その傘をはずして

みたらし

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第一章

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 夏休みの間の連絡手段として、僕らはお互いの電話番号を交換し、彼氏である僕がいつまでも彼女のことを雅田さんと呼ぶのはおかしいとのことで、互いを下の名前で呼び合うことが義務付けられた。

 いつしか昼ごはんまで一緒に食べるようなり、教室まで迎えに来た彼女に強制的に連れ出され、校舎の裏や中庭に植わっている大楠の下で弁当を広げた。

 ある時、何故ここまで本格的に演技をしなければならないのかと質問してみた。

 世間を欺くことができる演技力があれば、実際僕と会ったり手をつないだりしなくても、おばあちゃんの前でだけその演技力を発揮すれば問題ないのではないかと思ったのだ。

「そんな付け焼き刃で通用するなら、最初からあなたなんかに頼らないわよ」

 相変わらず失礼な物言いだったが、情けないことに、それもそうだと納得している自分がいた。

 それに心配なのは僕の方なのだという。いくら彼女の演技がうまくても、実際おばあちゃんに会った時に僕らの間に齟齬があると、すぐに嘘がばれてしまうのではないかと彼女は危惧しているのだ。だから彼女は学校内だけでなく、世間からも当然のようにあの二人は付き合っているのだと認識してもらえるようなリアリティを追求しているのだろう。


 土曜日、僕は初めて伊織のおばあちゃんに会うことになった。

 休みにも関わらず、学校で生徒会の仕事をしていた伊織と昼前に駅で待ち合わせして、僕らは雅田家へと歩いた。
あまり奇抜な格好はしてくるなと言いつけられていたので、昨日は夜中まで服装に悩み、その結果ポロシャツとハーフパンツを選択した。彼女の反応は可もなく不可もなくといった風だった。

 伊織の家は駅から高校とは反対方向の地域にあった。洗濯物が一瞬で乾くような強烈な日差しが差しており、遠くのアスファルトにはゆらゆらと陽炎が見えた。車通りの少ない区画に入ると、古い日本家屋が立ち並ぶ集落があり、雅田家もその一画にあった。

 家全体を僕の背と同じくらいの高さの生垣が覆い、背伸びをして中を覗くと、木製の引き戸が開け放たれた縁側が見えた。その生垣沿いをぐるりと回ると、表札の掛かった門があり、伊織にしっかり頼むわよと念を押されて中に入った。

「おばあちゃん! ただいまー!」

 伊織は溌溂な挨拶をしながら、三和土にローファーを脱ぎ散らかして家に上がり込んだ。僕は控えめな声でお邪魔しますと言い、彼女のローファーと自分の靴をそろえて厳かな気持ちで中に入った。

 梁や柱はだいぶ年季が入っていたが、家の中は外から見るよりもだいぶ広く、縁側から通り抜けてくる風が、イ草の匂いを心地よく漂わせていた。

「伊織ちゃん、おかえり」

 縁側と隣接する全面畳張りの居間から、銀色に近い白髪を後ろで団子にしたおばあちゃんが顔を出した。意志の強そうな釣り上がり気味の瞳がどこか伊織に似ていて、和服を着ているのでその容姿は一見すると温泉旅館の女将さんにも見える。

 その気の強そうな見た目とは裏腹に、すべてを許してくれるような優しい声が印象的な人だった。おばあちゃんは座椅子に座って、眼鏡の奥から慈しむように目を細めて僕を見ていた。

「恋人の、月島歩くんよ」

 伊織が目で合図したので、僕は正座して茶道のそれのように深々と座礼をした。

「初めまして。伊織さんとお付き合いさせていただいています、月島歩です。よろしくお願い致します」

 もちろんこれも伊織からの指示で、まずは第一印象でよくできた彼氏だということをアピールするための戦略らしい。

「あらぁ。ゆっくりしていってね」

 おばあちゃんは非常にゆっくりとしたしゃべり方で頷くと、一緒にお昼ご飯を食べようと提案してきた。事前に伊織が電話で話していたのか、居間の机にはすでにそうめんやサラダ、和え物が準備されていた。

 僕らは三人で食卓を囲み、しばらくの間そうめんをすすった。開け放たれた縁側の軒先には風鈴が吊るされており、時折吹く風に涼やかな音色を鳴らしながら揺れていた。外は茹だるような暑さだったのに、その風鈴の音を聞くだけで不快指数が軽減されていくようだった。

 食事中は、伊織が最近身近に起きたことを一方的にしゃべり続けていた。

 ナンバープレートが777の車を連続で見たことや、ごみ置き場にまだ使えそうなソファが捨ててあったこと、水泳の授業の時先生が体調を崩してしまい、記録を測る予定だったのが水球大会になったこと。どれもしょうもない内容なのに、おばあちゃんは優しく相槌を打っていた。
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