一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
512 / 893
日常

第四百八十四話 カレーパンとメロンパン

しおりを挟む
 布団にもぐりこむ前に明日の準備をしておく。明日は化学基礎と、日本史と、家庭科かぁ。ああ、それと、国語を持って行かないと。現代文だったな。明日の試験科目ではないが、必要な物である。
「うっ、結構重いな」
 いつもは学校のロッカーに置いている日本史の資料集に家庭科の教科書一式。家庭科、一冊一冊がただでさえ分厚いのに、それが三冊もあるんだからなあ。
 それに加えて現代文ときたもんだ。教科書、小さい割にギュッとつまってるから、結構重いんだ。
「明日の昼飯、何にしよう……」
 布団にもぐりこんで考えこむ。テスト終わっても、家には帰れないからなあ。少なくとも一時間は拘束されるわけだし……コンビニで、調達するしかないかなあ。
 本当だったら、帰れるんだけどなあ。
 事の発端は昨日の帰りだ。順調にテストを終え、片付けをし、掃除もなく、さっさと帰ろうとしたときのことである。
「あっ、一条、待って待って~」
 教室を出ようとしたところで、山崎に引き留められた。なんだよ、今日は理系も終了時刻一緒だから、昇降口が込み合う前に帰りたいのだが。
「なんだ」
「一条さ、国語の成績いいんでしょ。ちょっと教えてよ」
「……今か?」
 軽い感じでお願いをしてくる山崎に思わず聞き返す。国語の教材なんて持ってないぞ、今。山崎の机の上は散らかっていて何があるのか分からない状態だが、もしかしてこの中に国語の教科書とかがあるのか?
 山崎はにこにこ笑って首を横に振った。
「違うよ、明日の放課後。ほら、現代文は明後日じゃん?」
 それはよく知っている。現代文は、明後日の予定だ。
 いや、そうではなく。
「明日居残るってことか」
「へへ、そういうこと。なんか用事ある?」
 ない。そんなものはないが、できれば断りたいのでなんかでっちあげるか。あっ、そうだ、中村。うまいこと言って、山崎をあきらめさせてくれないか。どこにいる、中村ぁ。
「何の話してんだ、お前ら」
 ナイスタイミング、中村。中村は山崎の机を見るなり「うわ……」と言わんばかりに顔をしかめた。
「お前どうやったらそんな散らかせるんだ……」
「雪ちゃん、それがねぇ」
 中村の小言を無視して山崎が事情を説明すると、中村は「あー、そういう……」と、机に気を取られながら相槌を打つ。
「ね、雪ちゃんもどう? 一緒に勉強しようよ」
 がさがさと机の上の荷物をかき集め、とりあえず鞄に押し込みながら山崎が言った。中村は少し考えて頷いた。えっ、頷いた?
「いいな。俺、今回は現代文、不安なんだよ」
 参加希望者増えちゃったよ。おいおい、マジか。えー、でも断っていいかなぁ。気がのらないなあ。
 そんなことをもやもやと考えていたら、肩に重さを感じる。うーん、覚えのある圧。咲良だな。
「なんか魅力的な話が聞こえたんだけど」
 ああ、やっぱり。咲良は屈託なく笑った。
「現代文? 春都から教えてもらえんの? それすげーいい考え。俺も来る!」
「言うと思った」
「えっへへ、現代文は範囲同じだからなー。ラッキー」
「なんか居残る流れになってるけど、結局のところ、一条、用事は?」
 三人に揃って視線を向けられ、山崎が無邪気に聞いてくる。これはもう腹くくるしかないなあ。ま、咲良も来るなら、最初よりはマシか……
「……ない。一時間ぐらいなら、居残れる」
 そう答えれば山崎は嬉しそうに笑った。
「ありがとー! いいよいいよ、十分! あはは、これで安心だなあ」
 そんなわけあるか。と思ったが、何も言うまい。一時間だ、一時間。一時間耐えたら帰れるんだからな。

「昼飯どうしよう」
 結局、テストが終わるまでに結論は出なかった。弁当も持って来ていないし、山崎や中村みたいに、コンビニに行くほかないのかなあ。
「えっ、食堂行こうよ」
 そう声をかけてくるのは咲良だ。
「開いてねえだろ」
「いやいや、それがさ。あんま知られてないけど、パンは売ってんのよ」
「あ、そうなん」
 そりゃ初耳だ。料理は作ってないけど、パンはある、ってことらしい。十分じゃないか。
「あんまり種類はないけどな。いつもあるカレーパンとメロンパンぐらい」
「十分」
「うまいよなー、学食のパン」
 水筒は持って来ているが、せっかくだし、牛乳買って行こう。それとカレーパンとメロンパン。何か屋上行きたくなるな。なんでだろう。まあ、今日は教室に戻る。
「いただきます」
 カレーパンはほんのり温かい。まだできてあまり時間が経っていないのだろう。外側がこれだけ温かいのなら、中身はもっと熱々……
「あっつい」
 思いっきりカレーパンにかぶりついた咲良が、ハフハフ言っている。
「あ、やっぱり」
「でもうまい」
 カリカリの衣にサクッふわっもちっとしたパン、そしてジュワッと滲み出すバターに熱々のカレー。粘度の高いカレーは、冷めにくいのだろう。ご飯で食ってもうまそうな味をしているが、これは、バターの香りがする香ばしいパンと一番相性がいいカレーだ。
 口の中がひりひりするほどの辛さで、スパイスの香りもいい。バターやパンのおかげで少し辛さは和らいでいるが、牛乳が恋しくなる味だ。
 ひんやりまろやかな牛乳を飲んだら、今度はメロンパンだ。
 砂糖がまぶされたクッキー生地は、カレーパンとはまた違ったバターの風味がする。カレーパンはしょっぱさが際立っていたが、メロンパンはお菓子っぽさが勝っている。パン生地はふわふわながらずっしりと食べ応えがある。
 そしてこれもまた、牛乳が合うのだ。ちょっと高級な感じになるというか、牛乳がコク深くなる感じがする。
「明日でテスト終わりだなー」
 咲良が、ワクワクしたように笑って言う。
「そうだな」
「なにして遊ぶかなあ。まずはアンデスを構い倒して……ああ、もうそれだけでいいや」
「分かる」
 俺も、しこたまうめずをかわいがってやろう。あいつの場合、構ってほしい性格だから、嫌がられないのがいい。まあ、あんまりやり過ぎると、今度は構ってくれと向こうから執拗に催促してくるから、考えものだが。
「あ、帰ってきた」
 咲良が窓の外を見て言う。ああ、ほんとだ。山崎と中村、ぼちぼち歩いて帰って来てる。
 あと一日……と、今からの一時間、頑張るとしますかね。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...