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日常
第百五十四話 揚げたこ
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もちを片付けていてもう一つ見つけたものがある。
冷凍たこ焼き。
一袋だとあっという間に食ってしまって足りなくなるだろう、と思って二袋買ったのだが、少々持て余し気味だ。なにせ一袋に入っている量が多い。
まあ、すぐに悪くなるものじゃないし、ぼちぼち食べていくか。
俺の席は場所の都合上、廊下の話声や足音がよく聞こえる。
ロッカーの開閉、せわしない小走り、甲高い笑い声、先生たちが履いているスリッパの音。ぼんやりと聞いていたら眠くなってきそうだ。
その中に、やけに騒がしい足音が紛れ込み始めた。それは次第に大きくなっていき、俺の横あたりでスピードを緩めた。
そしてがらりと窓を開ける音。そちらを見れば、咲良がいた。
「やっぱりお前か」
「聞いて春都!」
「いつになくテンションが高いがどうした」
そう聞き終わる前に、咲良は一枚の紙を突き付けてきた。それはテスト用紙のようだった。
「なんだ」
「点数!」
頬杖をついたままその用紙を眺める。なんだ、丸が多い。
「八十六点」
定期的に行われている数学の確認テスト。いつも赤点だと泣きついてくる咲良だが、今回はうまくいったらしい。
咲良は輝く笑顔で言った。
「さすがにやばいかなーと思って頑張ったんだよ。そしたらうまいこといってさー!」
「やればできるんだな」
「そ! 俺はやればできる子なんだ」
今まで本気出してなかった、みたいな? と咲良は胸を張った。
「すーぐ調子に乗って……」
その様子に思わず苦笑する。
「やればできる子、ってのは、いつでもやればできたのに、それを怠っていたってことじゃないのか」
「そんなこと言うなよ~。せっかく点数よかったんだからさあ」
情けない声を発するが、咲良の表情は晴れやかだ。
「ああ、まあ。頑張ったな」
「だろ?」
「頑張った頑張った」
そう褒めてやると、咲良はガッツポーズをした。
「よっしゃ、次も頑張ろう」
「で、用件はそれだけか?」
「おう!」
屈託のない笑みを浮かべた咲良は頷いた。
「なんかもうテンション上がって、この気持ちを誰かと共有したくて、とりあえず春都かな、と」
「とりあえずって……」
教室が近いのだから、朝比奈でもよかったろうに。
「ていうかさ、真っ先に思いついたのが春都だったんだよな」
咲良は「また昼休みにな。じゃ!」とだけ言い残して、素敵な笑顔を浮かべたまま窓を閉めて教室に戻っていった。
廊下のざわめきが落ち着きだし、間もなくしてチャイムが鳴った。
あいつは授業開始に間に合っただろうか。教科書を開きながらそう思った。
「……で」
昼休み、教室に弁当を引っ提げてやってきた咲良はどんよりとしていた。さっきまで快晴だった空に分厚い雲がかかり、霧雨が降っているようだ。
「どうしてそうなった」
「英語が……」
「英語?」
今日の弁当のご飯はチャーハンにしてみた。醤油のうま味と香ばしさがおいしい。具材は少ないが、それがいい。たまにあるごろっとした卵がうれしく感じる。
「数学に集中しすぎて、英語の復習忘れて……」
「ああー……」
咲良は盛大にため息をついて頭を抱えた。
「明日、小テストがあるんだ……」
「そりゃ大変だ」
「あー、もー」
なんというか、咲良らしい。少々詰めが甘いというか。
それにしてもころころと表情が変わって忙しいやつだな。見ていて面白い。
「どこだ、範囲」
そう声をかければ、咲良はパッと表情を輝かせた。
「教えてくれんのか!」
「範囲による」
「そう言ってくれると思って!」
咲良はどこからか教科書を取り出した。
「持って来てた」
「お前な……」
「えっとなー、確か……」
ぺらぺらと教科書をめくっていく咲良に、俺はただこう言うしかなかった。
「先に飯を食え」
たこ焼きはただ温めてソースかけて、というのもいいが、今日はひと手間加えよう。揚げたこだ。
フライパンに油を張って揚げていく。しばらくしていたらじわじわと泡が立ち始め、いい音がしだす。パンッとはじけるので、気を付けなければならない。
揚げたこは何も味付けしないのが、俺は好きだ。
「いただきます」
レンジで温めたのよりも格段に熱々なので、より一層気を付けて食べないといけない。
カリッとした隅の方からちまちま食べて、熱さに気を付けながらかぶりつく。ジャクッとした食感にジュワッと染み出すうま味がいい。
とろりとした中身は味が凝縮したように思う。揚げると味が濃くなる気がする。
たまにでかいたこが入っていると嬉しい。小さいなら小さいで味があっていいけど。
久しぶりに揚げたこしたけど、やっぱうまいな。サクサク食べられて、あっという間になくなってしまう。
小さく刻まれた紅しょうがが混ざっていて、揚げるとその爽やかな風味がよく分かる。
あ、今度は出汁と食ってみようか。色々味変考えてみよう。このまま食っても当然うまいけど、変化をつけてみたいと思っているのも確かだ。
この調子なら、あっという間になくなってしまいそうだな。
「ごちそうさまでした」
冷凍たこ焼き。
一袋だとあっという間に食ってしまって足りなくなるだろう、と思って二袋買ったのだが、少々持て余し気味だ。なにせ一袋に入っている量が多い。
まあ、すぐに悪くなるものじゃないし、ぼちぼち食べていくか。
俺の席は場所の都合上、廊下の話声や足音がよく聞こえる。
ロッカーの開閉、せわしない小走り、甲高い笑い声、先生たちが履いているスリッパの音。ぼんやりと聞いていたら眠くなってきそうだ。
その中に、やけに騒がしい足音が紛れ込み始めた。それは次第に大きくなっていき、俺の横あたりでスピードを緩めた。
そしてがらりと窓を開ける音。そちらを見れば、咲良がいた。
「やっぱりお前か」
「聞いて春都!」
「いつになくテンションが高いがどうした」
そう聞き終わる前に、咲良は一枚の紙を突き付けてきた。それはテスト用紙のようだった。
「なんだ」
「点数!」
頬杖をついたままその用紙を眺める。なんだ、丸が多い。
「八十六点」
定期的に行われている数学の確認テスト。いつも赤点だと泣きついてくる咲良だが、今回はうまくいったらしい。
咲良は輝く笑顔で言った。
「さすがにやばいかなーと思って頑張ったんだよ。そしたらうまいこといってさー!」
「やればできるんだな」
「そ! 俺はやればできる子なんだ」
今まで本気出してなかった、みたいな? と咲良は胸を張った。
「すーぐ調子に乗って……」
その様子に思わず苦笑する。
「やればできる子、ってのは、いつでもやればできたのに、それを怠っていたってことじゃないのか」
「そんなこと言うなよ~。せっかく点数よかったんだからさあ」
情けない声を発するが、咲良の表情は晴れやかだ。
「ああ、まあ。頑張ったな」
「だろ?」
「頑張った頑張った」
そう褒めてやると、咲良はガッツポーズをした。
「よっしゃ、次も頑張ろう」
「で、用件はそれだけか?」
「おう!」
屈託のない笑みを浮かべた咲良は頷いた。
「なんかもうテンション上がって、この気持ちを誰かと共有したくて、とりあえず春都かな、と」
「とりあえずって……」
教室が近いのだから、朝比奈でもよかったろうに。
「ていうかさ、真っ先に思いついたのが春都だったんだよな」
咲良は「また昼休みにな。じゃ!」とだけ言い残して、素敵な笑顔を浮かべたまま窓を閉めて教室に戻っていった。
廊下のざわめきが落ち着きだし、間もなくしてチャイムが鳴った。
あいつは授業開始に間に合っただろうか。教科書を開きながらそう思った。
「……で」
昼休み、教室に弁当を引っ提げてやってきた咲良はどんよりとしていた。さっきまで快晴だった空に分厚い雲がかかり、霧雨が降っているようだ。
「どうしてそうなった」
「英語が……」
「英語?」
今日の弁当のご飯はチャーハンにしてみた。醤油のうま味と香ばしさがおいしい。具材は少ないが、それがいい。たまにあるごろっとした卵がうれしく感じる。
「数学に集中しすぎて、英語の復習忘れて……」
「ああー……」
咲良は盛大にため息をついて頭を抱えた。
「明日、小テストがあるんだ……」
「そりゃ大変だ」
「あー、もー」
なんというか、咲良らしい。少々詰めが甘いというか。
それにしてもころころと表情が変わって忙しいやつだな。見ていて面白い。
「どこだ、範囲」
そう声をかければ、咲良はパッと表情を輝かせた。
「教えてくれんのか!」
「範囲による」
「そう言ってくれると思って!」
咲良はどこからか教科書を取り出した。
「持って来てた」
「お前な……」
「えっとなー、確か……」
ぺらぺらと教科書をめくっていく咲良に、俺はただこう言うしかなかった。
「先に飯を食え」
たこ焼きはただ温めてソースかけて、というのもいいが、今日はひと手間加えよう。揚げたこだ。
フライパンに油を張って揚げていく。しばらくしていたらじわじわと泡が立ち始め、いい音がしだす。パンッとはじけるので、気を付けなければならない。
揚げたこは何も味付けしないのが、俺は好きだ。
「いただきます」
レンジで温めたのよりも格段に熱々なので、より一層気を付けて食べないといけない。
カリッとした隅の方からちまちま食べて、熱さに気を付けながらかぶりつく。ジャクッとした食感にジュワッと染み出すうま味がいい。
とろりとした中身は味が凝縮したように思う。揚げると味が濃くなる気がする。
たまにでかいたこが入っていると嬉しい。小さいなら小さいで味があっていいけど。
久しぶりに揚げたこしたけど、やっぱうまいな。サクサク食べられて、あっという間になくなってしまう。
小さく刻まれた紅しょうがが混ざっていて、揚げるとその爽やかな風味がよく分かる。
あ、今度は出汁と食ってみようか。色々味変考えてみよう。このまま食っても当然うまいけど、変化をつけてみたいと思っているのも確かだ。
この調子なら、あっという間になくなってしまいそうだな。
「ごちそうさまでした」
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