一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第750話 かき氷

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 母さんの予想は大当たりした。
「なーんで二日連続で炎天下にいるんだよ……」
 しばらく着ないだろうと思っていた制服を着、やってきたのは学校である。
 事務室前のささやかな日陰のある、段差の低い階段に座り、向かいに立つ咲良に言う。咲良は、たらりと汗が流れる顔に笑みを張り付けて言った。
「昨日手伝ってって言われてさー、いっすよーって」
「いっすよー、じゃねえんだわ。俺は何も聞いてない」
「言うの忘れてた」
 てへっ、と咲良は言う。この野郎。
 なんか昨日、草むしりを終えて、じゃんけんに負けた咲良がゴミ捨てに行ったところで、誰か先生に頼まれたことがあるらしい。事務室前の花壇の水やり、だったか。
 事務室も休みで、担当している委員会か部活か何かも予定があってできないから、なのだとか。
「お前なあ……」
 いかん、暑すぎて言葉が出てこない。言いたいことはいろいろあるが、巻き込まれたからには仕方がない。やるしかなかろう。
「ちなみに、聞いてもいいか」
「なに~?」
 ホースを取りに倉庫に向かいながら、隣を歩く咲良に聞く。
「何で俺も一緒だと言ったんだ」
「一人じゃ大変だろうって言われたから」
「……そうかあ」
 せめて許可はとってほしかったなあ~。
「俺以外だったら、人によっちゃ相当怒る案件だぞ、これ」
「大丈夫、春都以外の名前は出さないから」
「俺が大丈夫じゃねーんだよなあ」
 今日は少し雲がある分、昨日よりはいいだろうか。そういえば、暦の上ではもう秋だって、テレビでいっていたような。
 秋、ねえ。秋ってこんなにセミ鳴いてたっけ。

 シャワーヘッドの先から霧のように広がる水が気持ちよさそうだ。乾ききった土にしゅわあっと広がり、花が潤っていくような感じがする。水滴がキラキラと輝いて、時折、虹が見える。
 サンサンと日差しに照らされ、焼けるように暑くなったアスファルトに水を振りまいてみる。おお、乾いてく乾いてく。でも、気持ち涼しい気がする。
 さあっと風が吹くと、雨上がりに似た匂いがした。
「ほーっ、気持ちいいな~、これ!」
「あー?」
 別の花壇に水をやっていた咲良を振り返る。
 ズボンをまくり上げ、靴下を片方脱ぎ、そこに水をかけている。何やってんだ、あいつ。
「でもちょっとぬるいな」
「何やってんだお前……」
「春都もやってみろよ、涼しいぞー」
「えー?」
 試しに、手にかけてみる。寒いときは温かいお湯で茶碗を洗っていると体が温まるものだ。つまり、冷たいと体も冷えるということか? ……うん、確かに、涼しいかも。
「暑さに追いつかねえよ」
「あはは、それなー」
「うわっ」
 こんのやろう、暑さでやられたか、前振りなしに水かけてきやがった。
「着替え持って来てねーって」
「大丈夫だって、乾く乾く!」
 咲良はなおも、シャワーをこちらに向けてくる。やられっぱなしも、逃げっぱなしも気に食わねえ。
「言ったな?」
 こっちも打ち返してやれ。
「ひゃーっ、冷たー!」
「馬鹿お前、顔狙ってんじゃねーよ」
「春都も狙ってんじゃん! 前見えてないし、俺!」
 遠くから掛け合っていたこともあって、思ったよりも濡れていないし、確かに乾いてしまっている。でも、確かにしっとりはしていた。
「お疲れさん、二人とも」
 不意にお互いのものではない声が聞こえ、玄関の方を見ると、漆原先生と石上先生がいた。漆原先生は手をヒラヒラと振っていた。
「先生だ。なんで?」
 咲良の問いに答えたのは石上先生だった。
「何でじゃないだろう。君たちだけに任せっぱなしはよくない」
「楽しかったっす!」
「ああ、見てたよ」
「頑張った子には、ご褒美だ。おいで」
 そう言って手招きする漆原先生と、隣で笑う石上先生。その意図が読めなくて、咲良と目を見合わせ、首を傾げた。

 通されたのは、程よくクーラーが効いた事務室だった。他の先生がいないのはなんだか不思議な気がする。
「それ、好きなのを選べ」
 石上先生が何やら冷蔵庫を物色していると思ったら、カップ入りのかき氷を持ってきた。真ん中にアイスが入ってるやつだ、これ。
「え、いいんすか」
「お駄賃だ。他のやつには内緒だぞ」
「わー、ありがとうございます!」
「ありがとうございます……」
 いちごに抹茶、宇治金時、それとブルーハワイかあ。
「せーので選ぼうぜ」
「おう」
「せーの」
 お、見事にばらけた。俺はいちごで、咲良はブルーハワイだ。
「はい、スプーン」
 と、漆原先生が、紙のスプーンをくれた。給食以来だな、このスプーン。
「ありがとうございます」
 登校期間以外に学校に来る必要があるときは、用が済んだ生徒は、速やかに帰らねばならない。他の先生に見つかってはいけないから、と、急いで帰路につく。向かう先は、バスセンターの休憩所だ。ここは、何を持ち込んでもオッケーである。
「いただきます」
 すでに少し溶けかけているが、いい感じである。
 濃いピンク色の氷はザクザクで、目は粗く、蓋がついているから当然平らだし、ギュッと詰まってる。昨今流行りのかき氷とは程遠い見た目だ。でも、それがいい。
 がりがりとした食感、ひんやりと広がる氷の粒、シロップの甘さにいちごの風味。は~、なんか、今、体が全力で求めているものが詰まっている。冷たさと甘さ、そうそう、このかき氷は、こんな味だった。
 真ん中のアイスは、少しふわっとしているような、もっちりしているような、他のカップアイスとは少し違うんだ。
 この独特の感じが好きなんだよなあ。あ、これもほんのりいちご風味。なめらかに舌の上でとろけて、氷とはまた違った冷たさが広がる。アイスの方が少し温かい気がするのはなんでなんだろう。
 氷とアイスを一緒に食べる。うん、これこれ、うまいなあ。じゃりじゃりと、ふわふわと、もち、とろっ、って感じ。
 どうしてこのかき氷の存在を忘れていたのだろう。こんなにうまいのに。帰りに買って帰ろうかな。いや、保冷剤持ってきたときがいいか。この暑さじゃ、秒で溶ける。
「はー、なんか冷えた~。気持ちいい~」
 と、咲良がカップに残ったシロップをあおって言った。俺も、最後のひとすすり。
 うん、甘い。
「水やりしてよかったな~」
「ご褒美貰えるなんて、思ってもみなかったな」
 こういうサプライズなら、大歓迎だ。
 ……でもやっぱ、事前の連絡は、欲しいかなあ。

「ごちそうさまでした」
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