一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百六十四話 ハンバーグ弁当

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 うちの学校には桜の木も植えられているが、藤棚もある。割と立派なもので、休みの日は地域の人たちが見に来るくらいだ。
 ゆえに、開花の時季になると、各部活持ち回りで掃除をしなければならない。今日は放送部に担当が回ってきた。
 放課後、他の部活の活動する声と楽器の音色を聞きながら、ほうきで落ち葉を集める。
「今年も咲いたなあ……」
 桜と違って、藤の花の開花予想ってのはあまり聞かない。藤の花が名物になってる植物園とかはニュースになるけど。だから、藤の花の見ごろって、逃がしがちなんだよな。今回はちょうど見ごろに掃除当番が回ってきてラッキーだ。
「やあ、一条君。お疲れ様」
「石上先生。こんにちは」
「よく咲いてるな」
「はい」
 石上先生は日の光に目を細め、藤の花を見上げた。風にそよぐ藤の花は優雅で、地面に落ちた影も緩やかに揺れている。
 あ、藤棚の下にも落ち葉が結構溜まってるな。
「ここって、落ち葉が多いですよねえ」
「ちょうど吹き溜まりになるんだろうな。秋なんて、もっと悲惨だぞ」
「あー、秋は大変でしょうねぇ……」
 今でこれくらいだもんな。秋は紅葉を筆頭に、ありとあらゆる葉が落ちるから。ばあちゃんも言ってた。裏に植えてあるもみじが、大変だって。雨が降ると張り付くし。
 心地良いを維持するって、何においても大変だ。
「そういえば昨日はどうしたんだ?」
 石上先生は持って来ていたほうきで掃除をしながら聞いてきた。
「図書館に行っていたので」
「ああ、そういや前もそんなことを言っていたな」
「はい。思いがけずおいしいものが食べられて満足です」
 言えば先生は「ああ、焼き鳥な」と笑った。
「うまいだろう? あそこは、漆原もよく行く店だ」
「へえ」
「店だともっと品数があるんだがな。小さいお店で、家族経営だから」
「色々食べてみたいです」
 居酒屋メニューって、うまいんだよなあ。お酒のあてになるものだから、味が濃いのかな。だからこそ白米が合うわけで。
 石上先生は楽しそうに笑った。
「さすがに、居酒屋に未成年は一人で入れないもんな」
「はい。惜しいです」
「ま、大人になってからのお楽しみか。親と一緒に行くかだな」
 はっ、その手があったか。父さんや母さん、じいちゃんやばあちゃんと一緒に行けば、俺も入れるな。
「今度、テイクアウトのメニューを増やしたいって言ってたし、また頃合いを見てくるといい」
 いろいろと策を練っていたら、石上先生がそう言った。テイクアウトのメニューが増えるなら、それはそれでいいな。またジュース買って帰ろう。父さんと母さんが帰ってくるときに行ってもいい。
 また新しい楽しみが増えちゃったなあ。
「今度は四つ身を塩で……いや、でもたれも捨てがたい……」
「ん? おい、一条君。誰か呼んでるぞ」
「へ?」
 いかんいかん、つい、意識が遠く。
 よだれが垂れてないか口をぬぐう。よかった、垂れてない。おいしいもののことを考えたときと、寝るはずじゃなかったのに寝てしまった時は、気を付けないといけない。
「おーい、春都ー。そっちはどんな感じ~」
「咲良か。あー、あと集めて捨てるだけだー」
 竹ぼうきを肩に担ぎ、掃除をしていたとは思えない態度の咲良がやってくる。
「お前ほんとに掃除してたのか?」
「失敬な。やってるよ~、ほら」
 おお、確かに。ゴミ袋の半分くらい、葉っぱが集まっている。
「そうだ春都。さっき聞いたんだけど、明日、食堂の弁当、ハンバーグととんかつだって」
「お、そうか」
 前日から予約をしておけば、昼休みに出来立ての弁当を準備してくれる、この春から始まったシステムだ。内容は日替わりで、ワクワク感も相まって、結構人気だ。
 そっかあ、明日、ハンバーグか。ちょっと食べたいかも。
「でも、もう遅いだろ」
 葉っぱをかき集めて、袋に入れる。よし、きれいになった。咲良は「それがさ」と少し高揚したように言った。
「まだ食堂開いてて、さっきまだ受け付けてたんだよ」
「なに、ほんとか」
「今なら急げば行けるかも」
「ははは、そりゃ一大事だ。行っといで」
 石上先生がそう言ってくれたので、道具はいったん置いて、戻ってくると約束をして食堂に走った。
 よっしゃ、明日は朝、少しゆっくり寝よう。

 翌日、無事に確保した弁当を持ってやってきたのは屋上。
 ここからも、藤棚はよく見える。桜が咲くのは学校が始まる前であることが多いけど、藤の花は今頃咲くから、この時期になると、屋上を使う生徒も少し多い。
 とはいえ、日差しもあるし、教室にいるやつの方が多いか。
「さ、早く食おうぜ」
 例のごとくとんかつ弁当を買った咲良が言う。
 安全柵を背にして、藤棚が見える場所に座る。
「いただきます」
 シンプルなデミグラスソースのハンバーグ、付け合わせはにんじんのグラッセとブロッコリーと、フライドポテト。ご飯は大盛りで、ハンバーグの下にはスパゲティも見える。
 ホカホカのハンバーグ。一口サイズに箸で切って、食べる。
 コクのあるデミグラスソースは甘く、肉のうま味が滲み出す。これはご飯で追いかけたくなる味だ。ものによっては脂っこく感じるデミグラスソースだが、これはうまい。濃く深い味わいなのに、どこかあっさりとしている。
 そんなソースが絡んだスパゲティは、塩こしょうでシンプルに炒めただけのものだ。肉の味も少し移っていて、これがうまい。
 にんじんのグラッセは……あ、これは好きなやつだ。甘さがくどくなくて、ジュワッとジューシー。
 ブロッコリーって、そういや自分であんま買わないな。好きなのに。マヨネーズを付けて食ってもうまいが、濃いデミグラスソースをつけて食ってもうまい。
 フライドポテトは小さ目のじゃがいもをごろっと揚げたものだ。塩気が強めで、皮ごと上げてあるからプチ、パリッとした歯触りが面白い。中はほくほくの熱々で、やけどしそうなくらいだ。
「俺さー、藤の花って、ぶどうと同じようなもんだって思ってた時期があったんだよな~」
 いい音を立てながらとんかつをほおばり、咲良が言う。
「ぶどう?」
「なんか似てんじゃん。紫だし、下がってるし」
「いろんな見方があるんだな」
「あ、そういやこないだ白い藤の花も見かけてさ。つつじもきれいだったなあ。つつじは蜜、吸うよな?」
「俺は吸ったことない」
 ひとえに花と言えど、人それぞれ思うことはいろいろだなあ。
 ハンバーグの最後の一口をほおばる。
 暖かな風が吹き、ざあっと音を立てて、藤の花が揺れた。

「ごちそうさまでした」
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