一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百六十三話 麻婆豆腐?

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 高校の裏門にも、桜の木は植わっている。

「おぉ」

 ふっくらと膨らんだつぼみが枝のあちこちで、今か今かと開花の時を待っている。あ、下の方はもう咲いているなあ。

「なんか、ピンクいな」

 花が咲いていなくても鮮やかなものである。

 今日は大掃除。ごみ捨てを頼まれたときは面倒だと思ったけど、これが見られたのでよしとする。にしても今日はまた暖かいな。こうも温度差が激しいと体力を消耗しそうだ。

「……い。せんぱーい!」

 ん、なんか聞こえるな。風のせいでよく聞き取れない。

「一条せんぱーい!」

「あ、俺か」

 俺のことを先輩と呼ぶやつはそういない。というか最近じゃ一人ぐらいしか思い当たらないな。

「こんにちはー!」

 中庭につながる渡り廊下で、ぶんぶんと手を振りながらこちらに声をかけてくるのは橘だ。左手にはほうきが握られている。

「おー」

 手を振り返してやれば、橘は近くにいた友人らしき人物に声をかけ、こちらにやってきた。

「こんにちは!」

「よぉ、中庭の掃除か」

「はい! 先輩はゴミ出しですか?」

「まーな」

 大変ですねえ、と橘は人懐っこく笑った。そして視線を俺の後ろにやると「あっ」と明るく言った。

「桜、そろそろ咲きそうですね」

「そうだなぁ」

「先輩はお花見とか行きますか?」

 ほうきを左右に小さく揺らしながら橘が聞いてくる。その様子はなんというか、小動物のようである。

「まあ、何人かと約束はしてる」

「いいですねえ、井上先輩も一緒ですか」

「ああ、まあ」

 だと思いました、と言って橘は続けた。

「井上先輩って、咲良って名前じゃないですか。桜の花と一緒ですよね」

 あ、言われてみればそうだ。

「お前よく気が付くなあ」

「え、先輩いっつも井上先輩のこと、咲良って呼んでるじゃないですか。逆に気が付かなかったんですか?」

「案外気付かないものなんだよ」

 それより、何気に聞き流していたが。

「どうして咲良が一緒だと思ったんだ?」

 そう聞けば橘はこともなげに言ったものだ。

「だって仲いいじゃないですか。一条先輩が一緒に出掛ける人っていったら、そうかなーと」

「他の友達だとは思わなかったのか」

「それでも、井上先輩はセットでしょう」

 セットて。そんなファストフード店のメニューでもあるまいし。いつも一緒にいるわけじゃないんだけどなあ。

「あ、ほら今も」

「今?」

 何を訳の分からないことを、と思って橘を見ると、橘は笑ってある方を指さしていた。斜め上、教室棟の方か。

「……あ」

 窓を拭きながらこちらに手を振る姿が一つ。

 満面の笑みを浮かべるそいつは、同じ名前の花にも負けず劣らず、元気そうだった。



「で、さっきは何の話してたんだ?」

 帰り際、靴箱で咲良につかまった俺は橘との会話をそのまま伝えた。すると「あ、確かに」と咲良は楽しげに笑った。

「俺の名前、咲良だったなー。なーんか花見の話をするたびに引っかかってたんだけど、それかあ」

「本人が気づかないんじゃあ、俺が気付かないのも無理ねえな」

「あはは、そうだなー」

 ふーん、と咲良は頭の後ろで手を組んで、ずいぶんと日が長くなってまだ明るい空を見上げた。

「あー、腹減った。今日の晩飯何かなー」

「うちは麻婆豆腐……になる予定」

「え、なにそれ」

 不思議そうに聞いてくる咲良にどう答えたものか。本当にそうとしか言いようがないんだが。

「……初めて作るんだよ」

「麻婆豆腐? 前、作ったって言ってなかった?」

「そうじゃなくて」

 こないだ、何気なく調べたレシピ。

「味付けから、手作りなんだ」



 中華系の調味料を準備しようかとも思ったが、どうやらうちにあるもので代用できそうだったので、そうすることにした。

 味噌、醤油、砂糖。え、嘘、これでいいのか。すっげー和食になりそうなんだけど。ああ、唐辛子を入れるわけね。でもそれでもどうなんだ。まあ、まずい、ことはないか。

 まずはごま油でしょうがとニンニクを少し炒めたら、肉を炒めていく。豚肉。ああ、この香りは中華料理っぽいや。

 余分な油をふき取って、火が通ったら、そこにさっき合わせた調味料を入れてなじませる。おお、いい香り。でも、麻婆豆腐の香りじゃない。

 賽の目に切っておいた豆腐を入れ、くつくつと熱を通していく。

 最後に青ネギを散らしたら、完成だ。

「いただきます」

 思いのほか簡単にできたな。しかし、色合いが何というか、赤くない。とりあえず食ってみよう。

 うん、辛すぎず、味噌のコクがあっていい。ひりひりしないから豆腐のうま味がよく分かる。豚肉とごま油が合わさって香ばしく、しょうがの風味も爽やかだ。

 ニンニクも程よくきいてうま味がある。

 あっさりとしているが、味噌の香ばしさと肉の味、豆腐の食感とさりげなくいいアクセントになっている唐辛子のバランスがよく、ご飯が進む。

 しっかり白米に合うおかずになっている。ネギのさわやかさもいい。

「でもこれ、麻婆豆腐ではないな」

 うーん、調べたやつはちゃんと麻婆豆腐っぽかったんだけどなあ。

 ま、いいや。うまいし。ご飯進むし。

 今度は鶏のミンチで作ってみてもいいかもなあ。



「ごちそうさまでした」

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