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日常
第二百八十八話 カップ麺
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今回は父さんと母さんも俺と同じ時間に家を出発するらしい。
「本当、気を付けてね」
「大丈夫。もう普通に歩けるよ」
マンションのエントランスホールで再三の念押しの後、二人はやっと出発した。今日は俺が見送る立場である。
「さて、行くか……」
「おおー、ナイスタイミング」
と、やってきたのは咲良だ。こいつ、最近ちょくちょく迎えに来るんだよなあ。咲良は屈託のない笑みを浮かべ「おはよ」と言った。
「おう、おはよう。また来たのか」
「なんかこっち来たくて。さっきの、親?」
「ああ。今日から仕事だと」
しっかり湿布を貼って、サポーターもして、と無理しないでいたら何とか治ってくれた足である。普通に歩ける登校はなんだかすがすがしい。ありがたいものだ。
「あ、そういや今日学食だわ、俺」
「おー、分かった」
「でもなあ、なんか今日学食で食う気分じゃないんだよなあ」
「なんだそれは」
じゃあどうやって食うつもりなんだ。見る限り、コンビニで何か買ってきた様子でもないし。
「屋上行こ。春都、足、大丈夫?」
「問題ない」
「じゃ、決定」
朝のうちにパン買っとこ、と咲良は鼻歌交じりにつぶやいた。
さっきまでどこかしらでさえずっていた小鳥が大人しくなる。咲良の鼻歌せいか、とも思ったが、気分がよさそうだったので、言わないでおくことにした。
春の屋上はとても暖かい。むしろ暑いくらいでもある。
「日が当たるとこは暑いなあ」
と、咲良は学ランの腕をまくっていたが、飯を食っている途中に我慢ならなくなったのか上着を脱いでしまった。長袖のピシッとしたアンダーシャツに半袖のワイシャツという格好。そりゃ暑そうだ。
「そんだけ着てたら暑いだろうな」
「だって朝寒かったし」
「まあ、それはそうか」
今日の昼飯までは、母さんの弁当だ。今日は甘辛いたれで焼かれた豚肉がご飯の上にどんとのっている。もちろん、卵焼き付きで。
この香ばしさと甘みがたまらないんだよなあ。白米によく合う。
焼くときに、染み出した油をふき取ってくれているので脂っこさはないものの、ちゃんとうま味はあるし、食べ応えもある。
「春都は暑くねーの?」
「まあ、暑いけど。脱ぐほどじゃない」
しかし熱気はこもるので前は開けている。学校指定のワイシャツは、薄いようでいて風通しが悪い。寒い冬にはもってこいだが、こういう中途半端な時期は考え物だ。
「なんかさあ、最近、四季がなくね?」
メロンパンをかじりながら咲良が顔をしかめる。
「もうちょっと過ごしやすい時期があってもいいと思うんだけど?」
「そうだなあ」
「どうにかしてくれ」
「俺に言われても」
あー、卵焼きうまい。この味、やっぱ自分じゃ出せないんだよなあ。甘みが強めで、半熟じゃないのにジュワッとする感じ。おいしいな。
「春都の弁当うまそうだなー」
「うまいぞ」
「やっぱ弁当いいよなー」
パンもうまいけどさあ、と咲良はコーヒー牛乳を飲む。ほんとこいつ甘いものに甘いもの組み合わせられるんだよなあ。無理ではないけど、そうしょっちゅうはできない組み合わせだと俺は思うのだが。
こないだはかつ丼にイチゴミルクだっけ。肉うどんとバナナオレってときもあったな。甘いものに甘いもの、というか、組み合わせが独創的というか。
「ん? どした?」
「いや……」
口に含んだ卵焼きを咀嚼し、飲み込んで言う。
「お前の味覚はどうなってんだろうなあ、と」
「えっなに。悪口?」
「違う。ただ単に気になるだけだ。お前の飯の組み合わせ、たまに分かんねーときあるから」
「それやっぱ悪口じゃね?」
そんなつもりはないのだが。しかし咲良は気を悪くしたそぶりも見せず、むしろわくわくした調子で言った。
「イチゴには練乳かけるなあ」
「それはまあ、分かるけど」
「で、余った練乳はそのまま飲む!」
「……そういうとこだよなあ」
やっぱり、人の味覚って全然違うよなあ。だから好き嫌いもあるんだろうけど。
それにしたって、練乳飲むって発想はなかったなあ。
世の中には色々な飯の組み合わせがある。星の数ほどあるそんな組み合わせの中でも、俺としては、外せないものがある。
ラーメンに餃子。これは完璧な組み合わせではなかろうか。
というわけで今日の晩飯はそれにする。ラーメンはカップ麺だし、餃子は冷凍だが、それでいいのである。
カップ麺はすぐできるので先に餃子を。油をひかずにフライパンに並べ、焼いていく。これは野菜たっぷりらしい。それなら、とカップ麺は塩にした。塩ラーメンは野菜と相性がいいと思う。
「よし、焼けたな」
皿に移したら、沸かしておいたお湯をカップに注ぎ、待つ。
「できたか……いただきます」
まずはラーメンから。麺をほぐし、一口すする。
やわらかいような、それでいてちゃんと歯ごたえもある麺の感じ。カップ麺らしいその麺の食感がたまらなくうまく感じるときがある。まさしく今がそれだ。塩味とうま味の濃いスープをまとえば、よりおいしい。トッピングのごまがいい感じだ。
野菜たっぷりの餃子はあっさりとしている。ポン酢と酢で食べるのがうまい。酸味と、野菜の甘味とほんのりとした苦みは相性がいい。
食感もいいな。じゃき、じゃき、とした歯触り。肉が少なめではあるが、食べ応えも十分だ。
麺を食べ終わったらご飯を入れる。ラーメンのスープにご飯、というのはうまいものだ。塩は特に合う気がする。
さっぱりと、それでいてうま味がギュッと染みた塩ラーメンのスープ、ご飯の甘味、ほろほろっとほどける口当たり。うまいなあ。たまに残った麺が出てくると、ちょっと得した気分になる。
人それぞれ、うまいと思うものは違う。それって当たり前だよな。
しかし、練乳を飲むのか……まあ、その気持ちがわかる、というやつもいるんだろうけど。
……うん、無理して理解しなくてもいいか。俺には俺のうまいものがあるんだしな。
「ごちそうさまでした」
「本当、気を付けてね」
「大丈夫。もう普通に歩けるよ」
マンションのエントランスホールで再三の念押しの後、二人はやっと出発した。今日は俺が見送る立場である。
「さて、行くか……」
「おおー、ナイスタイミング」
と、やってきたのは咲良だ。こいつ、最近ちょくちょく迎えに来るんだよなあ。咲良は屈託のない笑みを浮かべ「おはよ」と言った。
「おう、おはよう。また来たのか」
「なんかこっち来たくて。さっきの、親?」
「ああ。今日から仕事だと」
しっかり湿布を貼って、サポーターもして、と無理しないでいたら何とか治ってくれた足である。普通に歩ける登校はなんだかすがすがしい。ありがたいものだ。
「あ、そういや今日学食だわ、俺」
「おー、分かった」
「でもなあ、なんか今日学食で食う気分じゃないんだよなあ」
「なんだそれは」
じゃあどうやって食うつもりなんだ。見る限り、コンビニで何か買ってきた様子でもないし。
「屋上行こ。春都、足、大丈夫?」
「問題ない」
「じゃ、決定」
朝のうちにパン買っとこ、と咲良は鼻歌交じりにつぶやいた。
さっきまでどこかしらでさえずっていた小鳥が大人しくなる。咲良の鼻歌せいか、とも思ったが、気分がよさそうだったので、言わないでおくことにした。
春の屋上はとても暖かい。むしろ暑いくらいでもある。
「日が当たるとこは暑いなあ」
と、咲良は学ランの腕をまくっていたが、飯を食っている途中に我慢ならなくなったのか上着を脱いでしまった。長袖のピシッとしたアンダーシャツに半袖のワイシャツという格好。そりゃ暑そうだ。
「そんだけ着てたら暑いだろうな」
「だって朝寒かったし」
「まあ、それはそうか」
今日の昼飯までは、母さんの弁当だ。今日は甘辛いたれで焼かれた豚肉がご飯の上にどんとのっている。もちろん、卵焼き付きで。
この香ばしさと甘みがたまらないんだよなあ。白米によく合う。
焼くときに、染み出した油をふき取ってくれているので脂っこさはないものの、ちゃんとうま味はあるし、食べ応えもある。
「春都は暑くねーの?」
「まあ、暑いけど。脱ぐほどじゃない」
しかし熱気はこもるので前は開けている。学校指定のワイシャツは、薄いようでいて風通しが悪い。寒い冬にはもってこいだが、こういう中途半端な時期は考え物だ。
「なんかさあ、最近、四季がなくね?」
メロンパンをかじりながら咲良が顔をしかめる。
「もうちょっと過ごしやすい時期があってもいいと思うんだけど?」
「そうだなあ」
「どうにかしてくれ」
「俺に言われても」
あー、卵焼きうまい。この味、やっぱ自分じゃ出せないんだよなあ。甘みが強めで、半熟じゃないのにジュワッとする感じ。おいしいな。
「春都の弁当うまそうだなー」
「うまいぞ」
「やっぱ弁当いいよなー」
パンもうまいけどさあ、と咲良はコーヒー牛乳を飲む。ほんとこいつ甘いものに甘いもの組み合わせられるんだよなあ。無理ではないけど、そうしょっちゅうはできない組み合わせだと俺は思うのだが。
こないだはかつ丼にイチゴミルクだっけ。肉うどんとバナナオレってときもあったな。甘いものに甘いもの、というか、組み合わせが独創的というか。
「ん? どした?」
「いや……」
口に含んだ卵焼きを咀嚼し、飲み込んで言う。
「お前の味覚はどうなってんだろうなあ、と」
「えっなに。悪口?」
「違う。ただ単に気になるだけだ。お前の飯の組み合わせ、たまに分かんねーときあるから」
「それやっぱ悪口じゃね?」
そんなつもりはないのだが。しかし咲良は気を悪くしたそぶりも見せず、むしろわくわくした調子で言った。
「イチゴには練乳かけるなあ」
「それはまあ、分かるけど」
「で、余った練乳はそのまま飲む!」
「……そういうとこだよなあ」
やっぱり、人の味覚って全然違うよなあ。だから好き嫌いもあるんだろうけど。
それにしたって、練乳飲むって発想はなかったなあ。
世の中には色々な飯の組み合わせがある。星の数ほどあるそんな組み合わせの中でも、俺としては、外せないものがある。
ラーメンに餃子。これは完璧な組み合わせではなかろうか。
というわけで今日の晩飯はそれにする。ラーメンはカップ麺だし、餃子は冷凍だが、それでいいのである。
カップ麺はすぐできるので先に餃子を。油をひかずにフライパンに並べ、焼いていく。これは野菜たっぷりらしい。それなら、とカップ麺は塩にした。塩ラーメンは野菜と相性がいいと思う。
「よし、焼けたな」
皿に移したら、沸かしておいたお湯をカップに注ぎ、待つ。
「できたか……いただきます」
まずはラーメンから。麺をほぐし、一口すする。
やわらかいような、それでいてちゃんと歯ごたえもある麺の感じ。カップ麺らしいその麺の食感がたまらなくうまく感じるときがある。まさしく今がそれだ。塩味とうま味の濃いスープをまとえば、よりおいしい。トッピングのごまがいい感じだ。
野菜たっぷりの餃子はあっさりとしている。ポン酢と酢で食べるのがうまい。酸味と、野菜の甘味とほんのりとした苦みは相性がいい。
食感もいいな。じゃき、じゃき、とした歯触り。肉が少なめではあるが、食べ応えも十分だ。
麺を食べ終わったらご飯を入れる。ラーメンのスープにご飯、というのはうまいものだ。塩は特に合う気がする。
さっぱりと、それでいてうま味がギュッと染みた塩ラーメンのスープ、ご飯の甘味、ほろほろっとほどける口当たり。うまいなあ。たまに残った麺が出てくると、ちょっと得した気分になる。
人それぞれ、うまいと思うものは違う。それって当たり前だよな。
しかし、練乳を飲むのか……まあ、その気持ちがわかる、というやつもいるんだろうけど。
……うん、無理して理解しなくてもいいか。俺には俺のうまいものがあるんだしな。
「ごちそうさまでした」
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