一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百七話 アスパラの一本揚げ

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 一日中うまくいかない、歯車がかみ合わない日があるのも確かだが、逆に、何事もなく平穏無事に過ごすことができる日があるのも事実。

「あ~、よく寝た」

 ずいぶんぐっすり眠れたようで、いつにもまして寝起きがすっきりしている。

 さて、朝ごはんは何を食べようか。そういえばウインナーの徳用パックがあったなあ。薄くスライスしたウインナーをカリカリに焼いたの、好きなんだ。それと目玉焼き。半熟にして、ウインナーにつけて食べたい。

「わふっ」

「おはよう、うめず」

 パタパタとしっぽを振り、毛並みは朝日に照らされて金色にきらめいている。うめずも今日はご機嫌だ。

 薄く切ったウインナーを炒める。ぱちぱちとはじける音にわくわくする。ウインナーを皿に移したら卵を二つ落として焼いていく。何とか黄身を割らずきれいにできた。

「いただきます」

 ウインナーはかりさくっと香ばしく、プリプリとした部分との歯触りの違いがたまらない。ほのかに香る香辛料、濃い目の肉の味がおいしい。

 目玉焼きは醤油をかける。とてもまろやかだ。ウインナーにつければ卵の香りが立つ。

 白身のとこ、結構好きなんだよなあ。プリプリしてて、あっさりで。ゆで卵も白身の方が好き。

 ご飯をかきこみ、みそ汁を飲む。今日はわかめの味噌汁だ。口当たりとかすかな海藻の風味がいい。

「ごちそうさまでした」

 今日は余裕を持って登校できそうだ。



 今日は一日晴れの予報。空はすがすがしく青い。

「おはよー、春都」

 校門前で咲良と会った。

「なんか今日は早いね?」

「ああ、なんかうまいこと目が覚めた」

「俺はさあ、夢見悪くて夜中から起きっぱなし。学校来た方が気がまぎれるかなーと思って早めに出てきた」

 なんか気分がのらねー、と咲良は大あくびをした。

「どんな夢見たんだ?」

「それは忘れたんだけど、なんか気分悪い感じ」

「そういうことあるよなあ」

 はっきり夢の内容は覚えてないけど、なんかヤな感じ。案外そういうことの方が多い気がする。

 咲良はふとこちらを向いて言った。

「なんか今日、春都、機嫌いいな」

「あ? いつも通りだろ」

「いやなんつーか、余裕がある感じっていうの? 雰囲気が優しい」

「なんだそれは。俺はいつも優しい」

「えー?」

 咲良が笑って言う。まあ、確かにいつもより気分にゆとりがあるのも確かだ。なんだろうな、これ。たまにあるんだよ。いつもこうだったらいいのになあ、と思うほどの穏やかな気分。

「いつもは結構辛辣じゃん」

「はは、なんとでも言え。今ならある程度のことは許せる」

「あとが怖いって」

 失礼な。そんな人を血も涙もないように言いやがって。咲良はそうだなあ、とつぶやいて続けた。

「じゃあ、今日の昼、学食一緒行こうぜ」

「いつも通りじゃねえか」



 昨日の分の不運を取り返すかのように、今日はずいぶんついている。

「ただいまー」

「ああ、おかえり。春都」

 家に帰ると、ばあちゃんが台所に立っていた。

「ちょうどさっき来たところだった。もうすぐしたらお風呂入るからね」

「ん、ありがとう」

 ちょっとだけ台所をのぞき込んでみる。

「今日は何?」

「お客さんからアスパラをたくさんもらったの、ほら」

「わ、いっぱい」

「日持ちするものでもないでしょう」

 たっぷりの油が鍋に出ているところを見るに、揚げ物をするのだろう。

 いやあ、楽しみだなあ。

 と、その時、湯船に湯がたまった合図が鳴った。

「ほら、お風呂入っちゃいなさい」

「はーい」



 台所からは規則正しく心地よい音が聞こえる。包丁とまな板が触れ、キャベツが切れる音だ。皿に山盛りになっているのはキャベツの千切りである。

 そしてもう一つの皿にはトンカツ。それに、アスパラを丸ごと揚げたもの。

「うまそう」

「ほら、揚げたてのうちに食べちゃいなさい」

「いただきます」

 とんかつに白米。その光景に自然と腹が鳴る。

 とんかつソースにすりごまを混ぜてある、ばあちゃん特製のソースをつけて食べる。サクッとした衣、分厚い肉、香ばしく爽やかなソース。ああ、なんと完璧なバランスだろう。噛むほどにあふれ出る肉のうま味と脂の甘味がおいしい。

 これにご飯。最高だよね。

 さて、アスパラはどうだろう。

「うわ、すげーおいしい」

「でしょう? うちでしてみたらすごくおいしかったから、春都にも食べてほしいと思ってね」

 サクサクの衣を噛んで出てくるのはみずみずしく、歯ごたえのあるアスパラ。丁寧に皮を処理しているから筋もなくおいしい。アスパラ特有の青い風味と甘さが口いっぱいに広がり、ソースの酸味は控えめ、これは、ものすごくおいしい。

 それに、食べてほしい、と思って作ってもらった嬉しさもある。

 とんかつにはからしもつけて食べてみる。ピリッと辛く、味が引き締まるのだ。

 アスパラはからしをつけない方が好きだなあ。ソースだけでもうアスパラのうま味が引き立つから、十分なんだ。

 あ、塩もいい。シンプルであっさりと食べられる。

「嫌なことがあっても、そのあとはいいことが待ってんだなあ……」

「なあに、どうしたの?」

「いや、それがさ……」

 向かいに座るばあちゃんに昨日からの顛末を話しながら食事を進める。

 終わり良ければすべて良し、というのもいいが、最初から最後までよければもっとよし、だよなあ。



「ごちそうさまでした」

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