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第四章 たった一人の愛しい人
ーメイ―⑩
しおりを挟む「……メ、イ?」
息を飲むような声に、情けないほどにびくつく。ふすまの方に背を向けているから、今、兄がどんな顔をしているのかは分からない。でも、その声で、どれだけ動揺しているのか困惑しているのかはわかる。
「こんなとこで何やってんだ。自分の部屋と間違えたのか? あっち行ってるから早く着替えろ」
すべての疑問を飲み込んで、あくまでも普通にしようとしている兄の声に感情が昂ぶる。
「行かないでっ!」
こちらに背を向けて出て行こうとした兄に後ろから抱き付いた。
広い背中に無我夢中でしがみつく。本当は足が竦んでしまいそうなほど怖いのに。それ以上に兄が欲しいという気持ちが大きい。
兄が私の腕を自分の身体から離そうとする。でも、絶対に離したくない。
「お、おい。メイ――」
「間違えたんじゃない。ここで待ってたの。お兄ちゃんを待ってた」
上擦る声を曝け出して、みっともなくてたまらない。それでも私は必死だった。心の中にある怖さを追い出したくて、さらにきつく腕に力を入れる。
「メイ、離すんだ――」
「私、男の人に触れられるのが今でも怖いの。男の人がダメで、どんなにいい人だって分かってても近付かれると身体が拒否しちゃう。だから、もう私は男の人と付き合うの無理なんだって思った」
この決意が揺らがないように、必死に言葉を紡ぎ出す。次から次へと、追い立てられるように言葉を重ねる。
「でもね。でも、お兄ちゃんだけは違うの。お兄ちゃんだけは嫌じゃない。嫌どころか、もっと触れられたいって思うの」
「……メイ」
さっきまでとは違った、落ち着いた兄の声。兄の胸に回した私の腕にそっと手のひらが降って来た。
「おまえが、三年前のことで深い傷を負って、その傷がまだ全然癒えてないことも知ってるよ」
私の強張った腕を優しく包み込むように触れながら、兄が口を開いた。
「知っていたのに、俺はおまえに何もしてやれなかったな。おまえをこんな風に追い詰めるまで放っておいた。ごめんな」
「お兄ちゃんのせいじゃないし、謝ってほしてくこんなことしてるんじゃない――」
「全部、俺のせいなんだ!」
私の声は兄の叫びでかき消された。そっと触れるだけだった兄の手のひらに力が込められる。
「おまえは、勘違いして分からなくなっているだけだ。唯一安心できる男が俺しかいなくて、兄に対して感じている安心感を特別なものだと思い込んでる。でも、その感情は勘違いだってちゃんと認めよう。そうしないと、おまえはいつまでも前に進めない――」
「違うよ!」
勘違いなんかじゃない。そんな、軽いものなんかじゃない。勘違いだったらどれだけ良かったか。そんな程度だったらこんなに苦しまなくてよかった。ずっと押し殺したりなんかしなくて済んだ。
「私は、お兄ちゃんのこと、完全に兄として見たことなんてない。ずっと、私にとって一人の男だった」
こんなことを始めたのは自分なのに、溢れて来る涙が憎くて仕方ない。私が泣いたりなんかする資格がないのに。勘違いだと言う兄に、胸が痛いほどに苦しくなった。
「私は、お兄ちゃんのことがずっと――」
「その先は言うな!」
鋭い声が部屋に響いた。それは、優しい兄から出たものとは思えないほどに強い口調だった。
「言ったらだめだ。それは、違うから」
哀しくて苦しいのに、触れている兄の背中が温かくて涙が溢れて息が出来なくなる。
「メイは、ずっと寂しさを耐えて生きて来た。おまえが小学一年生の時から俺たちは離れて暮らして、寂しさも苦しさも全部一人で抱えて生きて来た。こうして二人で暮らすようになって初めて、心から気を許せてすべてを委ねられる相手が出来た。それが俺なんだ。それは、恋愛感情なんかじゃないよ」
その声が優しくて、いつもの兄の声で哀しくなる。
この感情は、きっと兄には認めてもらえないもの。兄の誕生日の日に覗き見たあの苦しそうな姿を思い出す。兄は認めたくないと思っている。認めることが苦しいことなら、もうそれでいい。それでも、私は男としての春彦が欲しい。
「……そうだね。恋愛感情じゃないのかもしれない。でも、この身体は自分でもどうしようもできないの。男にあんなことされたのに、それでもこの身体が疼くのよ!」
もう、ただの淫乱でも構わない。
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