一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百二十七話 おでんとおにぎり

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「さっむ……」
 ヒーターをつけ、こたつにも入っているが、なかなか温まらない。底冷えする。あんまり寒いから、うめずのベッドも窓際から移動させた。今、うめずはベッドにほくほくと丸まっている。
 熱々の緑茶をすする。のどから胃へ、温かさが落ちていく。手でコップを包み込めば、より温まる。
「う~……昼飯……台所、寒いんだよなあ」
 これから寒くなる一方なんだろうな、と思うと気が滅入る。
 テレビでも見ようかとぼんやり考えていると、チャイムが鳴った。こたつから出たくないんだけどなあ。
「はいはい……っと。……あ? 咲良?」
 インターホンの画面に映っていたのは、のんきに笑う咲良だった。

 玄関の扉を開けると、冷たい風が吹き込んでくる。律儀に一緒に出迎えにやってきたうめずが渋い顔をした。
「よっ、春都。来たぜー」
「来たぜー……って、急だな」
「なんか、そういう気分だったから」
 寒いから早く中入らせて、と咲良は家に入ってくる。まったく、遠慮というものがないな、こいつは。
 扉を閉め、そそくさと居間に向かう。外からしてみれば、室内は暖かいもんだな。
「これ買ってきた。一緒に食べようぜ」
 そう言って咲良はもって来ていた買い物袋を掲げた。
「なんだそれ」
「おでん。今はパックでも売ってるんだなー、コンビニのおでん」
「おでんと来たか」
「お菓子もあるぞ」
 これは貰い物で、こっちは買ったやつ、これは妹に押し付けられたのでー、と咲良は次々とお菓子や飲み物を取り出していく。
「お前なあ……俺が家にいなかったらどうしてたんだ?」
「まあ、そん時はそん時で」
 と、咲良は何の心配も感じさせない笑みを浮かべた。
「ていうか、大体お前、家にいるだろ」
 それはそうだが、人に言われるとなんか……なんか、釈然としない。
 持ってきたものを一通りテーブルに出してしまった咲良は、いそいそとこたつにもぐりこむ。うめずは、咲良が持ってきたものが気になっていた様子だったが、自分の取り分はないと察したのか、再びベッドに戻っていった。
 おでんか……確かに昼飯にはちょうどいい。
「これってどうやって温めんの?」
「あ、そこまで見てない」
 咲良はまるで自分の家のようにくつろいでいる。テレビをつけ、クッションを枕にし、寝転がっている。
「まったく……」
 えーっと、なになに……袋を開けて、中身を鍋に移して温める、と。せっかくだし温かいまま食いたいな。カセットコンロでも出すか。
 それに、おでんなら、あれも準備しないとな。
 とりあえず鍋におでんを移す。二袋も買ってきたのか。まあ、食べきれるだろう。温めている間に、あれを作る。
 小さめの丸いおにぎりだ。塩を利かせたおにぎりは、おでんには欠かせない。小さいころ連れて行ってもらったおでん屋さんで食ったのが最初だったかな。これをおでんの出汁に浸して食うのが好きなんだ。
「あ、なんかいいにおいしてきた」
 咲良がそう言って起き上がる。
 カセットコンロを取り出し、こたつに置く。
「おっ、いいねぇ」
「鍋、持ってくるぞ」
「はーい」
 カセットコンロに鍋を置き、火をつけ、弱火にする。おにぎりと取り皿、箸も持ってくる。
「おにぎり?」
 と、咲良が不思議そうに見る。
「ああ、おでんに合う」
「へぇ~」
「からしは?」
「いる!」
 柚子胡椒も準備しよう。おでんに柚子胡椒、合うんだよなあ。飲み物は麦茶にしよう。咲良が持ってきたジュースは冷蔵庫に入れておく。
「何もテレビやってないんだけど~」
「そこのケースにいろいろあるから、好きなの選べ」
「おっ、いいねえ」
 咲良がチョイスしたのは久しぶりに見る映画だった。
「これ、気になってたんだよね~。春都、早く食おうぜ」
「おー」
 うん、いい感じに温まってる。
「いただきます」
 大根、卵、こんにゃくに牛すじ、それに厚焼き玉子と厚揚げ。結構盛りだくさんである。
 まずは……厚焼き玉子かなあ。好きなんだよな、これ。ふわふわで、ジュワッとしている。ほどけるような口当たりもよく、ほんのり甘い卵が、出汁の塩気と相まってうまい。柚子胡椒をつけると風味が増す。ピリッと爽やかな辛さがからしとはまた違っていいんだよなあ。
 大根も出汁がよく染みている。まるで固形の出汁を食べているみたいだ。噛むとはじけるように出汁が出てきて楽しい。大根にはからしかな。ツーンと来るからさと出汁の風味が、おでんらしくていい。
「これうまいな、おにぎり」
 と、咲良が言う。
「しょっぱいし、出汁に合うし……えっ、これめっちゃうまくない?」
「だろ?」
「えー、今度家でもやろう。塩はきつめ?」
「ああ。まあ、好みだけどな」
 俺は、おでんに合わせるなら塩はきつめが好きだ。出汁のほのかな甘みとしっかりしたうま味に、塩味が溶けだし、口の中でほろほろと米がほどけて……うん、たまんねえな。
 卵は半分に割って……っと。このほっくりした黄身と、かための白身が好きだ。プリプリと歯ごたえがよく、黄身はしっかり火が通っているけどトロトロだ。出汁に黄身が溶けだしたら、おにぎりでさらって余すことなく食べる。
「予告編長いなあ」
 咲良がリモコンを操作する。
「嫌いじゃないけど、今日は本編を早く見たい」
「そういう日ってあるよな」
 こんにゃく。細かい切れ目が面白い。出汁が染みていなさそうに見えて、実はそんなことはない。うま味を一身にため込んだこんにゃくは、プリッと、サクッとしたような歯ざわりである。
「あ、この曲、この映画の曲だったっけ」
 本編が始まってしばらくして、主題歌が流れ出すと咲良がそう言った。
「流行ったよな」
「そうそう、学校の給食時間とかに流れてた」
 牛すじはトロットロだ。あ、ちょっと歯ごたえ。この食感がいろいろある感じ、いいな。柚子胡椒が合う。柚子胡椒の塩気と牛すじのうま味は合うんだ。
 厚揚げはからしも柚子胡椒も合うが、俺は柚子胡椒の方が好きだな。しっかりした豆腐に、ジュワジュワの衣。大豆の味がしっかり分かりながらも、出汁もしっかり染みていてうまい。柚子胡椒だと、さっぱりいただける。からしは刺激的だな。
 出汁は、自分の器に注いだ分は全部飲み干す。具材のかけらは、ご飯で……おっと、ご飯がほぐれる。雑炊みたいにして食うのもいい。
 いやあ、うまかった。おかげで体もポカポカだ。
 甘いものも大量にあるし。まあ、咲良が来たのは予想外だったけど、咲良が来なかったらこんな昼飯にならなかったわけで。
 ……ま、楽しむとしよう。

「ごちそうさまでした」
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