るだけのことはするけれど、それでも自分の力だけでは足りない時は、どうか一緒に雪野を支えてほしいって。なかなか言えないよね」

無意識のうちに口元を手で覆い、涙を堪えていた。

「人は助け合って支え合って生きて行くんだよなって、改めて思ってね。絶対大丈夫ですって言われるより信頼できた。この人になら、雪野を託せる。お母さん、そう思えたよ」
「……ありがとう。ありがと、お母さん」

涙がこぼれてしまう私の肩を、お母さんがぽんぽんと叩く。

「よかったな、姉ちゃん」
「うん」
「雪野。女が人生を懸けて決めたことなんだから、ちょっとやそっとのことで負けちゃだめよ。自分の決めたことを貫いて」

母が、強い眼差しで私を見つめた。

「でも――」

その強い眼差しが、いつもの母の優しげな目に変わる。

「それでもどうしても辛い時は、逃げて帰ってきてもいい。ここはいつまでもあなたの家なんだから。その時は、また雪野が立ち上がれるように、お母さんも優太もあなたの手を引っ張る」
「そうだぞ」

優太までもが、その声を滲ませている。

「雪野――」

いつも私たちを必死で育ててくれた、がさがさでそれでいて暖かい手が私の手のひらを強く握り締めた。

「おめでとう。幸せになるのよ」

もう声にならなくて、私はただ頷いた。


 その夜、創介さんに電話を掛けた。

(俺の方から電話しようと思っていたんだ)

創介さんの声は前から好きだけれど、この日ばかりは、この声を聞くだけでこの人が好きだと改めて感じた。

「母から聞きました。本当に、ありがとうございます」
(雪野に何も言わずに、勝手に会いに行ったりして悪かったな)
「いえ、そんなこと、ないです。凄く……嬉しかった」

何かが込み上げて来て、言葉に詰まる。

(雪野のお母さんには感謝してる。もっと通う覚悟でいたからな)
「ううん。二度も来てくれたって聞きました。私だけじゃなく、母のことも大事に想ってくれて、ありがとう」

きっとそれが結婚するということなのだ。そうやって家族になっていく。創介さんがそうしてくれたように、私も誠心誠意、創介さんの家族を大切にしたい。

(礼を言うようなことじゃない。誰でもない、おまえの母親なんだぞ。大切な人に決まってるだろ)
「創介さん……」
(雪野を生んでくれた人だ。それだけでも、感謝してもしきれない)

そう言って、創介さんが笑った。

(雪野――)
「はい」

不意に声が真剣になる。

(二人で、幸せになろう)
「はい」

この日を、絶対に忘れない。



 週末の日曜日、創介さんが我が家にやって来た。
 最初は四人揃って緊張していたけれど、お祝いだと言って、皆でお酒を飲めば、その緊張もほぐれて行った特に、何故か優太がはしゃいでいて。

「いやー。急にこんなお兄さんが出来て、緊張すんなー」

なんて言いながら、興味津々にいろんなことを創介さんに聞いていた。聞いているこっちがヒヤヒヤしたくらいだ。それでも創介さんは、あつかましい弟のことを微笑ましく見てくれていてホッとした。

「次は姉ちゃんの番だな」
「え?」

母や創介さんにお酒を注いでいると、ニヤニヤとした優太が私を見て来る。

「そりゃそうだろ。次は、榊さんのお宅に挨拶に行くんだろう? ねえ、榊さん」
「そうだね」

まだ、創介さんのお父様にはお会いしたことはない。

挨拶に行く――。その覚悟はしている。

「でも、大丈夫ですよ。僕がついてますから」
「どうか、くれぐれも雪野のこと、よろしくお願いします」

母が深々と頭を下げる。それが、どれだけ私を心配しているのか表していた。

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