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第一章
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雨に打たれて歩き続けたせいか、自宅に帰り着いた時には体調はすこぶる悪くなっていた。額に手を当てるとわずかに熱っぽく、得体の知れない何かに憑りつかれたように肩が重かった。
携帯電話を見ると、画面が真っ暗になっていた。水濡れに弱い機種だったので、長時間の雨に当てられて故障したらしい。もしかしたら、伊織から着信があったかもしれないが、もうどうでもよかった。
体調は下降の一途を辿り、それからほとんどの時間をベッドの上で過ごした。ずっと頭痛が収まらず、頭がぼうっとして酩酊していた。
寝込んでから四日目の朝。ようやく雨が止んだので病院に行くことにした。
連日の雨で空気中のほこりやチリが洗い流され、駅の方角までの景色はいつもより澄んで見えた。鳴りを潜めていたセミも鬱憤を解き放つかのような轟音で鳴いており、道沿いに植わっている草花はまだ雨の名残を残していて、葉の表面に点々と付着した小さな滴が太陽の光を吸い込んで煌めいていた。
町の総合病院は比較的空いていた。受付をしてロビーで待っていると、聞き覚えのあるしゃがれ声に名前を呼ばれた。
「月島くん、ひさしぶり!」
そこには、JAでお世話になった片山さんがいた。片山さんは車椅子に座っており、左足首に包帯が巻かれていた。酔っ払って家の階段から落ちて足首を骨折したため、明日手術があるらしく、全治三ヶ月だそうだ。
一緒の席に座り雑談している最中、僕はJAでの井坂のことを改めて謝罪した。片山さんは大仰な仕草で気にしないでいいと言ってくれた。
「若いからしょうがないのよ。まあでも、うちの娘の彼にはできないかな」
「はあ」
片山さんは何がおかしいのか一人で話して一人で笑っていた。
受付に名前を呼ばれたので診察室に入り、数分間の診察を終え、いくつかの薬を処方してもらった。診察室を出てロビーに戻ると、さっきまでいなかった若い女性が片山さんの隣に腰掛けていた。
「月島くん、こっちこっち」
片山さんに手招きされ、僕が近づくとその女性が振り返った。
首の付け根まで伸びた校則ぎりぎりの茶髪に、切れ長の大きな瞳。それに素材の気品をわざと隠すようなやぼったい黒縁のめがね。そんな、美人というよりも愛嬌があるといった表現がしっくりくるような女性が、僕の方をじっと見つめていた。
「あっ、いおちゃんの彼氏じゃん」
彼女は小型ゲーム機を持ったまま手を振った。
「娘の莉子よ」
片山さんが紹介すると、彼女は、オスと言った。
それにしても、女性らしい伊織に対して彼女は果てしなく男らしかった。男性用かと思うくらい巨大なヘッドホンをしており、着ている服も無地の白いTシャツに、くるぶしまでの長さしかないジーンズを着用している。その細い足首に巻かれた外貨のチェーンが施されたアンクレットだけが、唯一女性らしかった。
「カタクリコって呼んでね」
「く、って苗字にも名前にも入っていないけど」
「じゃあカタコリがいい?」
そういう問題かと思ったが、片山さんと彼女を同じ苗字で呼ぶと区別がつけにくいので、呼び方を指定されるのは有難かった。
「あんた、いい加減ゲームやめなさい」
「お母さんがお酒を止めたらね」
彼女の切り返しに、片山さんはぐうの根も出なかった。
それから次に片山さんの検査になり、椅子には僕とカタクリコだけが残された。彼女は鼻歌を歌いながらゲームを楽しんでいた。僕はただ、ぼんやりと会計の順番を待っていた。
「月島くんて、ゲームするの?」
僕は、一応、と言って頷いた。
「これ、分かる?」
彼女は自然な仕草でそばに近寄ってきた。画面を見るとそれは僕が去年の冬にクリアしたばかりのRPGで、次のダンジョンに向かうための鍵を探しているらしい。
携帯電話を見ると、画面が真っ暗になっていた。水濡れに弱い機種だったので、長時間の雨に当てられて故障したらしい。もしかしたら、伊織から着信があったかもしれないが、もうどうでもよかった。
体調は下降の一途を辿り、それからほとんどの時間をベッドの上で過ごした。ずっと頭痛が収まらず、頭がぼうっとして酩酊していた。
寝込んでから四日目の朝。ようやく雨が止んだので病院に行くことにした。
連日の雨で空気中のほこりやチリが洗い流され、駅の方角までの景色はいつもより澄んで見えた。鳴りを潜めていたセミも鬱憤を解き放つかのような轟音で鳴いており、道沿いに植わっている草花はまだ雨の名残を残していて、葉の表面に点々と付着した小さな滴が太陽の光を吸い込んで煌めいていた。
町の総合病院は比較的空いていた。受付をしてロビーで待っていると、聞き覚えのあるしゃがれ声に名前を呼ばれた。
「月島くん、ひさしぶり!」
そこには、JAでお世話になった片山さんがいた。片山さんは車椅子に座っており、左足首に包帯が巻かれていた。酔っ払って家の階段から落ちて足首を骨折したため、明日手術があるらしく、全治三ヶ月だそうだ。
一緒の席に座り雑談している最中、僕はJAでの井坂のことを改めて謝罪した。片山さんは大仰な仕草で気にしないでいいと言ってくれた。
「若いからしょうがないのよ。まあでも、うちの娘の彼にはできないかな」
「はあ」
片山さんは何がおかしいのか一人で話して一人で笑っていた。
受付に名前を呼ばれたので診察室に入り、数分間の診察を終え、いくつかの薬を処方してもらった。診察室を出てロビーに戻ると、さっきまでいなかった若い女性が片山さんの隣に腰掛けていた。
「月島くん、こっちこっち」
片山さんに手招きされ、僕が近づくとその女性が振り返った。
首の付け根まで伸びた校則ぎりぎりの茶髪に、切れ長の大きな瞳。それに素材の気品をわざと隠すようなやぼったい黒縁のめがね。そんな、美人というよりも愛嬌があるといった表現がしっくりくるような女性が、僕の方をじっと見つめていた。
「あっ、いおちゃんの彼氏じゃん」
彼女は小型ゲーム機を持ったまま手を振った。
「娘の莉子よ」
片山さんが紹介すると、彼女は、オスと言った。
それにしても、女性らしい伊織に対して彼女は果てしなく男らしかった。男性用かと思うくらい巨大なヘッドホンをしており、着ている服も無地の白いTシャツに、くるぶしまでの長さしかないジーンズを着用している。その細い足首に巻かれた外貨のチェーンが施されたアンクレットだけが、唯一女性らしかった。
「カタクリコって呼んでね」
「く、って苗字にも名前にも入っていないけど」
「じゃあカタコリがいい?」
そういう問題かと思ったが、片山さんと彼女を同じ苗字で呼ぶと区別がつけにくいので、呼び方を指定されるのは有難かった。
「あんた、いい加減ゲームやめなさい」
「お母さんがお酒を止めたらね」
彼女の切り返しに、片山さんはぐうの根も出なかった。
それから次に片山さんの検査になり、椅子には僕とカタクリコだけが残された。彼女は鼻歌を歌いながらゲームを楽しんでいた。僕はただ、ぼんやりと会計の順番を待っていた。
「月島くんて、ゲームするの?」
僕は、一応、と言って頷いた。
「これ、分かる?」
彼女は自然な仕草でそばに近寄ってきた。画面を見るとそれは僕が去年の冬にクリアしたばかりのRPGで、次のダンジョンに向かうための鍵を探しているらしい。
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