一条春都の料理帖

藤里 侑

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第四百八十四話 カレーパンとメロンパン

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 布団にもぐりこむ前に明日の準備をしておく。明日は化学基礎と、日本史と、家庭科かぁ。ああ、それと、国語を持って行かないと。現代文だったな。明日の試験科目ではないが、必要な物である。
「うっ、結構重いな」
 いつもは学校のロッカーに置いている日本史の資料集に家庭科の教科書一式。家庭科、一冊一冊がただでさえ分厚いのに、それが三冊もあるんだからなあ。
 それに加えて現代文ときたもんだ。教科書、小さい割にギュッとつまってるから、結構重いんだ。
「明日の昼飯、何にしよう……」
 布団にもぐりこんで考えこむ。テスト終わっても、家には帰れないからなあ。少なくとも一時間は拘束されるわけだし……コンビニで、調達するしかないかなあ。
 本当だったら、帰れるんだけどなあ。
 事の発端は昨日の帰りだ。順調にテストを終え、片付けをし、掃除もなく、さっさと帰ろうとしたときのことである。
「あっ、一条、待って待って~」
 教室を出ようとしたところで、山崎に引き留められた。なんだよ、今日は理系も終了時刻一緒だから、昇降口が込み合う前に帰りたいのだが。
「なんだ」
「一条さ、国語の成績いいんでしょ。ちょっと教えてよ」
「……今か?」
 軽い感じでお願いをしてくる山崎に思わず聞き返す。国語の教材なんて持ってないぞ、今。山崎の机の上は散らかっていて何があるのか分からない状態だが、もしかしてこの中に国語の教科書とかがあるのか?
 山崎はにこにこ笑って首を横に振った。
「違うよ、明日の放課後。ほら、現代文は明後日じゃん?」
 それはよく知っている。現代文は、明後日の予定だ。
 いや、そうではなく。
「明日居残るってことか」
「へへ、そういうこと。なんか用事ある?」
 ない。そんなものはないが、できれば断りたいのでなんかでっちあげるか。あっ、そうだ、中村。うまいこと言って、山崎をあきらめさせてくれないか。どこにいる、中村ぁ。
「何の話してんだ、お前ら」
 ナイスタイミング、中村。中村は山崎の机を見るなり「うわ……」と言わんばかりに顔をしかめた。
「お前どうやったらそんな散らかせるんだ……」
「雪ちゃん、それがねぇ」
 中村の小言を無視して山崎が事情を説明すると、中村は「あー、そういう……」と、机に気を取られながら相槌を打つ。
「ね、雪ちゃんもどう? 一緒に勉強しようよ」
 がさがさと机の上の荷物をかき集め、とりあえず鞄に押し込みながら山崎が言った。中村は少し考えて頷いた。えっ、頷いた?
「いいな。俺、今回は現代文、不安なんだよ」
 参加希望者増えちゃったよ。おいおい、マジか。えー、でも断っていいかなぁ。気がのらないなあ。
 そんなことをもやもやと考えていたら、肩に重さを感じる。うーん、覚えのある圧。咲良だな。
「なんか魅力的な話が聞こえたんだけど」
 ああ、やっぱり。咲良は屈託なく笑った。
「現代文? 春都から教えてもらえんの? それすげーいい考え。俺も来る!」
「言うと思った」
「えっへへ、現代文は範囲同じだからなー。ラッキー」
「なんか居残る流れになってるけど、結局のところ、一条、用事は?」
 三人に揃って視線を向けられ、山崎が無邪気に聞いてくる。これはもう腹くくるしかないなあ。ま、咲良も来るなら、最初よりはマシか……
「……ない。一時間ぐらいなら、居残れる」
 そう答えれば山崎は嬉しそうに笑った。
「ありがとー! いいよいいよ、十分! あはは、これで安心だなあ」
 そんなわけあるか。と思ったが、何も言うまい。一時間だ、一時間。一時間耐えたら帰れるんだからな。

「昼飯どうしよう」
 結局、テストが終わるまでに結論は出なかった。弁当も持って来ていないし、山崎や中村みたいに、コンビニに行くほかないのかなあ。
「えっ、食堂行こうよ」
 そう声をかけてくるのは咲良だ。
「開いてねえだろ」
「いやいや、それがさ。あんま知られてないけど、パンは売ってんのよ」
「あ、そうなん」
 そりゃ初耳だ。料理は作ってないけど、パンはある、ってことらしい。十分じゃないか。
「あんまり種類はないけどな。いつもあるカレーパンとメロンパンぐらい」
「十分」
「うまいよなー、学食のパン」
 水筒は持って来ているが、せっかくだし、牛乳買って行こう。それとカレーパンとメロンパン。何か屋上行きたくなるな。なんでだろう。まあ、今日は教室に戻る。
「いただきます」
 カレーパンはほんのり温かい。まだできてあまり時間が経っていないのだろう。外側がこれだけ温かいのなら、中身はもっと熱々……
「あっつい」
 思いっきりカレーパンにかぶりついた咲良が、ハフハフ言っている。
「あ、やっぱり」
「でもうまい」
 カリカリの衣にサクッふわっもちっとしたパン、そしてジュワッと滲み出すバターに熱々のカレー。粘度の高いカレーは、冷めにくいのだろう。ご飯で食ってもうまそうな味をしているが、これは、バターの香りがする香ばしいパンと一番相性がいいカレーだ。
 口の中がひりひりするほどの辛さで、スパイスの香りもいい。バターやパンのおかげで少し辛さは和らいでいるが、牛乳が恋しくなる味だ。
 ひんやりまろやかな牛乳を飲んだら、今度はメロンパンだ。
 砂糖がまぶされたクッキー生地は、カレーパンとはまた違ったバターの風味がする。カレーパンはしょっぱさが際立っていたが、メロンパンはお菓子っぽさが勝っている。パン生地はふわふわながらずっしりと食べ応えがある。
 そしてこれもまた、牛乳が合うのだ。ちょっと高級な感じになるというか、牛乳がコク深くなる感じがする。
「明日でテスト終わりだなー」
 咲良が、ワクワクしたように笑って言う。
「そうだな」
「なにして遊ぶかなあ。まずはアンデスを構い倒して……ああ、もうそれだけでいいや」
「分かる」
 俺も、しこたまうめずをかわいがってやろう。あいつの場合、構ってほしい性格だから、嫌がられないのがいい。まあ、あんまりやり過ぎると、今度は構ってくれと向こうから執拗に催促してくるから、考えものだが。
「あ、帰ってきた」
 咲良が窓の外を見て言う。ああ、ほんとだ。山崎と中村、ぼちぼち歩いて帰って来てる。
 あと一日……と、今からの一時間、頑張るとしますかね。

「ごちそうさまでした」
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