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第二章 たった一つの心の支え
―春彦―③
しおりを挟む丸一日、死んだように眠っていたおかげで、だいぶ身体は軽くなった。俺以外みな旅行中で家には誰もいないからか、いつもより心なしか心までも軽くなっているような気がする。
一日寝ていたから、汗を流してさっぱりしたくなった。着替えを持って一階の風呂場へと向かう。どこもかしこも綺麗に磨かれた家の中に夕陽が差し込んで、いつもの冷たさが少しなりを潜めていた。頭から熱いシャワーを浴びると、それだけで生き返ったような気分になった。風呂に入るのも、いつもどこか遠慮していてこんなに何も気にせずにいられるのは、こうして旅行にでも行ってくれている日以外はない。だから、つい、長風呂になってしまった。
激しい水量で浴びたシャワーを止めて、風呂から出た時だった。
「――えっ?」
バスルームからつながる洗面所に、どうしてだか怜奈ちゃんが立っていた。
「ご、ごめん!」
慌てて風呂場へと戻り乱暴に扉を閉める。すりガラスとは言え、完全に裸体を隠せるわけではない。いたたまれなさに焦る。
「でも、どうして? 確か旅行から帰るの明日じゃなかった?」
扉越しに怜奈ちゃんに声を掛けた。
「……ちょっと用事があって、私だけ先に帰って来たの」
俺とは違って、あまり慌てている様子もない怜奈ちゃんに拍子抜けしつつもとりあえずホッとする。
「そっか。帰って来てたのに気付かなくて、悪かった」
それに対しては特に返事もない。仕方がない。怜奈ちゃんが洗面所を出て行くまでここにとどまるしかない。
「……春彦君、体調、どう?」
「え?」
この状態で、まだ会話を続けるつもりか――?
最初の頃よりはマシになったとは言え、怜奈ちゃんとはそんなに会話をするわけではない。どちらかと言えば俺の方から話し掛けて彼女がそれに応える、という程度だ。だから、少し面喰った。
「あ、ああ。一日寝てたから、だいぶ良くなったよ」
「そう……」
それでもまだ、出て行く怜奈ちゃんの足音は聞こえない。
「ごめんね、怜奈ちゃん。風呂から出たいから、少しだけそこを貸してくれないかな」
このままだと埒が明かないような気がして、思い切ってそう言った。
「今、出て行く」
「ごめん」
そうしてやっと洗面所の扉が閉まる音がした。安堵して思わず大きく溜息をついてしまった。
物静かな子だから、何を考えているのかよくわからないところがある。最近は特に、それが顕著になった。気のせいだとは思えないほどに視線を感じたり、でも、だからと言って特に近付いてくるわけでもなく。怜奈ちゃんは小学校からずっと女子校育ちだ。同じ年頃の異性とのかかわりは俺くらいのものだろう。上手い距離の取り方が分からないのかもしれない。そう納得して風呂から出た。
水でも飲もうとダイニングに行くと、怜奈ちゃんが台所に立っていた。何やら料理をしているみたいだ。長い髪を一つにまとめエプロンをしている。
「何か作ってるの?」
後ろから声を掛けると、返事の代わりに一人用の土鍋を差し出された。
「ん? なに?」
「これ、食べて」
差し出されたものを見ると、そこにはお粥が入っていた。
「俺に?」
怜奈ちゃんは少し緊張したような面持ちで頷いた。
「ありがと……」
驚きつつもそれを受け取ると、怜奈ちゃんは幾分ホッとしたように表情を緩めた。俺のために作ってくれたと言うお粥を食べるため、ダイニングテーブルの席に着く。
一口食べてみる。米から直接作ったのだろうか。ところどころ、固いものが舌にあたる。お世辞にも美味しいとは言えない。でも、せっかく作ってくれたものだ。懸命に口に運ぶ。食べることだけに必死になっていたら、向かいの席に怜奈ちゃんが座った。それに驚いて顔を上げると、怜奈ちゃんも同じものを食べ始めている。こんな風に俺のそばにいようとすることに不思議に感じたが、それよりこのお粥と同じものを怜奈ちゃんが食べてしまうことに慌てた。
「ちょっと、待って……っ」
「あんまり、上手く出来てなかったね……」
制止しようとしたが遅かった。怜奈ちゃんが顔を歪める。
「いや、でも、身体はとっても温まったし。うん。病み上がりの身にはありがたい」
少し無理はあるかもしれないが、とりあえずそう言ってみる。
「……春彦君、無理しなくていいよ」
「いや、そんなことは……」
「でも、ありがと」
怜奈ちゃんはそう呟くとすぐに俯いて、またお粥を食べ始めた。
「ホント、これ、美味しくない」
ふふっと怜奈ちゃんが笑うから、つられて俺も笑ってしまった。
そんな時だった。突然、玄関のドアが開く音がした。それと同時にどたどたと激しい足音が近づいてくる。
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