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第十三章 慟哭

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 やはり、どうにも気になって、夜を待たずに柚季に電話をした。

(もしもし)

少し不安に思っていたが、その電話はすぐに繋がった。無意識のうちに安堵する。

「母から、君の実家で何かあったって聞いて、心配で電話してみたんだけど」
(ごめんなさい。何の連絡もしないで、余計に心配させちゃいましたね。今、うちの両親が旅行していて実家には誰もいないところに、急な用で親戚が泊まりに来ることになって。仕方なく私が対応してるんです)

柚季がひと息にそう説明した。

「そうだったのか。何か、大変なことでもあったのかと心配だったから、そういうことではなくてホッとした」
(……ごめんなさい。和樹さんの退院の時に)

急にトーンが落ちた声に慌てる。

「そんなこと、気にしなくていいよ。僕もいい大人なんだから、自分のことは自分でできる。ただ、あまり無理しないようにな」
(ありがとうございます)

柚季の声を聞いていると、何故だか無性に切なさが込み上げて来た。

「柚季が帰って来たら話がしたい。姉のことで――」
(――あ、ごめんなさい。今、呼ばれちゃって)

ぎこちなく言葉を遮られた。

「分かった。忙しいところごめんな。家で柚季のこと待ってる。実家まで迎えに行くから連絡して。早く柚季に会いたい」
(和樹さん……っ)

柚季の声が飛び込んで来た。

「ん?」

柚季の言葉を待つ。

(い、いえ……無事に退院できて、本当に良かった。じゃあ)

何かと思ったらそんなことを言って、この時間を強制終了するように通話が切られた。

 最後の病室での夜、夢を見た。

"――和樹さん"
"柚季、こんな時間にどうしたの? もう、とっくに面会時間終わってる"

そろそろ日付も変わる頃、柚季が病室の扉を開けた。そして、ベッドへと駆け寄って来る。

"こっそり潜んでたの"
"どうしてそんなこと。君の身体が心配になる"

驚きと心配でつい責める口調になる僕に、柚季がイタズラをした子供みたいに笑った。

"和樹さんと同じことしただけだよ。スリルがあって、ドキドキしちゃった"
"まったく――"
"会いたかったから……。和樹さんに会いたかった"

なのに、すぐにその表情も変わって。どこか寂しそうに微笑んだ。

"会いたかったって……僕はもう退院するんだし、これからは毎日会えるだろ?"

不思議に思いながら身体を起こす。

"それはそうなんだけど、今すぐ会いたかったの。ダメ、ですか? "
"うーん。君の身体のことを考えたらダメだと言いたいけど、僕も会いたかったから許す"
"そんな理由でいいの?"

柚季がまた、ころころと笑う。

"和樹さん。キス、してもいいですか……?"

かと思ったら、今度はその目を潤ませて。

"柚季からしてくれるの?"
"うん。和樹さんが好きだから――"

柚季のそんな発言にたまらなくなって。せっかく柚季からしてくれると言うのに、我慢できずに自ら唇を重ねた。

"わ、私が、したいって……言ったのに"

唇を離すと柚季が目を伏せて抗議した。

"ごめん。あまりに可愛いことを言うから"
"ねえ、和樹さん"
"ん?"

僕の胸に身体を寄せて来た柚季を抱きしめる。

"無理してない? 申し訳ないとか、私を傷つけちゃいけないとか、そういう気持ち少しもない? 本当は、お姉さんのそばにいてあげたいんじゃ――"
"柚季、それは違うよ"

その肩を掴んで柚季の身体を起こした。

"お姉さんも、和樹さんのことが大好きなんだよ?"

哀しげに揺れる瞳に訴えた。

"もう、大丈夫。姉もようやく分かってくれた。君にも謝っていたよ。柚季は、何も気にしなくていいんだ。責任も罪悪感もどんな葛藤も、もういらない!"
"和樹さん、ありがとう……"

そこで目が覚めた。はっと見開いた目の先に、薄暗い天井がある。

柚季――。

早く会って抱きしめたい。早く会って、話したいことが山ほどある。


 翌日、主治医や看護師たちに挨拶を済ませて、無事退院することが出来た。

 立ち会うと言っていた両親には丁重に断り、一人で自宅に戻る。久しぶりに自宅マンションの前に立つと、ここから普通に出勤したあの日が、もう何ヶ月も前に感じる。ただ、確実に季節は移り変わっていた。

 部屋には誰もいないということは分かっている。ゆっくりと自分の部屋へと向かって歩いた。病院とは違う懐かしい匂いに、帰って来たのだと実感する。
 玄関には花が生けてあり、床にはスリッパがきちんと置かれていた。帰ってくる僕のために柚季が準備しておいてくれたのだろう。

 廊下を進みリビングダイニングへと進む。レースカーテンだけがかけられた部屋は、とても明るい。二人で暮らしていた時と同じ、片づけられているけれど温もりのあるインテリア。何も変わらない。

でも――。

何だろう。何かが違う。もちろん、ずっと家を空けていたのだからそう感じるのは無理もないのかもしれない。
 でも、どうしてだか、心がざわつく。ソファに並べられたクッションも、たくさんの観葉植物も、あのときのまま変わらないのに、どうしてだろうか。
 踵を返し、寝室へと走る。ドアを開けると、整然と整えられたベッドが目に入った。そして。

ない――。

柚季が使っていたチェストの上に置かれていた柚季のもの。それらが全部なくなっていた。引き寄せられるようにクローゼットを開く。

「柚季……」

そこにあるはずの柚季の衣類は一枚もなかった。取り乱す心のままチェストの前に立つと、そこに一通の封筒が置いてあった。


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