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日常
第777話 釜めしと揚げ納豆
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夜、明日の学校の準備をしていたら、スマホが鳴った。
『明日帰ってくるね』
お、父さんと母さん、帰ってくるのか。もうそんな時期か……ん、なんか来た。
『何かおつまみ用意しといてね』
いつもより少し早めに起きて、自分の弁当を作ってからおつまみの準備をする。帰ってくる頃にはもう父さんと母さんもいるだろうし、今のうちに準備しといて、帰ってきたら調理するだけって状態にしとこう。
冷蔵庫にあるものでおつまみになりそうなものといえば……これか。油揚げと納豆。
納豆は三パック分を器に入れて混ぜる。味付けは付属のたれとからし、醤油を少し足す。結構な重労働なんだよな、納豆混ぜるのって。そうそう、ねぎも忘れちゃいけないな。
揚げは半分に切って広げ、中に納豆を詰めていく。量をちょうどよくするのが難しい。
単純作業をしていると、色々な思考が頭をめぐる。今日は月曜日だなあ、とか、朝から何してんだろうなあ、とか、今日はなんか学校でやることあったっけなあ、とか、行きたくないなあ、ゲームしてたいなあ、とか。
そんなことを考えていたら、あっという間に詰め終わってしまった。
「よし、完璧」
揚げも納豆もきっちり、ぴったりなくなった。俺すごくね?
大きめの皿にのせて、ラップをかけて冷蔵庫に入れておく。よし、これで準備万端だ。焼くだけでいい。
「わうっ」
居間に戻ると、うめずがしっぽを振りながらじゃれついてきた。
「今日、父さんと母さんが帰って来るぞ」
「わうっ」
「お土産なんだろうなぁ」
わっしゃわっしゃと撫でれば、うめずは、ふんふんと手のひらを嗅ぐようなそぶりを見せ、目を細めた。
「……匂う?」
「わう」
思わず、自分でも手のひらを匂ってみてしまうのだった。
夕暮れ時、金木犀の香りが漂う帰路を行く。この香りはどこから来るのだろうか。確か幼稚園にも生えていたような……この辺りの民家には、大きな金木犀の木が生えているところもあるし。
真夏ほどではないとはいえ昼間はまだ暖かい日も多いが、花は時季が来ると必ず咲く。不思議なものだ。
彼岸花の赤色が田んぼにちらほら見えるようになったり、金木犀の香りが漂い始めたりするといつも思うのである。
「春都ー、はーると!」
ん? 何だ。
「あれ、父さん、母さん」
呼ぶ声に振り返ると、父さんと母さんがいた。なんか二人とも重そうな荷物抱えてるけど、何だろう、あれ。
「一緒になったねぇ」
「ん、おかえり」
「ただいま。春都もおかえり、お疲れ様」
「うん、ただいま」
夕闇が迫るのが早くなって、冷たい空気が満ちていく。いつもは一人の帰り道を今日は三人で歩いた。
「ただいまー」
いっぺんに三人そろって帰ってきたものだから、うめずは一瞬混乱したようだったが、すぐに父さんと母さんにじゃれついた。
「で、その重そうなのは何」
縦長のしっかりした袋に入れられた荷物を指さし聞けば、父さんと母さんは楽しげに笑って言った。
「釜めし」
「釜めし?」
「そ、帰りにちょっとお店に寄ったの。あー、重かった!」
中から出てきたのは、陶器製の釜だった。これ、見たことある。釜ごとテイクアウトできる店のやつだ。でも確か……
「パックでも売ってるんじゃ……?」
「せっかくだから釜で食べたいじゃない?」
確かにそれはそうだが、あの店、うちからかなり遠いぞ。
しかもしっかり人数分。何でも、じいちゃんとばあちゃんにも買っていったらしいから、最初はもっと重かっただろう。
「春都にはね、そぼろを買ってきたよ。好きでしょ」
「うん、好き」
「さ、温かいうちに食べよう」
ササッと身支度を済ませ、朝のうちに準備していた揚げ納豆を焼く。
「おっ、うまそうだな」
と、父さんがのぞき込んでくる。
「揚げ納豆」
「いいねえ、楽しみだ」
冷めたのも悪くないが、やはり焼きたてはうまいのだ。
他のおかずはどうしようかと悩んでいたが、釜めしを買ってきてくれたから何も考えなくてよくなった。ありがたい。
「いただきます」
まずは焼きたての揚げ納豆を一つ。
サクッと香ばしい表面に歯切れのいい食感、噛むと少し柔らかくなる気もする揚げ。
納豆はうすら温かく、醤油の風味も香ばしい。柔らかく、トロっとしたような感じになるのだ。そして、ねぎのさわやかさ。うん、久しぶりに食ったけど、やっぱりうまいな。大豆てんこ盛りって感じ。
普通に納豆食うよりも食べやすい、ってのもいいな。
さて、次は釜めしを。蓋を開けるのがドキドキするな。
おお、ほかっと立ち上る湯気、甘い香りに上品な米の香り。何だかお店にいるみたいだ。鶏のそぼろと卵のそぼろ、色のコントラストがきれいだ。真ん中にはグリーンピースが三粒。
ちょっと卵だけで食べてみる。ほんのりついた味が上品だ。出汁かな、でも少し甘いような……こういう時の卵って、どんな味付け何だろう。卵本来の味が濃い気もする。
取りそぼろは噛みしめると、ジュワッと甘い味付けが染み出す。これだけでご飯が進む。
しかし、ここはやはりいっぺんに……おお、こぼれる。そぼろって箸じゃちょっと食べづらい。でも、うまい。
卵の甘みと、鶏そぼろの甘み。少しずつ違う甘さのバランスがいい。グリーンピースの独特な風味も、釜めしって感じだ。
ご飯はつやっとしていて、上にのったそぼろの味も染みていていい。
まさか、釜めしが食べられるとは思わなかったなあ。合間に食べる揚げ納豆もいい。少し醤油を垂らすのもまた、風味が変わってうまい。
それに、一人じゃない晩ご飯は、温かくていい。
「春都、えびあげようね、えび。二つあるから」
「じゃあ父さんはしいたけをあげよう」
「ありがとう……」
揚げ納豆のお礼だ、と父さんと母さんは五目釜めしの具材を分けてくれた。
えびってごちそうって感じがする。しいたけもジュワジュワうま味があふれ出す。うまいなあ。
今度は、お店でも食べてみたいな。
使い終わった釜はどうしよう。何か作れるといいんだけどなあ。
「ごちそうさまでした」
『明日帰ってくるね』
お、父さんと母さん、帰ってくるのか。もうそんな時期か……ん、なんか来た。
『何かおつまみ用意しといてね』
いつもより少し早めに起きて、自分の弁当を作ってからおつまみの準備をする。帰ってくる頃にはもう父さんと母さんもいるだろうし、今のうちに準備しといて、帰ってきたら調理するだけって状態にしとこう。
冷蔵庫にあるものでおつまみになりそうなものといえば……これか。油揚げと納豆。
納豆は三パック分を器に入れて混ぜる。味付けは付属のたれとからし、醤油を少し足す。結構な重労働なんだよな、納豆混ぜるのって。そうそう、ねぎも忘れちゃいけないな。
揚げは半分に切って広げ、中に納豆を詰めていく。量をちょうどよくするのが難しい。
単純作業をしていると、色々な思考が頭をめぐる。今日は月曜日だなあ、とか、朝から何してんだろうなあ、とか、今日はなんか学校でやることあったっけなあ、とか、行きたくないなあ、ゲームしてたいなあ、とか。
そんなことを考えていたら、あっという間に詰め終わってしまった。
「よし、完璧」
揚げも納豆もきっちり、ぴったりなくなった。俺すごくね?
大きめの皿にのせて、ラップをかけて冷蔵庫に入れておく。よし、これで準備万端だ。焼くだけでいい。
「わうっ」
居間に戻ると、うめずがしっぽを振りながらじゃれついてきた。
「今日、父さんと母さんが帰って来るぞ」
「わうっ」
「お土産なんだろうなぁ」
わっしゃわっしゃと撫でれば、うめずは、ふんふんと手のひらを嗅ぐようなそぶりを見せ、目を細めた。
「……匂う?」
「わう」
思わず、自分でも手のひらを匂ってみてしまうのだった。
夕暮れ時、金木犀の香りが漂う帰路を行く。この香りはどこから来るのだろうか。確か幼稚園にも生えていたような……この辺りの民家には、大きな金木犀の木が生えているところもあるし。
真夏ほどではないとはいえ昼間はまだ暖かい日も多いが、花は時季が来ると必ず咲く。不思議なものだ。
彼岸花の赤色が田んぼにちらほら見えるようになったり、金木犀の香りが漂い始めたりするといつも思うのである。
「春都ー、はーると!」
ん? 何だ。
「あれ、父さん、母さん」
呼ぶ声に振り返ると、父さんと母さんがいた。なんか二人とも重そうな荷物抱えてるけど、何だろう、あれ。
「一緒になったねぇ」
「ん、おかえり」
「ただいま。春都もおかえり、お疲れ様」
「うん、ただいま」
夕闇が迫るのが早くなって、冷たい空気が満ちていく。いつもは一人の帰り道を今日は三人で歩いた。
「ただいまー」
いっぺんに三人そろって帰ってきたものだから、うめずは一瞬混乱したようだったが、すぐに父さんと母さんにじゃれついた。
「で、その重そうなのは何」
縦長のしっかりした袋に入れられた荷物を指さし聞けば、父さんと母さんは楽しげに笑って言った。
「釜めし」
「釜めし?」
「そ、帰りにちょっとお店に寄ったの。あー、重かった!」
中から出てきたのは、陶器製の釜だった。これ、見たことある。釜ごとテイクアウトできる店のやつだ。でも確か……
「パックでも売ってるんじゃ……?」
「せっかくだから釜で食べたいじゃない?」
確かにそれはそうだが、あの店、うちからかなり遠いぞ。
しかもしっかり人数分。何でも、じいちゃんとばあちゃんにも買っていったらしいから、最初はもっと重かっただろう。
「春都にはね、そぼろを買ってきたよ。好きでしょ」
「うん、好き」
「さ、温かいうちに食べよう」
ササッと身支度を済ませ、朝のうちに準備していた揚げ納豆を焼く。
「おっ、うまそうだな」
と、父さんがのぞき込んでくる。
「揚げ納豆」
「いいねえ、楽しみだ」
冷めたのも悪くないが、やはり焼きたてはうまいのだ。
他のおかずはどうしようかと悩んでいたが、釜めしを買ってきてくれたから何も考えなくてよくなった。ありがたい。
「いただきます」
まずは焼きたての揚げ納豆を一つ。
サクッと香ばしい表面に歯切れのいい食感、噛むと少し柔らかくなる気もする揚げ。
納豆はうすら温かく、醤油の風味も香ばしい。柔らかく、トロっとしたような感じになるのだ。そして、ねぎのさわやかさ。うん、久しぶりに食ったけど、やっぱりうまいな。大豆てんこ盛りって感じ。
普通に納豆食うよりも食べやすい、ってのもいいな。
さて、次は釜めしを。蓋を開けるのがドキドキするな。
おお、ほかっと立ち上る湯気、甘い香りに上品な米の香り。何だかお店にいるみたいだ。鶏のそぼろと卵のそぼろ、色のコントラストがきれいだ。真ん中にはグリーンピースが三粒。
ちょっと卵だけで食べてみる。ほんのりついた味が上品だ。出汁かな、でも少し甘いような……こういう時の卵って、どんな味付け何だろう。卵本来の味が濃い気もする。
取りそぼろは噛みしめると、ジュワッと甘い味付けが染み出す。これだけでご飯が進む。
しかし、ここはやはりいっぺんに……おお、こぼれる。そぼろって箸じゃちょっと食べづらい。でも、うまい。
卵の甘みと、鶏そぼろの甘み。少しずつ違う甘さのバランスがいい。グリーンピースの独特な風味も、釜めしって感じだ。
ご飯はつやっとしていて、上にのったそぼろの味も染みていていい。
まさか、釜めしが食べられるとは思わなかったなあ。合間に食べる揚げ納豆もいい。少し醤油を垂らすのもまた、風味が変わってうまい。
それに、一人じゃない晩ご飯は、温かくていい。
「春都、えびあげようね、えび。二つあるから」
「じゃあ父さんはしいたけをあげよう」
「ありがとう……」
揚げ納豆のお礼だ、と父さんと母さんは五目釜めしの具材を分けてくれた。
えびってごちそうって感じがする。しいたけもジュワジュワうま味があふれ出す。うまいなあ。
今度は、お店でも食べてみたいな。
使い終わった釜はどうしよう。何か作れるといいんだけどなあ。
「ごちそうさまでした」
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