一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百二十四話 カツカレー

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「トリックオアトリート!」

 朝課外を終え廊下に出たところ、いたずらっ子のような笑顔を浮かべて咲良が近づいてきたので、何かと思えはこのセリフである。

「サンタクロースが菓子の催促に来やがった……」

 仮装のつもりなのだろうか、咲良はおなじみ赤と白のサンタクロースの帽子をかぶっていた。

「これしかなかった! メリークリスマス!」

「せめてどっちかにしろ」

「まあ、俺としてはお菓子さえもらえりゃいいんだけどさ」

 なんかあるだろー、と催促する咲良とともに教室に戻る。

 まったく、なんて図々しいサンタクロースだ。

「えー……っと、ほれ」

「おっ、サンキュー。飴か!」

「カンロ飴」

「いいねー俺、これ好き」

 父さんがたいそうこれを気に入っており、うちに買い置きが大量にあるのだ。たまに何か甘いものを食べたい時にはもらっている。砂糖醤油の風味がして、うまみのある甘さがおいしい。

「で? いたずらは何をするつもりだったんだ」

 そう聞けば咲良は「よくぞ聞いてくれた」と言って、得意げにポケットから何かを取り出した。それは、百均のパーティグッズコーナーなんかでよく見るクラッカーだった。

「これを目の前でパァーンと」

「悪質」

「良心的だろー」

 しかもそれハロウィン仕様で中からは蜘蛛と、蜘蛛の巣を模した飾りが出てくるのだとか。いくらデフォルメされているとはいえ、それはちょっと。

「人は選ぶから大丈夫だ。何も無差別にやんねえよ。虫嫌いもいるだろうしな」

「俺が菓子持ってなかったらどうするつもりだったんだ」

「そりゃもうためらいなく」

「この人でなしが」

 まあまあ、と俺の言葉など意に介さず、咲良は再びポケットにクラッカーを突っ込む。

「そんでさ、春都にはもう一つ頼みがあるんだけど」

 と、咲良はカーディガンの内側に隠していたらしい何かを取り出した。

 テーマパークなんかでよく見る、カチューシャの飾り。特徴的な形の角に、チョンとついたかわいらしい耳、きらきらと輝くのはクリスマスカラーのリボン。それは見るからにトナカイの角だった。

「これつけて、今度は百瀬のとこ行こうぜ」

「え、ヤダ」

「なんでー? 楽しいじゃん」

「どうして俺がお前に使われる側にならないといけないんだ」

「あ、そっち?」

 当たり前だ。どっちかと言えば、俺はサンタの方がいい。

「多分サンタクロースとトナカイは、お前が思っているほど殺伐とした関係性じゃないと思うぞ」

 そう言って咲良は俺の頭にそれを無理矢理かぶせてきた。

「ったくお前は」

「行こうぜ。あいつならたぶん、なんか持って来てる」

 まあ、朝のホームルームが始まるまで時間はあるし、付き合ってやるとするか。

「もーもせー!」

 一組の教室の入り口で咲良が叫ぶ。一斉に視線が集まり、俺らの恰好を見て向けられた視線は一瞬きょとんとするが、すぐに逸らされた。

 自分の机で教科書をぱらぱらとめくっていた百瀬は、にこにこしながらこちらにやってきた。

「なーにー……って、何だお前ら。ずいぶん図体のでかいサンタとトナカイだな」

「サンタクロースは態度もでかいぞ」

「トリックオアトリート!」

「えっ、それハロウィンなのか」

 百瀬は少し驚いたように目を見張った。そりゃそうなるよなあ。

 ていうか、トナカイのカチューシャは百瀬に似合いそうだ。

「お前のことだから準備万端だろ~?」

「まあな」

 ちょっと待ってろ、と百瀬は言うと席にいったん戻り、鞄から二つ、小さな袋を取り出して持ってきた。

「ほれ、クッキーだ」

「ありがとな!」

 百瀬は咲良に、いたずらについて聞いていた。咲良が得意げに説明をしている間に袋の中身を見る。

 アイシングクッキーだ。お化けは白く、ちゃんと表情もあるし、ジャックオランタンもきれいなものだ。こうもりは真っ黒だし、アラザンできれいに飾り付けられた星もある。

「すげえ」

「頑張ったんだぞー」

 へへっと笑う百瀬は楽しそうだ。

「昼休みは朝比奈と漆原先生のとこ行くつもりだけど、百瀬もどうよ?」

「行く」

「えっ、みんなで?」

 俺のその問いに、咲良は何を思ったのか、そりゃもう頼もしげに笑ってこう答えたのだった。

「人数分トナカイ準備してるから、仮装のことは心配しなくていいぞ!」



 朝比奈と先生の所には昼飯を食ってから行くことにした。咲良のカーディガンのポケットからは赤色がちらっと見えているし、カチューシャは俺の手元にある。

 今日は弁当を持って来ていないので食堂の飯になる。メニューは前もって決めていた。

「お、今日はジャガイモじゃないのか」

 トレーにのせられたカツカレー。いつもはほとんど溶けたジャガイモが入っているのだが、今日はなんだか黄色い。

「かぼちゃか」

「やっぱハロウィンだからな!」

「かぼちゃを食うのは冬至だ」

 カツも揚げたてだし、うまそうだ。

「いただきます」

 カレールーはピリッと辛い。だからこそ、かぼちゃの甘味が際立つのだ。ねっとりとした舌触りに、ほくほくとした皮の部分。おいしい。

「百瀬からもらったクッキー食った?」

「なんかもったいなくて。あとで写真撮ってから食おうかと」

「あー、俺もそう思って食ってない」

 食堂のご飯はちょっとやわらかめに炊かれている気がする。カツはでかいので、スプーンで半分に切って、ルーと一緒に食べる。ザクっとした衣は香ばしく、肉はジューシー、そこにカレーのうま味が追っかけてきて、ご飯がいい感じになじむ。

「食い終わったらまず百瀬のとこ行って、そのあと朝比奈、最後に図書館だな」

「職員室前通るとき、なんか言われそう」

「案外お菓子とかもらえるかもよ?」

 ハロウィンは俺にとって無縁のものだと思っていたし、ほんのささやかな楽しみ方だが、面白いものだ。スマホゲームのイベントもなかなかに楽しいしな。

 さて、せっかくだ。ここまで来たら、もらえるやつからもらえるだけ、お菓子を手に入れるとしよう。



「ごちそうさまでした」

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