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《番外編 新しい常務がやって来た!!》
1.広報室広報誌係 広岡広史の場合 ⑬
しおりを挟む「続きまして、お休みの日、プライベートでは何をされていますか?」
気を取り直して、次の質問に行く。
もう、この程度の質問、へでもない。
「休みの日――結婚して間もないうえに、出張があったりしたから、特別何かをしていたということはない。休日は、妻と二人でゆっくり過ごしているといったところかな。これから、少し生活が落ち着いて来たら、二人でどこかに出かけたりしたいと思ってはいるが」
「そうですよね。まだまだこれからですね――」
そう言って、次の質問に行こうとしたら、三井の”待った”が出た。
「では、この二か月ご夫婦になられて一緒に暮らしてから知る、結婚生活の良さはなんですか?」
本当にもう、”ただでは引き下がらない三井”
さきほどの榊常務渾身の回答『妻が趣味』では、まだ満足できないのか。
なんて、貪欲な奴だ。
「『結婚生活の良さ』なんて、結婚したばかりの私には一般論で語れない。ただ言えるのは、やはり、妻との生活は幸せだということかな」
「その言葉、妻をただの家政婦だと思っている世の夫たちに聞かせてやりたいです! 結婚したから幸せなんじゃない、二人で過ごせるから幸せってことですよねっ?」
おまえは結婚もしていないのに、何を勝手に主婦代表みたいなことを言っているんだ。
「ところで、榊常務は、家事をやられたりするんですか? なんというか、全然想像がつかないのですが……」
確かに。それは、俺にもまったく想像がつかない。
榊常務が家事――。
洗濯機に洗剤いれていたり、掃除機をかけていたり、洗濯物をたたんでいたり――?
いやー、まずそんな想像できない。
「家事はあまりやり慣れていなくて。だから、妻がしていることを手助けする程度だな。でも何もできない夫もどうかと思うから、とりあえず今は、料理を妻から習い始めたところだ。そうだ、食器の片付けくらいなら、一人でできる」
食器の片づけはまず初めに覚えたというところなのか。
どこか誇らしげに語る常務が、少し可愛い。
って、俺の思考回路が三井に近い付いてしまっているような気がしてきた。
「そんな常務の努力を見て、奥様もお喜びなんじゃないですか?」
「手伝うと言っても、実際のところはよけいに手間をかけさせている状態で申し訳ないと思っている。それでも、喜んでくれている姿を見るのは嬉しい」
そう話す常務の表情は、本当に嬉しそうで。
俺まで幸せな気分になって来る。
「そういう優しさの持てる素敵な奥様なんですね……。奥様の一番の魅力はなんだと思われますか?」
「……その人柄、だろうか。いつも真っ直ぐであろうとする姿勢、常に相手を思いやる気持ち。そんな妻を尊敬している」
――。
この部屋にいる一同全員が、おそらく胸を打たれているだろう。
だから、あの三井ですらすぐには声が出て来ない。
でも――。
「……尊敬。尊敬って言葉を旦那様に言われたら、私、一生ついて行けます!」
やっぱり、黙っていられないのも三井。
その目は完全にうるうるしている。目を潤ませながらも、結局その口は止まらないらしい。
「それにしても、キッチンで二人で並んで料理なんて、いいですね! その姿、私、透明人間になって後ろから写真撮りたいですっ!」
そこは、三井のツボだったらしい。
また声が大きくなる。
「それは、やめてくれ」
「どうしてですか? 奥様の魅力をたくさんの人に発信したいです!」
「妻の可愛らしさや彼女の魅力は、正直、私だけの秘密にしておきたいところだ」
「もしや、常務はおそろしく独占欲高めのタイプですか? 極度のやきもちやさんとか――」
「三井さん! あなたの目の前にいる方は常務だということをお忘れですか? あなたの友人や同僚とのお喋りじゃないんです! いくらなんでも度が過ぎます!」
俺も、ちょうどそう思っていたところだった。
もう我慢ならなくなったのか、神原さんが部屋の隅からこちらへとやって来た。
「す、すみませんっ。つい」
”つい”にしても程があるだろ……。
神原さんにこっぴどく叱責されている三井を溜息交じりに見ていると、俺の正面に座っている常務が大きく息を吐いていた。
「……ほんと、うちの三井が大変失礼いたしました。お疲れになりました、よね……?」
そんな常務の姿に、そう言わずにはいられなかった。
「あ、ああ。かなり疲れたよ。仕事ですら、こんなにも疲労を感じたことはないかもしれない」
参ったというような苦笑を滲ませ、常務がぽつりと零す。
「――まだ、質問はあるんだったよな?」
「は、はい……」
今度は、お子さんがらみの案件が……。
「お子様についてです――」
「こ、子供……っ?!」
常務が、裏返った声を上げた。
そのリアクションに、面喰う。
もしかしたら、榊常務、この日一番の動揺かもしれない。
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