雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第二部

繋がっていく絆【side:創介】 7

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 俺に背を向けるように横たわっていた。その肩が震えている。

「……雪野」

そっとその肩に触れようとした時、その身体が強張ったのに気付いて、手が止まる。

「ごめんなさい。創介さんとの赤ちゃん、消えてしまったって。本当に、ごめんなさい。私が、もっとちゃんと気を付けていれば」
「おまえのせいじゃない。先生もそう言っていた。仕方がないことだって。自分を責めるな」

こちらに振り向いた雪野の震える声と肩が痛々しくて、俺は思わずその肩を掴んでいた。

「俺には、雪野が無事でいてくれたことの方が大事なことだ――」

そう言った時、雪野が身体を起こし俺の方へと顔を向けた。その顔は、涙で濡れて。目は真っ赤で。そして、俺を睨むように見ていた。

「どうして、そんなこと言うの? 赤ちゃんのことは? 」

その目は、哀しみと、そして怒りに満ちていた。

「私には、大事な赤ちゃんでした。私なんかどうなってもいいっていうくらい。だって、創介さんとの赤ちゃんだから。でも、創介さんには違った。そうだよね?」
「雪野……」

その怒りに戸惑う。雪野が俺の手を振り払った。

「赤ちゃんが出来たって聞いてから、創介さんは一度も笑ってくれなかった。一度も『嬉しい』とか『よかった』って言いませんでした」
「雪野、俺は――」
「私、寂しかった。でも、きっと、創介さんなりに喜んでくれているって言い聞かせていました。だけど、創介さんは自分の家族の誰にも報告していなかった!」

雪野の身体のことばかり考えていて、俺はまだ報告していなかった。

「それは、嬉しくないから。私との赤ちゃん、いらないって本当は思っていたから――」
「違う!」
「じゃあ、どうして?  流産したと知っても、赤ちゃんのことは何も言わなかったよね……?」

雪野が俺から離れるように、ベッドの上で座ったまま後ずさる。

「そんな創介さんに、私の苦しみは分からない。分かるわけないっ!」

悲しい叫びが俺の胸を貫いた。何も反論できなかった。

俺に、何が言える――?

雪野に子供が出来たと知った日から、一度も雪野と喜びを分かち合っていない。そこに触れることもしなかった。
 ついさっきだって。雪野が無事なら、それでいいと思ったはずだ。

雪野さえいればって、そんな風に――。

何も分かっていなかった。自分の不安に溺れて、雪野を見ていなかった。

 雪野が青ざめた顔で俺を見上げている。自分で自分の言ったことに驚いているような。でもきっと、それは雪野の心の叫びだった。こらえきれなかった、雪野の感情だ。


 それから、ほとんど言葉を交わさずに、家に帰って来た。雪野の身体と心が強張っているのが見てとれる。
 俺が雪野を孤独にしたのだ。そして今も、雪野を孤独にしている。

 無言のまま部屋に入る。俺の後ろに付いて来た雪野が、俺を呼んだ。

「創介さん……」
「ん?」

きっと、俺が触れることも、言葉を掛けることも、雪野は望んでいない。

「さっきはすみません。私、どうかしてるみたい。全然心の整理が出来ていなくて。だから、私、創介さんに酷いことを言ってしまいそうで……」

雪野の方へと振り向くと、雪野は俯いていた。

「いいんだ、何を言っても。何でも、俺に言って――」
「だから、少し、離れていたいの」

雪野の声が、俺を立ち竦ませる。

「ごめんなさい……」

結婚して雪野が初めて見せた、俺へのはっきりとした拒絶。目の前にある小さな頭が視界に入る。ところどころ髪がほつれて、疲れ切った姿で。きっと、俺の傍にいたのでは心が休まらないだろう。それが分かるだけに、辛かった。
 これまで、何があっても俺の手で癒してやりたいと思って来た。俺の手で苦しみを取り除いて、笑わせてやりたい。そのためなら、なんだってしたいって。そう思ってそうして来たつもりで。でも、今度は俺ではそうできない。

喜びを分かち合おうとしなかった俺に、雪野と同じ気持ちで悲しみを分かち合う資格はない――。

「……分かった。家に、帰りたいか?」

雪野が頷く。その姿に、また胸が鋭く痛む。

「そうか。じゃあ、お義母さんに連絡するよ。おまえは、準備してろ」

無理矢理にこの顔に笑みを作る。そんな俺がせめてできること。それは、雪野の思うようにさせてやることだ。
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