一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百七十一話 天ぷらそば

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 十時近くの参道には、すでに人がいっぱいだった。
 この辺って、なんだか不思議な雰囲気だ。どこがどう不思議か、っていうのはよく表せないけど、何かに包まれているような守られているような感じがする。この辺に近づくと、なんとなく空気が変わるのが分かるのだ。
「とりあえずお参り行こうぜ」
 咲良が言って、颯爽と歩き始める。こいつ、人ごみに慣れてんだよなあ。さすがあちこち遊び歩いているだけはある。
 そんな咲良と並んで歩く百瀬が楽しそうに言った。
「帰りにお餅買って帰るよね?」
「おー、そりゃもちろん」
「それぞれ好きな店あるだろうから、そん時は自由行動ね」
 やっぱり観光客が多く、前を行く二人にはぐれないよう着いて行くのに必死だ。背の高い朝比奈が隣にいるから、迷わないで済む。
「やっぱこの時間は多いよなあ……」
 思わずつぶやくと、朝比奈がこちらを振り返った。
「やっぱり、時間で違うのか」
「ああ、朝早いと少ないんだ。嘘みたいに人がいない」
「へえ……いったい何時に来たことがあるんだ?」
「ん? ふふ」
 うちは基本的に行動時間が早いからなあ。人が増える前に行って帰ってくる、ってのが基本パターンだ。ゆえに、人ごみに弱い。
 何とか無事にお参りを済ませた後、人の少ないところに出る。大きな池には時季になると菖蒲が咲くが、今は葉が見えるばかりだ。
 ここから先はノープランだ。俺としては宝物庫とか博物館とか行って、餅買って帰っていいのだが、咲良はそれでは満足できないようだ。池の近くにある看板を見ると、はじけんばかりの笑みを浮かべて振り返った。
「遊園地に行こう!」
 参道とは反対方向にのびる広い道の向こうには、ちょっとした遊園地がある。古くて、人が少なくて、大きなイベントも何もないようなところだが、なぜか惹かれるところがある、そんな遊園地だ。
「いいんじゃないか?」
「賛成~」
「ここの遊園地、聞いたことはあるけど行ったことないな」
「えっ、朝比奈行ったことないの? じゃあ余計に行かなきゃ~」
 なだらかな上り坂の道を行き、まもなく、エントランスにたどり着く。ピンクを基調としたメルヘンな門で、この遊園地のキャラクターの像もある。これ、何の動物だろう。
 中も人が少ない。こりゃあいいな。入場料も安いし。見晴らしいいなあ、どこに何があるかよく分かる。
「さー、まずなに乗るよ?」
 今にも走り出しそうな勢いで咲良が言う。
「やっぱあれじゃない? バイキング!」
 と。百瀬が指さした先には大きく左右に振れるアトラクションがあった。四人そろって乗ることにした。
「うわっはは! 結構怖ぇ~!」
「気持ちいいねぇー!」
 楽しそうな咲良と百瀬とは裏腹に、朝比奈は顔が引きつっている。
「おい、なんかギシギシいってないか? 大丈夫なのか?」
「壊れはしないよ~」
「そんなもんだって! 朝比奈、慣れろ!」
「慣れの問題か!?」
「あっはは」
 アトラクションで、というより、三人の様子を見て笑ってる感じだ。あはは、愉快愉快。
 次に乗ったのは高いところを自転車で行くやつだ。二人一組で乗って、レールに沿って進んでいく。バランスとかはとる必要ないけど、何気に怖いんだよな。俺は咲良と一緒に乗る。
「早く行くか、のんびり行くか。どうする、春都」
「ほどほどだ」
「ほどほどな」
 レールはところどころ塗装がはがれている。微妙な高さでじわじわ怖い。最後の方はちょっと早足になった。
 ジェットコースターとかもある。めっちゃ高いとか、長いとか、速いとかそういうのじゃないけど、シンプル故に、恐怖もある、みたいな。そんな感じのやつだ。
「うわ、近い! 地面が近い!」
 外から見るとそうでもないけど、実際に乗るとビビる。今にも地面に着きそうな勢いでジェットコースターは突き進む。ときどき、ガタガタン! と激しく揺れるのが怖いな。一周回って終わりかと思ったら、また加速した。
「二周目あるのかよ!」
 朝比奈の絶叫に、百瀬が呼吸困難になりそうなくらい笑った。結局、ジェットコースタ―は三周して終わった。

 しこたま遊び倒した後、近くの食事処に入った。昼時前のようで、座敷席は広々としていた。窓際の席からは、風情と寂れの合わさったような、あるいはその中間のような景色が見える。
 いろいろ悩んだが、天ぷらそばを頼んだ。
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ」
 おお、天ぷらは別添えか。えび、サツマイモ、大葉。すごい豪華だなあ。
「いただきます」
 まずはそばを一口。あ、風味がいいな、このそば。出汁との相性も抜群だ。こういう、ちょっといいそばって、なかなか食べないから新鮮だなあ。出汁もまた普段食べてるのとは違って、昆布の風味もする。うま味がすごいなあ。
 天ぷらは……やっぱりえび天からかなあ。見るからにいい揚げ具合だ。
 うんうん、見た目を裏切らない食感。サクッとしつつもかたくなく、ふわっとしつつもしっかり揚がっている。えびは縮こまることなくむしろぷりっぷりで、味もよく分かる。
 大葉は、天ぷらにするのが一番好きだ。独特な風味は薄まり、香ばしさが増す。
 そんでサツマイモ。天ぷらにしたサツマイモはほっくほくなんだ。焼きいもも当然うまい。蒸かし芋もうまい。が、天ぷらのサツマイモは、その両方でも味わえない甘さと食感があるのだ。
 そんで天ぷらそばの天ぷらは、出汁に浸して食う楽しみもある。出汁の風味が加わった香ばしい天ぷらは、ジュワッとしてうまいんだ。
「遊園地、割と楽しめたねぇ」
 百瀬がミニ親子丼を食べながら言う。丼ものもうまそうだったんだよなあ。今度食べよう。
「楽しかったな。朝比奈、どうだった?」
 咲良は相変わらずかつ丼をうまそうに食っている。うどん屋とかのかつ丼ってうまいよな。
「楽しかった……ちょっと疲れたけど」
 と、朝比奈は日替わり定食をつつきながら笑って言った。
 思った通り、騒がしい週末になった。
 でもまあ、楽しいからいいか。

「ごちそうさまでした」
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