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日常
第二百十七話 白菜豚肉炒め
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「やっと午前中終わったー」
食堂に向かいながら、咲良は隣で伸びをした。
「なんか今日一日が長い気ぃすんだけど?」
「知らん、俺は普通だ」
「うっそだー。絶対いつもより長いってー」
何を根拠にそう言っているのかは知らないが、咲良は自信満々に続ける。
「だって授業始まってしばらくして、そろそろ半分かなーって思って時計見たら十分も経ってないじゃん」
「それは……うん」
「いつも通りの授業なのにだぞ? 絶対今日は時の進み方が遅いんだ」
「まあそう感じる日はなくもないけど」
「だろー?」
さて、今日の昼飯は何にしようか。なんとなく麺の気分だし、肉うどんにするか。腹減ってるし、大盛りにしよう。
席に着き飯を食い始めてもなお、咲良はぶつぶつと文句を垂れていた。
「もしかしたら時計がゆっくり進んでんじゃねーのかなーとか思うじゃん?」
「思うか?」
醤油の味が濃い目の肉が薄めの出汁とよく合う。肉の脂が溶けて完成するって感じだな。麺も程よく柔いし、おいしい。
「思うって。先生たちが裏で操作してるんだ、きっと」
「想像力豊かだな、お前は。それだけで盛り上がれるなんて羨ましいよ」
「まあなー」
なぜか得意げな咲良。別に褒めてはないのだが、面倒なので言わないでおく。
それからしばらく時計と学校の陰謀について力説していた咲良だったが、話してすっきりしたのか、食い終わって帰るころには別の話題になっていた。
「午後からはホームルームだろ? 発表のお題何にした?」
「あー……知らん」
そう素直に答えれば、咲良は心底おかしいというように笑った。
「春都お前、興味なさすぎだろ」
「興味ないからな。実際」
「去年はまだ楽しそうだったじゃん」
いや、楽しかった覚えはないのだが。
まあでもよその中学のやつらが多いクラスだったし、咲良もいて飽きなかったし、今年よりは多少面白かった気がしなくもない。
「お前また英文作るんだっけ。よくやるよなー」
「一番気が楽だ」
「まあ、あんま人とかかわる必要ないもんな。俺今年はお題について調べる係~」
咲良はのんきに笑った。
「俺らの班さ、お題なんだと思う?」
「どっかの地域の祭りとかだろ。それか国際的な問題とかなんとか」
「いや、野菜」
「野菜」
俺に興味なさそうと言っておきながら、咲良もまるで人ごとのように話した。
「なんか班のやつがさ、どうせなら周りと被らないのがいいーっつって。行事とか環境問題とか被る可能性高いじゃん? それで色々話した結果、野菜」
「なぜ」
「さあ? ベジタブルって言葉使いたかったんじゃない?」
知らんけど、と咲良は半ば投げやりだ。
「まー、なんか、すげー仕切り屋のやつがいるからさ。こっちは言われたこと調べるだけでいいから楽でいいや」
「野菜なあ……」
「野菜の何について文章作るのかは知らね。そこまで興味ないもん」
「お前も大概だな」
そう言えば咲良は「まーな」とあくびをした。
「俺はとっとと自分の仕事終わらせて休憩したい」
「それは分かる」
「なー」
今日は俺が図書館当番なのだが、咲良もついてきた。
漆原先生はちょうど事務室に行っているようで不在だった。カウンターはもう一人のやつが担当してくれるらしいので、返却図書を書架に戻しに行く。
「野菜っつったら、最近は白菜ばっか食ってる気がする」
一緒に本を戻しながら、咲良は話を続けた。
「しかも鍋」
「まあ、時期だよな」
「でもさー、白菜って飽きないんだよなあ。なんでだろ? 俺だけ?」
気持ちは分かる。ある特定のものを毎日一食でも食べていたら「なんかよく食ってんなあ、最近」と思うが――だからといって俺は楽しめないわけではない――白菜は鍋をするときには必ずといっていいほど入れる。他の具材は変わっても、真っ先に白菜が思いつく。
そんで、咲良の言うとおり、飽きないんだなあこれが。
「まあ、ほぼ水だからな、白菜」
その言い方はどうなんだ。でも言わんとするところは、分かる。
「主張がないんだろ」
「そうそう、それが言いたかった。頭いいな、お前」
「なんだそれは」
そういやうちの冷蔵庫にも白菜あったなあ。
豚肉もあることだし、あれ作るか。
白菜は鍋以外でもおいしく食べることができる。
今日作るのは……なんていうんだろう、あれ。白菜豚肉炒め? でもとろみついてるし……いいや、白菜豚肉炒めで。
白菜はザクザクと切る。
ゴマ油で豚肉を炒めたら、そこに白菜を入れてさらに炒める。水を入れ煮立たせ、白菜に火を通す。
味付けは鶏ガラスープと醤油と塩、酒。
シンプルだがこれがうまいんだ。やさしく、落ち着くような香りがしてくる。最後に片栗粉でとろみをつけたら完成である。
これを米にかけて食うのがいい。
「いただきます」
とはいいつつも、まずは白菜のみで。
芯の部分は少し繊維を感じるもののトロットロだ。甘いし、白菜のささやかな味もある。葉の部分はもう形がないに等しい。これがうまいんだよなあ。
しみじみするようなうま味に一役買っているのが豚肉だろう。
しっかりとした肉の味、甘みのある脂。口いっぱいにジュワッと味が染み出しておいしい。白菜と一緒に食べるとみずみずしさが加わってさらに薫り高い。
これをご飯と食う。
間違いない。とろみのあるうま味たっぷりのスープに白菜のとろとろ、豚肉の味が合わさり、米のほのかな甘みが加わって最高にうまい。
白菜と豚肉だけというシンプルな具材だが、しっかりしたおかずになるし、心地よく腹にたまる。
今じゃあ年中、いろんな野菜が食べられる。
夏の野菜を冬に、冬の野菜を夏に。それは楽しみが広がることでもあり、いいことだと思う。旬じゃない野菜は少々値が張るが。
でもやっぱ旬のもの食うっていいよな。お手軽な値段だし。
そして何よりうまい。一番うまいタイミングで食うこともまた、食い物への誠意というものだろう。
「ごちそうさまでした」
食堂に向かいながら、咲良は隣で伸びをした。
「なんか今日一日が長い気ぃすんだけど?」
「知らん、俺は普通だ」
「うっそだー。絶対いつもより長いってー」
何を根拠にそう言っているのかは知らないが、咲良は自信満々に続ける。
「だって授業始まってしばらくして、そろそろ半分かなーって思って時計見たら十分も経ってないじゃん」
「それは……うん」
「いつも通りの授業なのにだぞ? 絶対今日は時の進み方が遅いんだ」
「まあそう感じる日はなくもないけど」
「だろー?」
さて、今日の昼飯は何にしようか。なんとなく麺の気分だし、肉うどんにするか。腹減ってるし、大盛りにしよう。
席に着き飯を食い始めてもなお、咲良はぶつぶつと文句を垂れていた。
「もしかしたら時計がゆっくり進んでんじゃねーのかなーとか思うじゃん?」
「思うか?」
醤油の味が濃い目の肉が薄めの出汁とよく合う。肉の脂が溶けて完成するって感じだな。麺も程よく柔いし、おいしい。
「思うって。先生たちが裏で操作してるんだ、きっと」
「想像力豊かだな、お前は。それだけで盛り上がれるなんて羨ましいよ」
「まあなー」
なぜか得意げな咲良。別に褒めてはないのだが、面倒なので言わないでおく。
それからしばらく時計と学校の陰謀について力説していた咲良だったが、話してすっきりしたのか、食い終わって帰るころには別の話題になっていた。
「午後からはホームルームだろ? 発表のお題何にした?」
「あー……知らん」
そう素直に答えれば、咲良は心底おかしいというように笑った。
「春都お前、興味なさすぎだろ」
「興味ないからな。実際」
「去年はまだ楽しそうだったじゃん」
いや、楽しかった覚えはないのだが。
まあでもよその中学のやつらが多いクラスだったし、咲良もいて飽きなかったし、今年よりは多少面白かった気がしなくもない。
「お前また英文作るんだっけ。よくやるよなー」
「一番気が楽だ」
「まあ、あんま人とかかわる必要ないもんな。俺今年はお題について調べる係~」
咲良はのんきに笑った。
「俺らの班さ、お題なんだと思う?」
「どっかの地域の祭りとかだろ。それか国際的な問題とかなんとか」
「いや、野菜」
「野菜」
俺に興味なさそうと言っておきながら、咲良もまるで人ごとのように話した。
「なんか班のやつがさ、どうせなら周りと被らないのがいいーっつって。行事とか環境問題とか被る可能性高いじゃん? それで色々話した結果、野菜」
「なぜ」
「さあ? ベジタブルって言葉使いたかったんじゃない?」
知らんけど、と咲良は半ば投げやりだ。
「まー、なんか、すげー仕切り屋のやつがいるからさ。こっちは言われたこと調べるだけでいいから楽でいいや」
「野菜なあ……」
「野菜の何について文章作るのかは知らね。そこまで興味ないもん」
「お前も大概だな」
そう言えば咲良は「まーな」とあくびをした。
「俺はとっとと自分の仕事終わらせて休憩したい」
「それは分かる」
「なー」
今日は俺が図書館当番なのだが、咲良もついてきた。
漆原先生はちょうど事務室に行っているようで不在だった。カウンターはもう一人のやつが担当してくれるらしいので、返却図書を書架に戻しに行く。
「野菜っつったら、最近は白菜ばっか食ってる気がする」
一緒に本を戻しながら、咲良は話を続けた。
「しかも鍋」
「まあ、時期だよな」
「でもさー、白菜って飽きないんだよなあ。なんでだろ? 俺だけ?」
気持ちは分かる。ある特定のものを毎日一食でも食べていたら「なんかよく食ってんなあ、最近」と思うが――だからといって俺は楽しめないわけではない――白菜は鍋をするときには必ずといっていいほど入れる。他の具材は変わっても、真っ先に白菜が思いつく。
そんで、咲良の言うとおり、飽きないんだなあこれが。
「まあ、ほぼ水だからな、白菜」
その言い方はどうなんだ。でも言わんとするところは、分かる。
「主張がないんだろ」
「そうそう、それが言いたかった。頭いいな、お前」
「なんだそれは」
そういやうちの冷蔵庫にも白菜あったなあ。
豚肉もあることだし、あれ作るか。
白菜は鍋以外でもおいしく食べることができる。
今日作るのは……なんていうんだろう、あれ。白菜豚肉炒め? でもとろみついてるし……いいや、白菜豚肉炒めで。
白菜はザクザクと切る。
ゴマ油で豚肉を炒めたら、そこに白菜を入れてさらに炒める。水を入れ煮立たせ、白菜に火を通す。
味付けは鶏ガラスープと醤油と塩、酒。
シンプルだがこれがうまいんだ。やさしく、落ち着くような香りがしてくる。最後に片栗粉でとろみをつけたら完成である。
これを米にかけて食うのがいい。
「いただきます」
とはいいつつも、まずは白菜のみで。
芯の部分は少し繊維を感じるもののトロットロだ。甘いし、白菜のささやかな味もある。葉の部分はもう形がないに等しい。これがうまいんだよなあ。
しみじみするようなうま味に一役買っているのが豚肉だろう。
しっかりとした肉の味、甘みのある脂。口いっぱいにジュワッと味が染み出しておいしい。白菜と一緒に食べるとみずみずしさが加わってさらに薫り高い。
これをご飯と食う。
間違いない。とろみのあるうま味たっぷりのスープに白菜のとろとろ、豚肉の味が合わさり、米のほのかな甘みが加わって最高にうまい。
白菜と豚肉だけというシンプルな具材だが、しっかりしたおかずになるし、心地よく腹にたまる。
今じゃあ年中、いろんな野菜が食べられる。
夏の野菜を冬に、冬の野菜を夏に。それは楽しみが広がることでもあり、いいことだと思う。旬じゃない野菜は少々値が張るが。
でもやっぱ旬のもの食うっていいよな。お手軽な値段だし。
そして何よりうまい。一番うまいタイミングで食うこともまた、食い物への誠意というものだろう。
「ごちそうさまでした」
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