その傘をはずして

みたらし

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第一章

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「洞窟の壁に、一つだけ色が薄い部分があるんだ。そこの前に立ってボタンを押せば秘密の扉が開くよ」

「薄い場所? どこよ?」

 彼女がさらに近づいてきた。髪の毛から、スプレーなどでは再現できない自然的な良い匂いが漂ってくる。僕は身を仰け反らせながら、画面を指差した。

「ほら、ここだよ。分からないなら、角度を変えて見るといい」

 そのタイミングで会計に呼ばれ、僕は席を立った。

「できたよ! ありがとう!」

 支払った後座席を見ると、彼女が手を振ってきた。どういたしまして、と言って僕は病院を出ようとした。

「お母さんが来るまで待っててよー」

 確かに片山さんに挨拶をして帰るのが良いと思い、再び彼女の隣に腰掛けた。

 片山さんが診察室から出てくるまで、僕とカタクリコはゲームをした。もっともそれは僕が彼女の問いに答え、ゲームを先に進ませるための作業だった。

 診察室から出てきた片山さんに、ついでに果物でも食べていきなさい、と言われ僕は半ば強引に病室に案内された。

「風邪ならビタミンを取らなきゃ」

「あの、本当にお構いなく」

「私りんご食べる」

 カタクリコはかごに入っていたりんごを取り、それを丸かじりしようとした。それを片山さんがしゃがれ声で止めた。カタクリコにりんごを剥いてとせがまれていたが、片山さんは右手も打撲していて断っていた。

 仕方なく、僕はカタクリコにりんごを剥いてあげることにした。昔りんごの皮を最後まで切らずに剥く練習をしたことがあったので、難しくはなかった。

 途中途中で千切れはしたが、ちゃんと食べられるくらいにつるりと剥けた。ちなみにまな板があれば、りんごの下の部分に刃を入れ、時計回りに転がすように剥けば比較的簡単に一本のらせん状に皮を剥くことが可能だ。

 僕はりんごを四等分して、二人に提供した。

「やっぱり、莉子に月島くんを紹介したかったなぁ」

 片山さんがりんごをしゃくっと噛みながら言った。僕は出してもらったお茶を吐き出しそうになった。

「だめだよ。月島くん、めちゃくちゃかわいい彼女がいるんだから。私が怒られちゃう」

「そういう問題じゃないでしょう」

 りんごを頬張りながら、カタクリコはそこで何かに気づいたように、素っ頓狂な声を上げた。

「ねえ。いおちゃん、君がここにいること知ってるの?」

 僕は否定した。この四日間、伊織とは連絡を取っていない。

「ちょっと、電話してくる!」

「いや、大丈夫だから」

「君が大丈夫でも、私が気になるの」

 カタクリコはゲーム機をベッドに放り投げ、携帯電話を持って廊下に出て行った。

「ごめんね、そそっかしくて」

 片山さんがしゃがれ声で言ったので、僕は曖昧に頷いておいた。

 数分後、カタクリコが病室へ戻ってきた。

「いおちゃんが、変わってほしいって」

 僕は躊躇しながらも携帯電話を受け取り、廊下に出て恐る恐る受話器に耳を当てた。ノイズに交じって、こちらの機嫌を伺うような伊織の声が聞こえた。

『電話が繋がらなかったから、その……』

 ひび割れるようなその声に、脈拍が早くなった。

『この間の雨で、故障したんだ』

 僕がぶっきらぼうに言うと、伊織は、そう、と言った。

『……まだ、怒ってる?』

『怒ってはいないけど』

『じゃあ、話をし、』

『でも、振り回されて迷惑だとは思っているよ』

 彼女の言葉をさえぎって僕は言い放った。凄くとげのある言葉で、今まで生きてきて誰かにこんなことを言ったことはなく、胸がきりきりと痛んだ。

『……そうだよね。ごめんね。莉子に変わってくれるかな』

 病室に戻り、カタクリコに携帯電話を返した。その後彼女は、再び廊下に出て伊織と通話をすると、数分後に戻ってきた。伊織のことを詮索されるのが億劫だったので、僕はそろそろ帰宅することにした。

「月島くん。時間があったらまた来てよ」

 帰り際、カタクリコが言った。あっけらかんとした様子から、僕と伊織の不和は感じとっていないらしい。すぐに反応できずにいると、片山さんがカタクリコをなじるように言った。

「月島くんに悪いわよ。彼女もいるんだし」

「大丈夫、いおちゃんから許可は取ったから」

「許可?」

 僕と片山さんが同時に言うと、カタクリコが説明を始めた。

 伊織はこれから家庭のことや学校のことで忙しく、僕に会う暇がないと言っていたらしい。だから、僕がよければ遊んであげてと気さくな調子で言っていたのだそうだ。

「だから、来てよ。月島くん」

 そして私にゲームを教えなさい、とカタクリコが言った。

 伊織の発言がどこまでが本当で嘘か分からなかった。そもそも来週はお盆で、いくら忙しいからといって、そんな時期まで学校に通うことなどありえるだろうか。

「それなら私も来てほしいな。入院中暇だし」

「私は毎日来るから、とりあえずこのゲーム全クリするまでは来てね」

 何という一家だと思ったが、家に帰ってもゲームをするくらいしか思いつかなかったのでとりあえず了承した。伊織に言い過ぎたことと、彼女の現在の心境が気になったが、今は考えないようにした。
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