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日常
第二百七十九話 ちゃんぽん
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「あっち行く!」
という治樹の言葉に従って道を進めば、児童公園に出た。これは格好の遊び場だな。
天気もいいので子どもの姿が多い。正直言えば近寄りたくないものだが、治樹がずんずんと進んでいくので仕方ない。
「えー……ここ行く?」
朝比奈もどうやら乗り気ではないようだ。
「なー、貴志ぃ。これやるー」
「周りに気をつけろよ」
「分かってるー」
治樹は遊具にまっしぐらだ。確かにここには、小学生受けしそうな遊具が各種設置されている。
どこかに座って眺めていようかとも思ったが、あいにく、どこの席も子どもが占拠していた。仕方ない。立っているほかないか。
「すげーな。小学生、超元気」
遊具で遊ぶ子どもらを見ながらつぶやけば、朝比奈は朝比奈でテーブルを囲む小学生の群れを見ながら、少しびっくりしたように言う。
「カードゲームでもやってんのかと思ったけど、軒並みスマホなんだな」
あ、ホントだ。みんなしてスマホの小さな画面を熱心にのぞき込んでいる。
ふと視線を逸らせば、近くのコミュニティセンターから、平均年齢高めのご婦人たちが出てきているのが見えた。あー、なんか回覧板にカルチャースクールがどうのって書いてあったような。あれか。
「あらー、楽しそう」
そのうちの何人かは公園に入ってきて、遊びまわる子どもたちを見ながら楽しそうにおしゃべりを始めた。
元気なのは小学生に限らない、か。
それから、治樹がなにをしているか眺めながら朝比奈と何でもない話をしていたら、ご婦人方がこちらに近づいて来た。
「お二人は御兄弟?」
唐突に尋ねられ、朝比奈と思わず目を合わせる。
「いえ」
「まあー。仲がいいのねえ。年はいくつ?」
「えーっと、高校二年です」
ただの世間話なのだろうが、なんとなく神経を使うのは何だろう。嫌な気分ってわけじゃないけど、なんか、気を遣う。
「若いわぁ。そういえば、さっき手を振ってた子がいたでしょう。ほら、遊具で遊んでる子。今ちょうど滑り台で降りて来たじゃない。あの子は?」
「あー……っと」
視線を朝比奈に向ける。治樹のことになると俺は大したことは知らないので、朝比奈が答えるしかない。
朝比奈は観念したように、しかし極力愛想よく答えた。
「僕の甥っ子です。小学二年生」
「あらあら、元気な盛りねえ」
「ええ、まあ……」
ご婦人方にたじたじの朝比奈を興味深く眺めていたら、洋服の後ろを引っ張られる感覚がした。振り返れば、治樹が立っている。
「どうした」
「だれ、あのおばさん。知り合い?」
「違うけど、てか、おばさんとか言うな」
後半はものすごく小声で言った。しかしまあ、おしゃべりに夢中なご婦人方には聞こえていないか。
「ふーん、なあ、春ちゃん。あっちで一緒に遊ぼうぜ」
こいつの興味はあっちこっちに飛ぶなあ。数学の難しい問題を解いているときより頭を使うかもしれない。俺もこの年の時、こんなだったのかな。
「えー、何すんの」
「ジャングルジム」
「俺が行ったらかさばるわ」
かさばるってなにー? と言いながら、治樹は俺の手を引いていこうとする。
「ちょっと待て。おい、朝比奈」
「あ、ああ」
「まあ、元気ねえ。ごめんなさいね、呼び止めちゃって。遊んできていいわよ」
やっとご婦人方に解放された朝比奈はほっとしたようにこちらへ足早に向かってきた。
「なんだ」
「ジャングルジムを一緒にやりたいんだと」
「やっぱあっち」
と、治樹は気が変わったようで、ブランコを指さした。さっきまで順番待ちの列ができていたのだが、今はちょうど空いていた。
「押せ」
「人に頼むときはなんていうんだ」
「押してください」
「よし」
普段ぼーっとしているような、主張のない朝比奈がこうやって動き回っているのを見るのはやっぱり妙な感じだ。なんというか、人間味があるというか。
「はーるちゃーん。こっちこっちー」
治樹が叫ぶ。次いで朝比奈もからかうように「春ちゃん遅いぞー」と呼んだ。
「ここでその名前を呼ぶなー」
まあ、誰も聞いていないだろうけど。
それにしたって俺はいつ解放されるのだろうか。まあ、時間はたっぷりあるからいいんだけどさ。
結局、あれから一時間近く走り回って、帰り着いたのは夕方だった。
「お疲れ」
昼ご飯の残りを少しつまんでいたら、母さんが台所から声をかけて来た。時間が経ったチャーハンは塩気が凝縮しているようで、疲れた体にはちょうどよかった。
「夜ご飯はゆっくり食べようね。動いたならお腹空いてるでしょ、早めに食べようか」
「今日何?」
「ちゃんぽん」
やった。元気出るやつだ。
お店のちゃんぽんもうまいけど、うちで作ったのもうまいんだ。
「いただきます」
乳白色のスープに薄黄色い麺。たっぷりの野菜は、キャベツ、もやし、ニンジン、トウモロコシときた。豚肉もある。
まずはスープから。ラーメンよりもあっさりとした豚骨スープ。うまいなあ。
麺は主張があまりないものの、わずかに感じる小麦の風味がたまらない。スープがしっかり絡めばうま味が倍増する。
「あー、染み渡る」
「何それ」
父さんと母さんは面白そうに笑った。
「だって疲れたんだよ……」
疲れた体には肉、という気分の日もあるが、今日は野菜がうれしい。
甘く、くたっとしたキャベツ、シャキシャキとみずみずしいもやし、スープをたっぷりと含んでほろほろの食感になったニンジン、プチッと甘みがはじけるコーン。そんでもってそれらのうま味が染み出したスープ。
これを味わうと、やっぱり麺が欲しくなるな。ズズッと勢いよくすする。これこれ、うまいなあ。豚肉も香ばしく、噛むほどに味が出てくる。
すっかり麺を食べ終わったらご飯を投入する。いつもは白米だが、今日はチャーハン。
野菜と肉、そして麺のうま味が移ったスープと一緒に、塩気のあるチャーハンが相まって、何ともいえないうま味を生み出している。チャーハンの卵がなんか妙にうまく感じる。
こうすると、うま味たっぷりのスープまで残さずおいしくいただける。まあ、塩分とかそういうこと考えたら避けるべきなのかもしれないけど。
今日ばっかりは、許していただきたいものである。
だって、頑張ったし。いいよな。
「ごちそうさまでした」
という治樹の言葉に従って道を進めば、児童公園に出た。これは格好の遊び場だな。
天気もいいので子どもの姿が多い。正直言えば近寄りたくないものだが、治樹がずんずんと進んでいくので仕方ない。
「えー……ここ行く?」
朝比奈もどうやら乗り気ではないようだ。
「なー、貴志ぃ。これやるー」
「周りに気をつけろよ」
「分かってるー」
治樹は遊具にまっしぐらだ。確かにここには、小学生受けしそうな遊具が各種設置されている。
どこかに座って眺めていようかとも思ったが、あいにく、どこの席も子どもが占拠していた。仕方ない。立っているほかないか。
「すげーな。小学生、超元気」
遊具で遊ぶ子どもらを見ながらつぶやけば、朝比奈は朝比奈でテーブルを囲む小学生の群れを見ながら、少しびっくりしたように言う。
「カードゲームでもやってんのかと思ったけど、軒並みスマホなんだな」
あ、ホントだ。みんなしてスマホの小さな画面を熱心にのぞき込んでいる。
ふと視線を逸らせば、近くのコミュニティセンターから、平均年齢高めのご婦人たちが出てきているのが見えた。あー、なんか回覧板にカルチャースクールがどうのって書いてあったような。あれか。
「あらー、楽しそう」
そのうちの何人かは公園に入ってきて、遊びまわる子どもたちを見ながら楽しそうにおしゃべりを始めた。
元気なのは小学生に限らない、か。
それから、治樹がなにをしているか眺めながら朝比奈と何でもない話をしていたら、ご婦人方がこちらに近づいて来た。
「お二人は御兄弟?」
唐突に尋ねられ、朝比奈と思わず目を合わせる。
「いえ」
「まあー。仲がいいのねえ。年はいくつ?」
「えーっと、高校二年です」
ただの世間話なのだろうが、なんとなく神経を使うのは何だろう。嫌な気分ってわけじゃないけど、なんか、気を遣う。
「若いわぁ。そういえば、さっき手を振ってた子がいたでしょう。ほら、遊具で遊んでる子。今ちょうど滑り台で降りて来たじゃない。あの子は?」
「あー……っと」
視線を朝比奈に向ける。治樹のことになると俺は大したことは知らないので、朝比奈が答えるしかない。
朝比奈は観念したように、しかし極力愛想よく答えた。
「僕の甥っ子です。小学二年生」
「あらあら、元気な盛りねえ」
「ええ、まあ……」
ご婦人方にたじたじの朝比奈を興味深く眺めていたら、洋服の後ろを引っ張られる感覚がした。振り返れば、治樹が立っている。
「どうした」
「だれ、あのおばさん。知り合い?」
「違うけど、てか、おばさんとか言うな」
後半はものすごく小声で言った。しかしまあ、おしゃべりに夢中なご婦人方には聞こえていないか。
「ふーん、なあ、春ちゃん。あっちで一緒に遊ぼうぜ」
こいつの興味はあっちこっちに飛ぶなあ。数学の難しい問題を解いているときより頭を使うかもしれない。俺もこの年の時、こんなだったのかな。
「えー、何すんの」
「ジャングルジム」
「俺が行ったらかさばるわ」
かさばるってなにー? と言いながら、治樹は俺の手を引いていこうとする。
「ちょっと待て。おい、朝比奈」
「あ、ああ」
「まあ、元気ねえ。ごめんなさいね、呼び止めちゃって。遊んできていいわよ」
やっとご婦人方に解放された朝比奈はほっとしたようにこちらへ足早に向かってきた。
「なんだ」
「ジャングルジムを一緒にやりたいんだと」
「やっぱあっち」
と、治樹は気が変わったようで、ブランコを指さした。さっきまで順番待ちの列ができていたのだが、今はちょうど空いていた。
「押せ」
「人に頼むときはなんていうんだ」
「押してください」
「よし」
普段ぼーっとしているような、主張のない朝比奈がこうやって動き回っているのを見るのはやっぱり妙な感じだ。なんというか、人間味があるというか。
「はーるちゃーん。こっちこっちー」
治樹が叫ぶ。次いで朝比奈もからかうように「春ちゃん遅いぞー」と呼んだ。
「ここでその名前を呼ぶなー」
まあ、誰も聞いていないだろうけど。
それにしたって俺はいつ解放されるのだろうか。まあ、時間はたっぷりあるからいいんだけどさ。
結局、あれから一時間近く走り回って、帰り着いたのは夕方だった。
「お疲れ」
昼ご飯の残りを少しつまんでいたら、母さんが台所から声をかけて来た。時間が経ったチャーハンは塩気が凝縮しているようで、疲れた体にはちょうどよかった。
「夜ご飯はゆっくり食べようね。動いたならお腹空いてるでしょ、早めに食べようか」
「今日何?」
「ちゃんぽん」
やった。元気出るやつだ。
お店のちゃんぽんもうまいけど、うちで作ったのもうまいんだ。
「いただきます」
乳白色のスープに薄黄色い麺。たっぷりの野菜は、キャベツ、もやし、ニンジン、トウモロコシときた。豚肉もある。
まずはスープから。ラーメンよりもあっさりとした豚骨スープ。うまいなあ。
麺は主張があまりないものの、わずかに感じる小麦の風味がたまらない。スープがしっかり絡めばうま味が倍増する。
「あー、染み渡る」
「何それ」
父さんと母さんは面白そうに笑った。
「だって疲れたんだよ……」
疲れた体には肉、という気分の日もあるが、今日は野菜がうれしい。
甘く、くたっとしたキャベツ、シャキシャキとみずみずしいもやし、スープをたっぷりと含んでほろほろの食感になったニンジン、プチッと甘みがはじけるコーン。そんでもってそれらのうま味が染み出したスープ。
これを味わうと、やっぱり麺が欲しくなるな。ズズッと勢いよくすする。これこれ、うまいなあ。豚肉も香ばしく、噛むほどに味が出てくる。
すっかり麺を食べ終わったらご飯を投入する。いつもは白米だが、今日はチャーハン。
野菜と肉、そして麺のうま味が移ったスープと一緒に、塩気のあるチャーハンが相まって、何ともいえないうま味を生み出している。チャーハンの卵がなんか妙にうまく感じる。
こうすると、うま味たっぷりのスープまで残さずおいしくいただける。まあ、塩分とかそういうこと考えたら避けるべきなのかもしれないけど。
今日ばっかりは、許していただきたいものである。
だって、頑張ったし。いいよな。
「ごちそうさまでした」
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