715 / 893
日常
第六百六十九話 カレーライス
しおりを挟む
そろそろ、文化祭の準備が始まる。本格化するのは連休明けだが、実行委員会はすでに結成されているし、クラスの出し物も決めないといけない。
しかも今年は、ちょっと規模が大きめになるのだそうだ。
「午後の二時間、全部文化祭の出し物決めって……よっぽど力入れてんだなあ」
昼休みの図書館で咲良が言った。今日はちょっと人が多い。おそらく、午後からの話し合いの資料集めだろう。カウンターからだと、図書館内がよく見える。いつもより賑やかで、ちょっと騒がしい。
普段からの利用者が少し居心地悪そうだが、文化祭の準備だろうな、と察しているので諦めモードである。
「設立何周年かの記念だろ? 何年だっけ?」
「百十周年」
「そうそう、110番ね」
「なんて覚え方してんだ」
話をしている途中にも、貸出手続をする生徒がやってくる。普段見かけない生徒が多いから、貸出カードを探すのが大変だ。顔パスというわけにもいかないからなあ。たまに咲良の知ってる顔が来ると、ちょっと楽だ。
「今日貸出したのって、何冊くらい?」
咲良が身を乗り出してきて、パソコンを操作する。
「うわ、もういつもの二倍くらいじゃん」
「何が借りられてるんだ?」
「えーっとねー、『発表会におすすめ! 劇の題材セレクション』」
「こりゃまた直球な……」
「ミュージカル編もあるなあ」
学校の文化祭でミュージカルか……設備が足りるのだろうか。
何をするにしたって、脚本書いたりキャスティングしたり、衣装なんかも自分たちで作るなり調達するなりしなきゃいけないんだろうし。だから今回は早めに話し合いがあるんだろうなあ。うちクラスは何すんだろ。まあ、部活あるから関係ないけど。
「ほんとに規模がでかいんだなあ、今年は」
と、咲良がつぶやいたら、上から声が降ってきた。
「図書館も、少し頑張らないといけないぞ」
「漆原先生」
「ポップコンテストと、おすすめ図書の紹介。図書館は一日開放するからな」
漆原先生は書類を抱え、カウンターの奥に座った。忙しいという割には、今回は面倒くさそうではないなあ、と思っていたら、咲良が口を開いた。
「でも先生、いつもならそこで、めんどくさいって言うのに。今回はなんか違うっすね」
「そりゃまあ、大変なことに変わりはないがな。でも、ポップコンテストは前回やって、ある程度の手順は分かっているし、おすすめ図書の紹介はいつもの業務と大差ない。開放するといっても、いつも通りやるだけだからなあ」
「なるほど」
「それより、君たちの方が大変なんじゃないか?」
「え?」
どういうことだろう。漆原先生は書類の整理をしながら言った。
「放送部、今年はさぞかし忙しいんじゃないか?」
「……あ」
そうか、そうだ。学校行事が大規模だということは、放送部の負担が増大するということ。失念していた。
いったいどうなることやら……文化祭終了までもつか、俺。
「えっ、放送部でも出し物をする?」
矢口先生の言葉に、部員全員が唖然とする。
「はい。やります。発表の枠はちゃんと取りました」
二日もあるからね、と先生は楽しそうに言った。そう、今回の文化祭は二日がかりで行われる。故にその後は二日間休みでラッキー……などと現実逃避している場合ではない。ただでさえ進行や準備が大変だというのに、何を言っているんだ。今回は雑用係の俺たちも結構忙しいのだ。
先生はやる気満々といった様子で続けた。
「アニメーション付きのラジオドラマを撮って、体育館で放送するよ。いつもよりちょっと長めのをね。司会進行だけじゃ、楽しくないでしょう?」
そんなことはありません、というのは部員の総意である。しかし、矢口先生は、やると決めたらやる先生だ。仕方ない、と、部員たちは諦めることに慣れていた。
「脚本誰が書く?」
「絵は?」
「そもそも題材はどうすんの」
あれこれと話が始まる中、雑用組は少し置いてけぼりだ。まあ、俺たちは出ないだろうし、いや、もしかしたら……と三人で視線を交わしていたら、先生がにっこりと笑って言った。
「もちろん、君たちにも出演してもらうからね」
「……はい」
でしょうねえ……、というのが顔に出ていただろうか。こっちを見ていた早瀬がひそかに笑っていた。
はあ、なんだか今日はひどく疲れてしまった。こういう時は無理せず、簡単なもので済ませるに限る。でも、食べ応えというか、刺激が欲しい気もする。
そんな時に重宝するのがこれ、レトルトカレー辛口。
一時期、辛い物にはまっていた時に買ったはいいが、ブームが過ぎてどうやって食べようかと悩んでいたものだ。これを温めて、ご飯にかけて食べる。
「いただきます」
おー、スパイスの香りと、それとは別の辛い匂い。ルーの色は濃く、具材は少なめだ。一応逃げ場として、コンビニで勝ったポテトサラダも準備しておく。
まずは一口。まず鼻に抜けるのはスパイスの風味。普段食べているカレーより少し強めだろうか。これもなかなかに刺激のある舌触りだ。
そしてやってくる、辛さ。唐辛子やわさびなんかとはまた違う辛さである。火を吹くよう、とまではいかないが、それでも十分、燃えるようである。口中がひりひりしてきた。お茶を飲む。少し収まった? いや、やっぱり辛い!
でも、少ししてくると、爽やかに抜けていく。もちろん余韻はあるが、さあっと心地よい後味だ。うま味のある辛さ、というのだろう。嫌な感じがしないのは、うま味のおかげであろう。
それに、よく味わうと、果物や野菜の甘味を感じるような気もする。
白米が愛おしい。少し多めによそっておいてよかった。
ポテトサラダはマイルドで、マヨネーズの油がありがたい。もこもことしたじゃがいもの食感と柔らかな口当たりにほっとする。
少しカレーを合わせてもうまい。蒸かしたジャガイモにカレー、ってのも合いそうだな。
あ、肉のかけら発見。これは牛肉だな。ほろほろ崩れ、やっぱり辛い。
でも、なんだろう。すっきりした気分だ。たまに辛い物を食べたくなるのは、この感覚を味わうためでもある。
ちょっとした刺激を味わったら、また、日常に戻る。
まあ、これから先の日常は、なかなか刺激的になりそうだけどな。
「ごちそうさまでした」
しかも今年は、ちょっと規模が大きめになるのだそうだ。
「午後の二時間、全部文化祭の出し物決めって……よっぽど力入れてんだなあ」
昼休みの図書館で咲良が言った。今日はちょっと人が多い。おそらく、午後からの話し合いの資料集めだろう。カウンターからだと、図書館内がよく見える。いつもより賑やかで、ちょっと騒がしい。
普段からの利用者が少し居心地悪そうだが、文化祭の準備だろうな、と察しているので諦めモードである。
「設立何周年かの記念だろ? 何年だっけ?」
「百十周年」
「そうそう、110番ね」
「なんて覚え方してんだ」
話をしている途中にも、貸出手続をする生徒がやってくる。普段見かけない生徒が多いから、貸出カードを探すのが大変だ。顔パスというわけにもいかないからなあ。たまに咲良の知ってる顔が来ると、ちょっと楽だ。
「今日貸出したのって、何冊くらい?」
咲良が身を乗り出してきて、パソコンを操作する。
「うわ、もういつもの二倍くらいじゃん」
「何が借りられてるんだ?」
「えーっとねー、『発表会におすすめ! 劇の題材セレクション』」
「こりゃまた直球な……」
「ミュージカル編もあるなあ」
学校の文化祭でミュージカルか……設備が足りるのだろうか。
何をするにしたって、脚本書いたりキャスティングしたり、衣装なんかも自分たちで作るなり調達するなりしなきゃいけないんだろうし。だから今回は早めに話し合いがあるんだろうなあ。うちクラスは何すんだろ。まあ、部活あるから関係ないけど。
「ほんとに規模がでかいんだなあ、今年は」
と、咲良がつぶやいたら、上から声が降ってきた。
「図書館も、少し頑張らないといけないぞ」
「漆原先生」
「ポップコンテストと、おすすめ図書の紹介。図書館は一日開放するからな」
漆原先生は書類を抱え、カウンターの奥に座った。忙しいという割には、今回は面倒くさそうではないなあ、と思っていたら、咲良が口を開いた。
「でも先生、いつもならそこで、めんどくさいって言うのに。今回はなんか違うっすね」
「そりゃまあ、大変なことに変わりはないがな。でも、ポップコンテストは前回やって、ある程度の手順は分かっているし、おすすめ図書の紹介はいつもの業務と大差ない。開放するといっても、いつも通りやるだけだからなあ」
「なるほど」
「それより、君たちの方が大変なんじゃないか?」
「え?」
どういうことだろう。漆原先生は書類の整理をしながら言った。
「放送部、今年はさぞかし忙しいんじゃないか?」
「……あ」
そうか、そうだ。学校行事が大規模だということは、放送部の負担が増大するということ。失念していた。
いったいどうなることやら……文化祭終了までもつか、俺。
「えっ、放送部でも出し物をする?」
矢口先生の言葉に、部員全員が唖然とする。
「はい。やります。発表の枠はちゃんと取りました」
二日もあるからね、と先生は楽しそうに言った。そう、今回の文化祭は二日がかりで行われる。故にその後は二日間休みでラッキー……などと現実逃避している場合ではない。ただでさえ進行や準備が大変だというのに、何を言っているんだ。今回は雑用係の俺たちも結構忙しいのだ。
先生はやる気満々といった様子で続けた。
「アニメーション付きのラジオドラマを撮って、体育館で放送するよ。いつもよりちょっと長めのをね。司会進行だけじゃ、楽しくないでしょう?」
そんなことはありません、というのは部員の総意である。しかし、矢口先生は、やると決めたらやる先生だ。仕方ない、と、部員たちは諦めることに慣れていた。
「脚本誰が書く?」
「絵は?」
「そもそも題材はどうすんの」
あれこれと話が始まる中、雑用組は少し置いてけぼりだ。まあ、俺たちは出ないだろうし、いや、もしかしたら……と三人で視線を交わしていたら、先生がにっこりと笑って言った。
「もちろん、君たちにも出演してもらうからね」
「……はい」
でしょうねえ……、というのが顔に出ていただろうか。こっちを見ていた早瀬がひそかに笑っていた。
はあ、なんだか今日はひどく疲れてしまった。こういう時は無理せず、簡単なもので済ませるに限る。でも、食べ応えというか、刺激が欲しい気もする。
そんな時に重宝するのがこれ、レトルトカレー辛口。
一時期、辛い物にはまっていた時に買ったはいいが、ブームが過ぎてどうやって食べようかと悩んでいたものだ。これを温めて、ご飯にかけて食べる。
「いただきます」
おー、スパイスの香りと、それとは別の辛い匂い。ルーの色は濃く、具材は少なめだ。一応逃げ場として、コンビニで勝ったポテトサラダも準備しておく。
まずは一口。まず鼻に抜けるのはスパイスの風味。普段食べているカレーより少し強めだろうか。これもなかなかに刺激のある舌触りだ。
そしてやってくる、辛さ。唐辛子やわさびなんかとはまた違う辛さである。火を吹くよう、とまではいかないが、それでも十分、燃えるようである。口中がひりひりしてきた。お茶を飲む。少し収まった? いや、やっぱり辛い!
でも、少ししてくると、爽やかに抜けていく。もちろん余韻はあるが、さあっと心地よい後味だ。うま味のある辛さ、というのだろう。嫌な感じがしないのは、うま味のおかげであろう。
それに、よく味わうと、果物や野菜の甘味を感じるような気もする。
白米が愛おしい。少し多めによそっておいてよかった。
ポテトサラダはマイルドで、マヨネーズの油がありがたい。もこもことしたじゃがいもの食感と柔らかな口当たりにほっとする。
少しカレーを合わせてもうまい。蒸かしたジャガイモにカレー、ってのも合いそうだな。
あ、肉のかけら発見。これは牛肉だな。ほろほろ崩れ、やっぱり辛い。
でも、なんだろう。すっきりした気分だ。たまに辛い物を食べたくなるのは、この感覚を味わうためでもある。
ちょっとした刺激を味わったら、また、日常に戻る。
まあ、これから先の日常は、なかなか刺激的になりそうだけどな。
「ごちそうさまでした」
34
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる