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日常
第三百六十八話 梅しそ巻き
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昼休み、弁当箱を開けた咲良が「あっ」とうれしそうな顔をした。
「どうした」
「オクラ巻きが入ってんなーと思って。トマトもある」
「ああ、季節だもんな」
肉で野菜を巻いたやつって、なんかテンション上がるよなあ。肉だけ、野菜だけ、ってのもいいけど、野菜と肉が一緒になったらもっと嬉しい。
「俺さぁ、小さい頃はオクラもトマトも苦手だったんだよねー」
と、咲良はオクラのベーコン巻きを食べた。
「そうなん」
「そー。この青さとねばねばがどうしてもなー。でも、今は大好物」
咲良は、今度はプチトマトの豚肉巻きを口に含んだ。
「トマトは中身がだめだった」
「そういう理由でトマト嫌いなやつ、多いよな」
「こんなにうまいのに、なんで嫌いだったんだろうなあ」
そういう食べ物って少なくない。特に癖のある食べ物は、小さい頃は嫌いでもちょっと成長すると何でもなく食べられるようになる、ってことが多い気がする。まあ、ずっと苦手なものも当然あるんだろうけど。
「春都はそーいう食べ物、ある?」
「俺は……」
ふと考える。今じゃ、好きの濃淡こそあれど、嫌いな食べ物というのはないなあ。でも、小さいころ苦手だったものといえば……
「生しそと納豆」
「癖強いもんな、両方とも」
咲良は納得したように頷いた。
今日の俺の弁当のご飯は、しそおにぎりだ。梅干しと漬けていたもので、紫のような赤のような色がきれいだ。噛みしめるほどに程よい酸味としその香りが立つ。
「漬けたのとか、揚げたのとかはまだよかったけど、あの寿司とかに入ってるやつがどうもなあ」
「あー、そういうのあるよなー。同じ苦手な食い物でも、これならいける、っていう調理法」
「納豆はただの食わず嫌いだったけどな」
キムチとかと混ぜるとうまい。高菜や、マヨネーズもいいんだ。揚げに入れて焼くのもいいし、オクラとか魚とかと混ぜるのもおいしいよな。
「食わず嫌いな。俺、チーズがそうだった。見た目がなんかだめだったんだよな~」
こないだピザ食った時、チーズ増し増しだったよな、こいつ。咲良は最後のオクラ巻きを大事そうに食べて言った。
「ほら、修学旅行とかで行った『森の家』にさ、チーズの専門店あるじゃん? そこ行ったときにうまい食い方知ってさあ。クリームチーズにわさび醤油、かつお節かけて」
「そんなんうまいに決まってる」
「な? 二階のレストランじゃカマンベールチーズ食ったし、モッツァレラチーズもうまかったし」
弁当を片付けて、当然のように図書館に向かう。
その道中、咲良は話を続ける。
「そん時に食わず嫌いってもったいねえなあ、って思ったんだよ。だから、気になったもんは食うようにしてる」
「そこら辺の草とか食うなよ」
「食わねえよ。俺を何だと思ってる」
「腹減ったら食いそう」
「それを言うなら春都もだろぉ」
咲良は笑って言う。なんでだよ、俺も食わねえよ。
まあでも、体に害がない範囲でなら、なんでも食ってみるのはありかもしれない。アレルギーとかなければな。だからって道端の草とかは食わねえけど。
「苦手だった食べ物?」
「食わず嫌いとか」
図書館も暇そうだったので、漆原先生に聞いてみる。先生は律儀に考えて答えてくれた。
「梅干しだな。なんかだめだった」
「あー、梅干し」
それも風味が独特だからな。先生は笑って言った。
「白米とも合うが、酒飲むようになって余計においしいと思うようになったな。焼酎と合うんだ」
「酒は分かんないですね」
「酒を飲めるようになったら、うまいと思えるものが増えるぞぉ」
はー、と先生は背もたれに身を預けて長いため息をついた。
「毎日飲んでんすか」
咲良が聞けば、先生は実に残念そうに首を横に振った。
「週末だけさ。まあ、たまに平日にも飲むけどな。本格的に飲むのは、週末だ」
「へー、そうなんすね」
「次の日がゆっくりあるときじゃないと、飲んだ気がしないんだ。ま、忙しかろうが飲むときは飲むがな」
と、先生は豪快に笑ったのだった。
肉で野菜を巻いたものはワクワクするが、それがぐるぐる巻きだとまた違った心躍る感じがある。
しそとたたいた梅肉を豚肉で巻いて、衣をつけて揚げたしそ巻きカツ。その断面はいい景色だ。
「いただきます」
普通のとんかつと同じようにソースをかけ、すりごまをかけて食う。
一口目は普通のカツっぽい。衣の香ばしさと豚肉のうま味。しかし噛むと、梅肉の口当たりと酸味が突然現れる。一瞬、うっと口がすぼみ、唾液があふれ出す。
「これ巻くの、お父さんも手伝ってくれたのよ」
母さんが付け合わせのキャベツを食べながら言う。キャベツにはいつものドレッシングをかけているが、なんだかとんかつ屋さんのキャベツを食べているような気分である。
「あ、そうなんだ」
「結構大変なんだなあ」
父さんはのんびりと言ってカツを一口食べた。
しそはどこにあるんだろう、と思うが、噛みしめていくとその香りは現れる。
梅の香りとはまた違う、独特の風味。苦手かな? と思いそうではあるが、味わっていくと、苦手じゃなくなるんだ。
豚の味わいとがっつりとした衣の感じが、梅としそでうまいことあっさりしてパクパク食べてしまう。苦手というより、むしろ好きだ。
それに、揚げるとしそは香りが少々控えめになる。これで食えるようになったんだよな、しそ。でも、確かに香る。それがいい。ご飯も進むってもんだ。
大好物になった、とまではいかないけど、こうやってうまいと思えるものが増えるのは、うれしいことだよな。
「ごちそうさまでした」
「どうした」
「オクラ巻きが入ってんなーと思って。トマトもある」
「ああ、季節だもんな」
肉で野菜を巻いたやつって、なんかテンション上がるよなあ。肉だけ、野菜だけ、ってのもいいけど、野菜と肉が一緒になったらもっと嬉しい。
「俺さぁ、小さい頃はオクラもトマトも苦手だったんだよねー」
と、咲良はオクラのベーコン巻きを食べた。
「そうなん」
「そー。この青さとねばねばがどうしてもなー。でも、今は大好物」
咲良は、今度はプチトマトの豚肉巻きを口に含んだ。
「トマトは中身がだめだった」
「そういう理由でトマト嫌いなやつ、多いよな」
「こんなにうまいのに、なんで嫌いだったんだろうなあ」
そういう食べ物って少なくない。特に癖のある食べ物は、小さい頃は嫌いでもちょっと成長すると何でもなく食べられるようになる、ってことが多い気がする。まあ、ずっと苦手なものも当然あるんだろうけど。
「春都はそーいう食べ物、ある?」
「俺は……」
ふと考える。今じゃ、好きの濃淡こそあれど、嫌いな食べ物というのはないなあ。でも、小さいころ苦手だったものといえば……
「生しそと納豆」
「癖強いもんな、両方とも」
咲良は納得したように頷いた。
今日の俺の弁当のご飯は、しそおにぎりだ。梅干しと漬けていたもので、紫のような赤のような色がきれいだ。噛みしめるほどに程よい酸味としその香りが立つ。
「漬けたのとか、揚げたのとかはまだよかったけど、あの寿司とかに入ってるやつがどうもなあ」
「あー、そういうのあるよなー。同じ苦手な食い物でも、これならいける、っていう調理法」
「納豆はただの食わず嫌いだったけどな」
キムチとかと混ぜるとうまい。高菜や、マヨネーズもいいんだ。揚げに入れて焼くのもいいし、オクラとか魚とかと混ぜるのもおいしいよな。
「食わず嫌いな。俺、チーズがそうだった。見た目がなんかだめだったんだよな~」
こないだピザ食った時、チーズ増し増しだったよな、こいつ。咲良は最後のオクラ巻きを大事そうに食べて言った。
「ほら、修学旅行とかで行った『森の家』にさ、チーズの専門店あるじゃん? そこ行ったときにうまい食い方知ってさあ。クリームチーズにわさび醤油、かつお節かけて」
「そんなんうまいに決まってる」
「な? 二階のレストランじゃカマンベールチーズ食ったし、モッツァレラチーズもうまかったし」
弁当を片付けて、当然のように図書館に向かう。
その道中、咲良は話を続ける。
「そん時に食わず嫌いってもったいねえなあ、って思ったんだよ。だから、気になったもんは食うようにしてる」
「そこら辺の草とか食うなよ」
「食わねえよ。俺を何だと思ってる」
「腹減ったら食いそう」
「それを言うなら春都もだろぉ」
咲良は笑って言う。なんでだよ、俺も食わねえよ。
まあでも、体に害がない範囲でなら、なんでも食ってみるのはありかもしれない。アレルギーとかなければな。だからって道端の草とかは食わねえけど。
「苦手だった食べ物?」
「食わず嫌いとか」
図書館も暇そうだったので、漆原先生に聞いてみる。先生は律儀に考えて答えてくれた。
「梅干しだな。なんかだめだった」
「あー、梅干し」
それも風味が独特だからな。先生は笑って言った。
「白米とも合うが、酒飲むようになって余計においしいと思うようになったな。焼酎と合うんだ」
「酒は分かんないですね」
「酒を飲めるようになったら、うまいと思えるものが増えるぞぉ」
はー、と先生は背もたれに身を預けて長いため息をついた。
「毎日飲んでんすか」
咲良が聞けば、先生は実に残念そうに首を横に振った。
「週末だけさ。まあ、たまに平日にも飲むけどな。本格的に飲むのは、週末だ」
「へー、そうなんすね」
「次の日がゆっくりあるときじゃないと、飲んだ気がしないんだ。ま、忙しかろうが飲むときは飲むがな」
と、先生は豪快に笑ったのだった。
肉で野菜を巻いたものはワクワクするが、それがぐるぐる巻きだとまた違った心躍る感じがある。
しそとたたいた梅肉を豚肉で巻いて、衣をつけて揚げたしそ巻きカツ。その断面はいい景色だ。
「いただきます」
普通のとんかつと同じようにソースをかけ、すりごまをかけて食う。
一口目は普通のカツっぽい。衣の香ばしさと豚肉のうま味。しかし噛むと、梅肉の口当たりと酸味が突然現れる。一瞬、うっと口がすぼみ、唾液があふれ出す。
「これ巻くの、お父さんも手伝ってくれたのよ」
母さんが付け合わせのキャベツを食べながら言う。キャベツにはいつものドレッシングをかけているが、なんだかとんかつ屋さんのキャベツを食べているような気分である。
「あ、そうなんだ」
「結構大変なんだなあ」
父さんはのんびりと言ってカツを一口食べた。
しそはどこにあるんだろう、と思うが、噛みしめていくとその香りは現れる。
梅の香りとはまた違う、独特の風味。苦手かな? と思いそうではあるが、味わっていくと、苦手じゃなくなるんだ。
豚の味わいとがっつりとした衣の感じが、梅としそでうまいことあっさりしてパクパク食べてしまう。苦手というより、むしろ好きだ。
それに、揚げるとしそは香りが少々控えめになる。これで食えるようになったんだよな、しそ。でも、確かに香る。それがいい。ご飯も進むってもんだ。
大好物になった、とまではいかないけど、こうやってうまいと思えるものが増えるのは、うれしいことだよな。
「ごちそうさまでした」
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