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日常
第二百四十二話 焼肉定食
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わずかばかりの気だるさと眠気に抗いながら一時間目の授業を受ける。
というか、授業中に絶好調だったためしはない。どんな時でも睡魔はすぐそこに控えているし、ほんの少しの音で集中力がぷつりと途切れるものだ。
幸いにも、発表などない、強いていえば教科書の該当箇所を読まされるぐらいの授業なので、せめて板書だけはしっかりする。
「教科書次のページ、図の三を見てください。これは……」
シャーペンで教科書に薄く線を入れながら話を聞く。こういう図を見ていると余計に眠気が増してくるようだ。
落書きとも言い難いが必要ではない線を消し、先生が印をつけておけと行ったところにマーカーをひく。蛍光色は目立っていいが、目がちかちかする。色によっては文字がつぶれてしまうので気をつかう。
「……じゃあこの見出しの所から読んでもらおうか。えーっと、本多!」
「はーい」
あー、こっちに来ちゃったかあ。確実に回ってくるなあ、これ。
まあ難しい字はないし、読み間違いだけしないように確認しとこ。
マスクをつけた状態で体操服を着ると、なんか違和感があるのは俺だけだろうか。なんつーか、病人になった気分だ。
でもここのところ気候もいい感じになってきて、半ズボンでもちょうどいい。洗濯が減って助かる。
「春都、お前なに選択してんだっけ?」
教室でもぞもぞと着替えをしていたら、勇樹が聞いてきた。勇樹はさすが着替え慣れているというか、素早い。
「卓球」
「あー、結構選ぶやつ多いよな」
この時期の体育の授業は選択制だ。といっても、卓球選んだやつがバスケしに行ったり、バレーボール選択者が卓球をしに来たりする。先生たちもそれをとやかく言わない。なんというか、やることやってりゃ自由だ。
「バレーしに来ねえの?」
「無理だ」
「いやではないんだ」
「嫌いじゃないけど、できないからな」
体育館シューズが入った袋を持って卓球場へ向かう。卓球場は体育館の下に、柔道場、剣道場と並んである。だから一度一階に降りて向かうか、体育館に行って階段を下りるかしないといけない。
ぞろぞろと同じ格好をした列の、一番後ろあたりをのんびりと行く。
この学校のジャージって派手だよなあ。シャツだけは白で学年の色と胸元に名字が入っているだけだけど、ジャージは学年の色になってんだよ。二年は赤だ。正直、どこぞの芸人かって感じの見た目になる。名前の刺繍もオレンジ色だし。一年は緑で三年は青だっけ。青はまだ紺色っぽくてかっこいいんだけどなあ。緑もなかなか目を引く。
でも運動部は様になってるんだ。不思議なほどに。
「はぁ、ねむ」
さすがに何もせずぼーっとしていると何か言われるので、ボール一つとラケットを持って、卓球場の隅に陣取る。
やることはゲームでも壁打ちでもない。ボールを落とさずにラケットで何回バウンドさせることができるか、みたいなのをやる。
なんかこれだけは妙にできるんだよなあ。
ずっとやっているとヨーヨーかけん玉をしている気分になる。カンッコンッと規則正しい音が心地いい。
百回を超えたあたりからは、いつやめようかと考えるようになる。授業終わるまでは飽きるし、かといって失敗もしていないのにやめるのはなんとなく癪だし。そんなことを考えていればいつしか二百回近くになり、結局、なんかもうそろそろいいか、ってやめる。
で、やめたところで他にすることもないので、再開するわけだ。
「へい、お兄さん。暇してる?」
なんだか安っぽいセリフを投げかけてきたのは勇樹だ。
「よかったら俺とゲームしない?」
「あいにく、へたくそなものでね。お前を楽しませる自信がない。他を当たれ」
「そんなこと言わずにさ、俺はお兄さんとゲームしたいんだけど」
と、勇樹はちょうど打ち上げたボールをつかんだ。ボールに触れるはずだったラケットが空を切る。
「お得意のバレーボールはどうした」
「先生に違う競技もやってみろって言われた」
勇樹は、自分が持ってきたボールとさっき俺から取り上げたボールを片手に持ってもてあそぶ。
「卓球台、空いてない」
「ありゃ。じゃあ、さっきの競争しねえ?」
「いいぞ。一人遊びには自信がある」
「なんかさみしくないか、それ」
自分一人で楽しめるって結構悪くないけどなあ。
とは言いつつも、家に帰って誰かいるのはうれしいものだ。
「今日の晩飯は何でしょうか」
台所で料理をしているばあちゃんに聞くと、ばあちゃんはこともなげに笑って言ったものだ。
「焼肉定食」
「なんと」
「薄切りの豚肉だけどね」
「十分です」
父さんと母さんが仕事に言った後のばあちゃんの飯はいつも以上に身に染みる。
玉ねぎとかと一緒に炒められた豚肉は、ばあちゃん特製の焼き肉のたれでいい色に染まり、添えられたキャベツがみずみずしい。それにご飯とみそ汁ときたもんだ。適当に済ませようと思っていたところだったので、よりうれしい。
「いただきます」
いわゆる生姜焼きのようでもあるが、味は醤油が強めである。にんにくもきいてるなあ。あ、ゴマもまぶしてある。だから香ばしいのか。
玉ねぎもシャキシャキと甘く、肉と一緒に食うとうまい。
豚肉といえど牛肉には負けず劣らずだ。うま味、脂身の甘味、食感。たれが豚肉のうま味を引き立てている。
これがご飯に合う。白米と一緒にかきこめば口の中が幸せだ。
みそ汁の具は豆腐とわかめ。同じ味噌だが、かつお節でしっかりと出汁を取っているからうま味がはかりしれない。豆腐のホカホカとした感じとわかめのつるんと食感もうまい。
「おいしい」
「よかった」
キャベツと一緒に肉を食う。
濃い味のたれとみずみずしいキャベツがいい塩梅だ。おいしいなあ。
なんだかうっすらと残って取れなかった気だるさがなくなっていくようである。飯を食うとは生きること、と実感する。
明日の弁当には、ばあちゃんの作り置きを入れさせてもらうとしよう。
何とか頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
というか、授業中に絶好調だったためしはない。どんな時でも睡魔はすぐそこに控えているし、ほんの少しの音で集中力がぷつりと途切れるものだ。
幸いにも、発表などない、強いていえば教科書の該当箇所を読まされるぐらいの授業なので、せめて板書だけはしっかりする。
「教科書次のページ、図の三を見てください。これは……」
シャーペンで教科書に薄く線を入れながら話を聞く。こういう図を見ていると余計に眠気が増してくるようだ。
落書きとも言い難いが必要ではない線を消し、先生が印をつけておけと行ったところにマーカーをひく。蛍光色は目立っていいが、目がちかちかする。色によっては文字がつぶれてしまうので気をつかう。
「……じゃあこの見出しの所から読んでもらおうか。えーっと、本多!」
「はーい」
あー、こっちに来ちゃったかあ。確実に回ってくるなあ、これ。
まあ難しい字はないし、読み間違いだけしないように確認しとこ。
マスクをつけた状態で体操服を着ると、なんか違和感があるのは俺だけだろうか。なんつーか、病人になった気分だ。
でもここのところ気候もいい感じになってきて、半ズボンでもちょうどいい。洗濯が減って助かる。
「春都、お前なに選択してんだっけ?」
教室でもぞもぞと着替えをしていたら、勇樹が聞いてきた。勇樹はさすが着替え慣れているというか、素早い。
「卓球」
「あー、結構選ぶやつ多いよな」
この時期の体育の授業は選択制だ。といっても、卓球選んだやつがバスケしに行ったり、バレーボール選択者が卓球をしに来たりする。先生たちもそれをとやかく言わない。なんというか、やることやってりゃ自由だ。
「バレーしに来ねえの?」
「無理だ」
「いやではないんだ」
「嫌いじゃないけど、できないからな」
体育館シューズが入った袋を持って卓球場へ向かう。卓球場は体育館の下に、柔道場、剣道場と並んである。だから一度一階に降りて向かうか、体育館に行って階段を下りるかしないといけない。
ぞろぞろと同じ格好をした列の、一番後ろあたりをのんびりと行く。
この学校のジャージって派手だよなあ。シャツだけは白で学年の色と胸元に名字が入っているだけだけど、ジャージは学年の色になってんだよ。二年は赤だ。正直、どこぞの芸人かって感じの見た目になる。名前の刺繍もオレンジ色だし。一年は緑で三年は青だっけ。青はまだ紺色っぽくてかっこいいんだけどなあ。緑もなかなか目を引く。
でも運動部は様になってるんだ。不思議なほどに。
「はぁ、ねむ」
さすがに何もせずぼーっとしていると何か言われるので、ボール一つとラケットを持って、卓球場の隅に陣取る。
やることはゲームでも壁打ちでもない。ボールを落とさずにラケットで何回バウンドさせることができるか、みたいなのをやる。
なんかこれだけは妙にできるんだよなあ。
ずっとやっているとヨーヨーかけん玉をしている気分になる。カンッコンッと規則正しい音が心地いい。
百回を超えたあたりからは、いつやめようかと考えるようになる。授業終わるまでは飽きるし、かといって失敗もしていないのにやめるのはなんとなく癪だし。そんなことを考えていればいつしか二百回近くになり、結局、なんかもうそろそろいいか、ってやめる。
で、やめたところで他にすることもないので、再開するわけだ。
「へい、お兄さん。暇してる?」
なんだか安っぽいセリフを投げかけてきたのは勇樹だ。
「よかったら俺とゲームしない?」
「あいにく、へたくそなものでね。お前を楽しませる自信がない。他を当たれ」
「そんなこと言わずにさ、俺はお兄さんとゲームしたいんだけど」
と、勇樹はちょうど打ち上げたボールをつかんだ。ボールに触れるはずだったラケットが空を切る。
「お得意のバレーボールはどうした」
「先生に違う競技もやってみろって言われた」
勇樹は、自分が持ってきたボールとさっき俺から取り上げたボールを片手に持ってもてあそぶ。
「卓球台、空いてない」
「ありゃ。じゃあ、さっきの競争しねえ?」
「いいぞ。一人遊びには自信がある」
「なんかさみしくないか、それ」
自分一人で楽しめるって結構悪くないけどなあ。
とは言いつつも、家に帰って誰かいるのはうれしいものだ。
「今日の晩飯は何でしょうか」
台所で料理をしているばあちゃんに聞くと、ばあちゃんはこともなげに笑って言ったものだ。
「焼肉定食」
「なんと」
「薄切りの豚肉だけどね」
「十分です」
父さんと母さんが仕事に言った後のばあちゃんの飯はいつも以上に身に染みる。
玉ねぎとかと一緒に炒められた豚肉は、ばあちゃん特製の焼き肉のたれでいい色に染まり、添えられたキャベツがみずみずしい。それにご飯とみそ汁ときたもんだ。適当に済ませようと思っていたところだったので、よりうれしい。
「いただきます」
いわゆる生姜焼きのようでもあるが、味は醤油が強めである。にんにくもきいてるなあ。あ、ゴマもまぶしてある。だから香ばしいのか。
玉ねぎもシャキシャキと甘く、肉と一緒に食うとうまい。
豚肉といえど牛肉には負けず劣らずだ。うま味、脂身の甘味、食感。たれが豚肉のうま味を引き立てている。
これがご飯に合う。白米と一緒にかきこめば口の中が幸せだ。
みそ汁の具は豆腐とわかめ。同じ味噌だが、かつお節でしっかりと出汁を取っているからうま味がはかりしれない。豆腐のホカホカとした感じとわかめのつるんと食感もうまい。
「おいしい」
「よかった」
キャベツと一緒に肉を食う。
濃い味のたれとみずみずしいキャベツがいい塩梅だ。おいしいなあ。
なんだかうっすらと残って取れなかった気だるさがなくなっていくようである。飯を食うとは生きること、と実感する。
明日の弁当には、ばあちゃんの作り置きを入れさせてもらうとしよう。
何とか頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
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