一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
496 / 893
日常

第四百七十話 具だくさんみそ汁

しおりを挟む
 今日はまた一段と、返却本が多い。ジャンルもばらばらだから、戻すのに苦労しそうだ。
「えーっと……これは小説、エッセイ、文庫本と新書。脈絡ねえなあ」
「はは、最初の方は仕分けていたんだがなあ」
 漆原先生が、市立図書館から借りた本の返却手続きをしながら言った。
「途中から追いつかなくなってやめた。たまにあるんだよな、こういう時が」
「ありますよねえ、何なんでしょうね」
「何なんだろうな」
 まあ、文句を言っていても何も進まないし、片づけよう。戻しに行く度に仕分ければいい話だ。この作業は割と苦ではない。むしろ楽しい。ただ、大きい本と小さい本が入り乱れてると抱えるのがちょっと大変だ。
「ハードカバーから片づけていくか」
 図書館は奥にハードカバーの本や郷土資料とかがあって、入り口付近には文庫本が並んでいる。途中には心理学とか料理とか辞書とかがジャンルごとに並んでいるが、小説ほどきっちり分けられていなくて、戻すのに苦労する。
「うげ、ぎっちり」
 本棚の上段と真ん中はぎっちぎちだが、下段はスッカスカだ。バランスを取りづらいのは分からないでもないが、この状態の本棚に本を戻すのは結構しんどいから、気を付けてほしいなあという気もしなくもない。
 ちょっとずつ本をずらしていき、やっと目当ての場所に本を戻す。この地味な作業が結構くるんだ。
「えーっと次は……」
「や、一条。頑張ってる~?」
「おぉ、びっくりした」
 山崎と中村が来ていたようだ。誰もいないと思っていたので結構驚く。山崎はケラケラと笑った。
「全然びっくりしてないテンションで言うじゃん」
「よく言われる」
「やっぱり?」
 一方、中村は借りたい本があるらしく、本棚を眺めていた。
「お前も図書館とか来るんだな」
 山崎に聞けば、「んーいや」といつものごとくよく読めない、へらへらとした笑みを浮かべて答えた。
「俺はそんなに来ないよ。てか、年に何冊借りてんのかなー。活字はあんまり読まないんだよね。すぐ眠くなる」
「ああ……」
 なんとなく思い当たる節があって、思わずそんな反応になる。
 こいつ、いつも国語の時間、眠そうにしてるか寝てるかだもんなあ。成績はどんなもんかは知らないが。
「英語は寝てないよな」
「そもそも活字って認識してないところあるからね」
「ほぉん……?」
「あんまり真剣に捉えるな、一条。こいつ、適当なところあるぞ」
 本を探しながら、中村が言う。「ひどいなあ」と山崎は言うが、堪えていない様子で、相変わらずへらへらとしていた。
 山崎は早々に図書館に飽きたのか「先に帰るー」と言って行ってしまった。そもそも勝手についてきていただけらしいので、中村も止めない。
「お、あった。これこれ」
 目的の本を見つけたらしい中村が、本棚からその本を引っ張り出す。そこの本棚もぎちぎちだったのか、取り出すのに苦労していた。
「お前は、本読むんだな」
 聞けば中村は頷いた。
「少なくとも、あいつよりは読むな」
「漫画とかも?」
「まあ、そうだな。姉さんも読んでるし、うちに結構あるぞ」
 それは興味深い。自分では絶対読まないような本とかきっとあるんだろうなあ。買うまでには至らないけど、ちょっと中身が気になる本って結構あるんだよ。ああ、読んでみたいなあ。でも、苦手なやつばっかりかもしれないなあ、とも思う。趣味の違いもあるし、結構自分の趣味嗜好があらわになっている部分があるので、他人の本棚事情には首を突っ込まない方がいいこともある。難しいなあ。
「どんなん読んでんの?」
 試しに聞いてみると、中村はじっくり考えこむ。そして難しそうな顔をし、ハッとし、また首をひねり……なんか、聞いちゃいけないこと聞いたかなあ。
「……いろいろだ」
 さんざん考えた結果それかよ。
「いろいろかあ」
「うちの本棚はなんというか、無秩序だぞ」
 めちゃくちゃ真剣な顔で言うなあ。
「文庫本サイズから大判まで。姉さんの本棚もまあ……うん、なあ」
 なんか歯切れ悪いな。
「どうした」
「いや、姉さんの本棚の内容を口外したら、俺の命がないから、言わない」
 何だ何だ、物騒だな。
 人には隠しておきたいことの一つや二つあるだろうから、それも分からなくはないけど、命が関わってくるとは穏やかではないな。
 そういうのには、関わらないのが吉である。

 さて、今日はばあちゃんから大量にもらった野菜があるので、みそ汁を作る。キャベツにニンジン、里いも、そしてうちにあるまいたけ。里いもはすでに皮をむいてくれていたので助かった。あっ、そうだ。最後に卵を落とそう。これだけで十分立派なご飯だ。
「いただきます」
 とりあえず汁を飲む。
 っはあ~、やっぱきのこ入れるとうま味が違うなあ。じんわりと広がるかつお出汁のさっぱりとした風味に、奥深いきのこのうま味。まいたけは特に、いいうま味を出してくれるように思う。
 しかし、まいたけそのものもしっかりうまい。程よいシャキっとした歯ごたえに、ふうわりと香るきのこの香り。あんまりきつい匂いじゃないのがいいんだろうな。
 ニンジンもホックホクだ。甘さは程よく、味噌によく合う。ニンジンって、野菜の中ではどちらかといえばそこまで得意じゃない部類に入っていたのだが、すっかり好きになったものだ。ほんと、おいしく食べられるものが増えるって、幸せだなあ。
 里芋のとろみがたまらない。冬の寒さに嬉しい。表面は少しプチッとはじける感じがして、モチモチとした食感は食べ応えがあって、口に広がる芋の風味が優しい。
 キャベツ、シャキシャキだ。四角っぽく切ったから食べやすい。加熱したキャベツはたまに独特な匂いがしてちょっと苦手な時もあるが、これはうまい。香りが控えめでみずみずしいキャベツだ。生食向きのキャベツもあるからなあ、うまく見極めておいしくいただきたいものである。
 プチッと卵を割る。おお、いいとろけ具合。白身のプルプルもいいんだなあ。
 卵が溶けだすことで、より、味噌の香ばしさが分かるようになった。卵はまろやかで、具材をトロリと包み込む。
 これだけで十分なおかずになるのだから、すごいものである。
 また作ろう。今度は肉を入れてみてもいかもしれない。海鮮系のみそ汁も作ってみたいんだよなあ。
 ああ、みそ汁って、奥が深い。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...