雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

文字の大きさ
147 / 196
第二部

繋がっていく絆【side:創介】 8

しおりを挟む


「創介さん、私、自分で行けるから。だから、仕事に戻って」

雪野の準備した鞄を手に取ったら、すぐさま雪野が俺を引き留めた。

「仕事のことなら大丈夫だから、送らせてくれ」

雪野が準備をしている間に雪野の実家に連絡をし、その後に神原に電話をかけた。さすが有能な秘書だ。突然の休暇にも上手く対処してくれたようだ。

「俺がそうしたいんだ」

おそらく俺は、情けない表情をしているのだろう。雪野が困ったように歪んだ笑みを見せた。


 雪野の家族が住む団地の前に車を停める。階段を上り呼び鈴を押すと、雪野の母親が出て来た。すぐさま挨拶をする。

「突然、すみません。よろしくお願いします」

雪野の母親に、電話で大体の事情は話しておいた。

「分かりました。雪野は先に入っていなさい」

雪野がそれに頷き、俺の方に振り返った。

「創介さん、送ってくれてありがとう」
「いいよ。ゆっくりさせてもらえ」
「……はい」

その無理して作ったと分かる雪野の硬い表情に、苦しいほどの寂しさを感じる。
家の中へと入って行くその背中を俺はただ見送った。

 義母が玄関のドアを閉めて、夕焼けの茜色射す踊り場へと出て来た。

「お義母さん、どうか、雪野のことよろしくお願いします。かなりのショックを受けている。久しぶりにお義母さんのそばでゆっくりできたら、少しは雪野の気持ちも休まるかもしれない。俺がもっとしっかりしてればいいんですが、不甲斐なくて申し訳ないです」

改めて頭を下げる。

「――創介さんは? あなたは大丈夫?」
「え……?」

予想をしていなかった言葉に、顔を上げた。

「創介さん。今のあなたの顔、とても傷付いた顔をしているよ?」

雪野の母親の、労わるような目が俺の強張りに強張った心を刺激した。

「い、いえ。今、一番辛いのは雪野ですから。それに、雪野の傷を大きくしたのは、誰でもない俺です」
「だからよ」

雪野の母親が俺を見上げて、真っ直ぐな視線を向けて来た。

「優太に雪野が倒れた時のあなたの様子を聞いて、なんとなく察した」

何でも見透かされてしまいそうなのに、視線を逸らせない。

「創介さん、雪野が妊娠したこと、心から喜べなかったんじゃない? 優太が言っていた。雪野が倒れた日、駆け付けたあなたの取り乱しようにびっくりしたって。無事だって分かった時の創介さんの姿が忘れられなかったみたい。その後、妊娠したことを知った創介さんは、別人のようだったって。そんなあなたのまま、今日が来てしまったんでしょう?」

――雪野の妊娠を喜べなかった。

その言葉だけを聞けば、責められているともとれるのに、俺に向けた視線があまりに慰めるようなものだったから、どうしようもなく心が揺さぶられる。

「でも私は、あなたがどれだけ雪野を大事にしてきてくれたか分かっているつもり。それは雪野を見ていれば分かること。そんなあなたにとって、雪野が一番苦しい時に傍にいられないことがどれだけ辛いことか。そして自分を責めるのか。それくらいのこと、分かるのよ」

この人はいつも大きな心で人を包み込む。その包容力に、弱音を吐き出してしまいたくなって、それを抑えるのに必死だった。

「創介さんが雪野の妊娠を心から喜べなかったのは、妊娠したことで雪野が倒れたからでしょう? 違う?」
「――そう、です。倒れたと聞いた俺は、雪野の身体のことしか考えられなかった。もう新しい命がそこにあったのに、目を向けられなかった」

項垂れる俺の腕を、温かい手のひらが慰めるようにぽんぽんと叩いた。

「第三者なら想像できることでも、きっと今の雪野には考えられない。今は、失った赤ちゃんのことしか見られないの。女として、そんな雪野の気持ちも理解出来るのよ。女は、妊娠したと知った瞬間から母親の気持ちになれる。男の何歩も先を行ってしまうからね。でも――」

諭すように俺に言った。

「あなたの愛情は雪野だって分かっているはず。少し離れて、冷静になって落ち着いたら、必ずそれを思い出す。だから、あの子のこと待っていてくれるかしら」
「――はい」

苦しさと雪野の母親の優しさに、ただただ胸を締め付けられる。

「それと」

俺が頷くと、さらに言葉を続けた。

「あなたのそのままの気持ちを、雪野に伝えてね。男の人は、自分に責任があると思う時ほど、口を閉ざすから。”言い訳にしかならない”なんて思ってね。
いいのよ。夫婦なんだから、言い訳したって。あなたが感じたこと、思ったこと、そういうこと全部雪野に言い訳してあげて?」
「……はい」

義母はふっと息を吐いて、改めて俺を見つめた。

「今日は、女同士で語り合うから。任せておいて」
「ありがとうございます。よろしく、お願いします」

もう一度深く頭を下げる。

「うん」

そんな俺に、優しい声が降って来た。

 それから、雪野のいない部屋へと車を走らせた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

極上エリートは溺愛がお好き

藤谷藍
恋愛
(旧題:強引社長とフラチな溺愛関係!? ー密通スキャンダルなんてお断り、ですー) 素顔は物凄く若く見えるベイビーフェイスの杉野紗奈は、メガネをかけて化粧をすると有能秘書に早変わり。いわゆる化粧映えのする顔で会社ではバリバリの仕事人間だが、家ではノンビリドライブが趣味の紗奈。妹の身替りとして出席した飲み会で、取引会社の羽泉に偶然会ってしまい、ドッキリ焦るが、化粧をしてない紗奈に彼は全然気付いてないっ! ホッとする紗奈だが、次に会社で偶然出会った不愛想の塊の彼から、何故か挨拶されて挙句にデートまで・・・ 元彼との経験から強引なイケメンは苦手だった紗奈。でも何故か、羽泉からのグイグイ来るアプローチには嫌悪感がわかないし、「もっと、俺に関心を持て!」と迫られ、そんな彼が可愛く見えてしまい・・・ そして、羽泉は実はトンデモなくOOたっぷりなイケメンで・・・ 過去の恋の痛手から、一目惚れしたことに気付いていない、そんな紗奈のシンデレラストーリーです。

4番目の許婚候補

富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。

処理中です...