一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
326 / 893
日常

第三百十四話 エビフライ

しおりを挟む
 日曜の朝、ソファに座ってうめずの相手をしていたら電話がかかってきた。

「もしもし」

『春都、久しぶりに声聞くなあ。元気?』

「元気だよ。父さんは?」

『まあ、ぼちぼち』

 電話の向こうで父さんは笑った。

『来月ごろには帰れそうだから、連絡しとこうと思って』

「あー、そうなんだ。今回結構長かったね」

『そうだねえ。結構立て込んでて』

 しばらくはうめずも電話に興味津々だったが、今はおもちゃに意識が向いている。

『はっきり日程が分かったら、また連絡するよ』

「分かった」

 うめずがおもちゃをくわえてソファに飛び乗ると、ソファが少し軋む。こいつ、だいぶでかくなったなあ。俺の隣でおとなしくおもちゃと戯れ始める。

『学校はどう?』

「あー……今試験前で、文化祭の準備も始まってる」

『文化祭かあ。いつある?』

「来月」

『それって一般開放あったよね。行ってみようかな』

 両親ともにうちの学校の卒業生ではないので、校内が気になるらしい。確か母さんのお姉さん二人はうちの学校出身だったようだけど。まあ、姉妹だからって学校には行かないか。それに、最近建て替わってるから昔とはずいぶん違うだろうし。

「俺、有志発表とか出ないけど」

『あ、そうなんだ。じゃあ、見るだけ?』

「いや。図書館のイベント手伝いかなあ」

『そっかそっか』

 それはそれで大事な仕事だ、と父さんは言うと、少し間をおいてとんでもないことを提案した。

『咲良君と有志発表したら?』

「え、なんで。ていうか何しろって言うの」

『バンド演奏とか?』

「無理無理。ギターに触ったこともないし、歌うのも無理」

『せっかくなんだからやればいいのに~』

 からかい半分、本気半分、といったような口調で父さんはそう言って笑う。

『まあ、無理はしなくていいんだけどね。ちょっとくらい羽目外してもいいんじゃない?』

「え~……?」

 楽しそうだなあ、とは思うが、自分でやろうとは思わないなあ。図書館のイベント手伝いですら乗り気じゃないのに。

「図書館じゃポップコンテストあるんだけどさ」

『うん』

「投票箱持って立ってるんだけど、そん時、着ぐるみ着てもいいかなとは思う」

『あはは。確かに、顔見えないもんね。それに、しゃべらなきゃ誰だか分かんないか』

「しゃべっても分かりづらいと思う。名前呼ばれでもしなけりゃ」

『着ぐるみの貸し出し、してくれるところ知ってるよ。あとで知り合いに資料取り寄せてもらうよ』

 えっ。何もそんな本気にしなくても。

 しかし父さんがやけに楽しそうだったので遠慮できなかった。

「提案してみるよ」

『イベントごとで使う道具の貸し出しをしてるところでね。結構古くからの知り合いだから、良くしてくれると思うよー』

 なるほど。いや、でもそれで採用されなかったら申し訳ないのだが。

 そう言う前に、父さんは先回りするように言った。

『利用しなかったらどうしよう、とか気にしなくていいからね』

「あ、そう」

『気楽にしてていいよ』

 そう言って父さんは笑うと『あ、そうだ』と話を変えた。

『知り合いで思い出した。冷凍のエビフライたくさんもらったから、送ってるよ。今日ぐらいに着くんじゃないかな』

「エビフライをたくさん」

『そう。知り合いにね、春都がご飯食べるの好きって話したら、もらっちゃって。たくさんあるし、すぐ悪くなるものでもないから、よかったら食べて』

「ありがとう」

 エビフライか。

 タルタルソースとかキャベツとか、準備しとかないとな。



 父さんが言ったとおり、その日の昼、エビフライは届いた。

「エビフライ……仰々しいな」

 しっかり冷凍された、箱詰めのエビフライ。やけに高そうだ。高級品なのでは?

 大ぶりだし、衣もきれいで、箱にはでっかいえびの絵が描かれている。スーパーではまず見かけないような代物だ。

 ちなみに、着ぐるみの資料は明日届くらしい。仕事が早い。

 立派なエビフライは、今日の晩飯とする。といってもまだまだ量はあるので、しばらくエビフライには困らないな。

 たっぷりの油を鍋に注ぐ。温まったところでエビフライを……

「重い」

 ずっしり、しっかりと重みがある。あ、尻尾もきれいだな。

 じゅぅわあぁ、と油に沈み込むエビフライは、なんか、すごく迫力がある。でかいえびから気泡が立つ様子は、調理中とは思えない何かを感じる。鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが、かろうじてそれが食材であることを教えてくれる。

「こんなもんか」

 何とかして引き上げる。うん、ちゃんとエビフライだ。

 レモン汁も用意しよう。

「いただきます」

 とりあえず、タルタルソースをかけてみる。市販のを買ってきたが……量は足りるだろうか。それぐらいエビがでかい。

 衣は厚めで、ざくざくっと食感がいい。そして、その衣の分厚さに負けないほど立派なえびだ。プリプリ通り越してんな、これ。

 食感と大きさに驚いてしまったが、味もかなりのものだ。

 凝縮されたえびの香りが、歯を入れることではじけだす。噛み応えのあるえびはジューシーで、衣の香ばしさもたまらない。高いエビフライの味だが、いつものタルタルソースのまろやかな酸味がよく合う。

 レモンもかけてみる。さっぱりとした風味がいい。

 ちょっと箸休めに千切りキャベツ。ドレッシングの味と、食べ慣れたキャベツの青さがほっとする。

 そしてもう一度、エビフライに挑む。

 衣がしんなりとしたところは、よりえびの食感を感じやすい。こんなにえびを感じるエビフライは初めてだ。

 ご飯をかきこむ。うん、合う。

 エビフライなら弁当に入れてもいいなあ、と思ったが、これ、入らんだろ。

 ああ、でもエビフライ丼みたいな感じにすればいけるか。……いけるか? まあ、今度試してみよう。入らなかったときは、朝飯のおかずにすればいい。

 今度は、パンで食ってみてもいいかもな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...