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第二章 設定外が多すぎて
15.ゴージャス夫人は強い男が好きだった
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「ええ、もうそれは聞き苦しいことでしたわ」
呼び出しの使いに返事をする間も惜しいと、ペリエ夫人は即座にやって来た。そして到着早々に詳しい事情を話してくれた。
始まりは数年前。
伯爵夫人親子が、隣国へ外遊旅行をした先のことだったらしい。
国王の寵愛を一身に集めているとはいえ、身分で言えば伯爵夫人に過ぎないのだから、公的な使者として送りこまれるはずもなく、ごく私的な物見遊山の旅行だった。
ところがそこへ前皇帝から、彼の住む離宮への招待状が舞い込んだ。
自分も皇帝の座を退いたからには、公的身分はさして気にしなくとも良い身である。
気楽に訪問してほしいと。
ジェリオ伯爵夫人は自尊心をおおいに満足させられて、その喜びようは狂喜乱舞であったとか。
元皇帝の宮へ滞在した後故国へ戻り、それ以降も私信のやりとりを続けて、ここ1年だけでも2度、隣国を訪れている。
「大臣たちは皆反対でした。
陛下のお側近くに侍る女性が、隣国へ、しかも帝位を退いたとは言え前皇帝と親しいお付き合いをするなどと。
あってはならないことですから」
ペリエ夫人の憤慨はもっともなことだ。
愛妾に国の重要機密を漏らすことはない。
そう言い切れるほど、父国王は英明な君主ではない。娘としては、とても残念なことだけど。
ジェリオ伯爵夫人が賢ければ賢いなりに、愚かであれば愚かなりに危険だ。
それなのに彼女が嫁ぐことを認めたって、父にはあきれ返ってため息しか出ない。
「お母様や伯父様は、なんておっしゃってるの?」
「王妃様はお止めになりました。
それはもう熱心に、ご自分が悪者になってもかまわないからとまでおっしゃって。
ラチェス公爵閣下は、『好きにさせればいいのでは』と笑っておいでです」
兄妹で性格が違うと苦笑する。
母はまっすぐ、正面から問題にぶち当たる。以前のリヴシェの性格は、母譲りなのだろうなと思うくらい直情型だ。
伯父は違う。
自身の望みが叶うように、周りを誘導する。結果的には希望を通すのだけど、伯父は表に出てこない。あくまでも流れでそうなった感を作るのが上手い。
その伯父が好きにさせれば良いというのであれば、好きにさせた後でなにかしかけるに違いない。
怖い、怖い。
「決まってしまったんなら、今更どうしようもないわね。
わたくしも王女として、いちおう、なにかを贈るべきだと思うのだけど」
「いちおう」のニュアンスを察したペリエ夫人は、少しだけ考えてから、
「金貨になさいませ。
情のこもらぬ、いかにも礼儀上の祝です」
あのオバ……ジェリオ伯爵夫人なら、情よりも金貨の方を喜びそうだけど。
「形のないもの、使えばなくなってしまうものの方が、姫様にもご都合がよろしいでしょう」
金貨にリヴシェの名前を書くわけではないから、贈り物に個性は出ない。ヴィシェフラド王女からの贈り物と見せびらかすことはできない。
聞けば母王妃も、金貨にしたのだとか。
長年母に無礼を働いてきた伯爵夫人にお祝いを贈るなど、前世で言う「泥棒に追い銭」だけど、王妃ともなれば体面上知らん顔はできない。
本当なら塩を撒いてやりたいくらいだろうに。
母、本当に気の毒だ。
「伯爵夫人は娘を連れてゆくの?」
一番気になることを口にした。
連れて行ってくれるのなら、二コラとラスムスの接触する機会が増える。
小説とは違う成り行きだけど、結果的に二人が結ばれてくれたら良い。8歳から聖殿にこもったリヴシェが二コラを虐めることなどできないし、もし言いがかりをつけられても「虐めていない」と証言してくれる神官はたくさんいる。
つまりラスムスがリヴシェを断罪する前提は、崩れているのだ。
安心して、ラスムスと二コラのエンディングを見ていられる。
「陛下は反対なさいましたが、伯爵夫人がどうしても連れて行くのだと言い張って。
その言いぐさがふてぶてしいと申しますか、身のほどしらずと申しますか……。
『こちらに置いておけば、いつまでも私生児ですから。
あちらで良い縁談がありますの』
わたくし、思い出してもむかむかいたします」
憤懣やる方ないペリエ夫人をなだめながら、リヴシェは内心で「よし!」と拳を握っていた。
良い縁談。
ラスムスとに違いない。
よしよし、予定どおりだ。
「良いのではない?
確かにここにいるよりあちらの方が、良い縁談が来ると思うもの」
「姫様は本当にお人が良すぎます。
あれほど無礼を働いた親子に、そんなお優しい」
ペリエ夫人は毒気を抜かれたみたいに、ほうっと息をついて笑った。
「ラーシュ様には姫様がこんなだとおわかりでしょうけれど、ほんとによくよくお願いしておかなくてはなりませんね」
心配しなくても大丈夫。
別に人が良くて言ってるんじゃないから。
これが一番、リヴシェにとって良いと思うからなんだけど。
そう言えばと、ペリエ夫人がまた憎々しげに顔を歪める。
「陛下がお止めになった時、伯爵夫人が申したそうですわ。
『わたくし、強い男に惹かれますの。
力を持った男に強引に望まれるなんて、夢のようですわ』
本当にふてぶてしいというか、恥知らずというか。
ノルデンフェルトの前皇帝は、あの女の何が良いのでしょうね」
そこなのだ。
美女とはいえ、盛りの過ぎた彼女だ。
美貌だけでいえば、ノルデンフェルトにだってもっと美しい女性がいるだろう。あの愚かさに、ノルデンフェルトの前皇帝であった男が気づかぬはずはない。
にもかかわらず、わざわざヴィシェフラド国王の寵姫であった女を求めるのは、どう考えても不自然だった。
嫌な予感がする。
小説では聖殿がノルデンフェルトと組んだことが、亡国のきっかけだった。けれど現在のところ、聖殿はリヴシェをとても大切に扱ってくれていてノルデンフェルトと組んだ様子はない。
ストーリーの進行がいろいろと変わっているから、このきっかけも違うのかもしれない。
亡国は困る。
リヴシェの故郷がなくなってしまう。
亡国の王女の行く末なんて、幸せとは程遠いものだ。
ノルデンフェルトの思惑を探らなくては。
予定より少しばかり早いけど、王宮に戻ろう。
二コラが出発したらと、リヴシェは思った。
呼び出しの使いに返事をする間も惜しいと、ペリエ夫人は即座にやって来た。そして到着早々に詳しい事情を話してくれた。
始まりは数年前。
伯爵夫人親子が、隣国へ外遊旅行をした先のことだったらしい。
国王の寵愛を一身に集めているとはいえ、身分で言えば伯爵夫人に過ぎないのだから、公的な使者として送りこまれるはずもなく、ごく私的な物見遊山の旅行だった。
ところがそこへ前皇帝から、彼の住む離宮への招待状が舞い込んだ。
自分も皇帝の座を退いたからには、公的身分はさして気にしなくとも良い身である。
気楽に訪問してほしいと。
ジェリオ伯爵夫人は自尊心をおおいに満足させられて、その喜びようは狂喜乱舞であったとか。
元皇帝の宮へ滞在した後故国へ戻り、それ以降も私信のやりとりを続けて、ここ1年だけでも2度、隣国を訪れている。
「大臣たちは皆反対でした。
陛下のお側近くに侍る女性が、隣国へ、しかも帝位を退いたとは言え前皇帝と親しいお付き合いをするなどと。
あってはならないことですから」
ペリエ夫人の憤慨はもっともなことだ。
愛妾に国の重要機密を漏らすことはない。
そう言い切れるほど、父国王は英明な君主ではない。娘としては、とても残念なことだけど。
ジェリオ伯爵夫人が賢ければ賢いなりに、愚かであれば愚かなりに危険だ。
それなのに彼女が嫁ぐことを認めたって、父にはあきれ返ってため息しか出ない。
「お母様や伯父様は、なんておっしゃってるの?」
「王妃様はお止めになりました。
それはもう熱心に、ご自分が悪者になってもかまわないからとまでおっしゃって。
ラチェス公爵閣下は、『好きにさせればいいのでは』と笑っておいでです」
兄妹で性格が違うと苦笑する。
母はまっすぐ、正面から問題にぶち当たる。以前のリヴシェの性格は、母譲りなのだろうなと思うくらい直情型だ。
伯父は違う。
自身の望みが叶うように、周りを誘導する。結果的には希望を通すのだけど、伯父は表に出てこない。あくまでも流れでそうなった感を作るのが上手い。
その伯父が好きにさせれば良いというのであれば、好きにさせた後でなにかしかけるに違いない。
怖い、怖い。
「決まってしまったんなら、今更どうしようもないわね。
わたくしも王女として、いちおう、なにかを贈るべきだと思うのだけど」
「いちおう」のニュアンスを察したペリエ夫人は、少しだけ考えてから、
「金貨になさいませ。
情のこもらぬ、いかにも礼儀上の祝です」
あのオバ……ジェリオ伯爵夫人なら、情よりも金貨の方を喜びそうだけど。
「形のないもの、使えばなくなってしまうものの方が、姫様にもご都合がよろしいでしょう」
金貨にリヴシェの名前を書くわけではないから、贈り物に個性は出ない。ヴィシェフラド王女からの贈り物と見せびらかすことはできない。
聞けば母王妃も、金貨にしたのだとか。
長年母に無礼を働いてきた伯爵夫人にお祝いを贈るなど、前世で言う「泥棒に追い銭」だけど、王妃ともなれば体面上知らん顔はできない。
本当なら塩を撒いてやりたいくらいだろうに。
母、本当に気の毒だ。
「伯爵夫人は娘を連れてゆくの?」
一番気になることを口にした。
連れて行ってくれるのなら、二コラとラスムスの接触する機会が増える。
小説とは違う成り行きだけど、結果的に二人が結ばれてくれたら良い。8歳から聖殿にこもったリヴシェが二コラを虐めることなどできないし、もし言いがかりをつけられても「虐めていない」と証言してくれる神官はたくさんいる。
つまりラスムスがリヴシェを断罪する前提は、崩れているのだ。
安心して、ラスムスと二コラのエンディングを見ていられる。
「陛下は反対なさいましたが、伯爵夫人がどうしても連れて行くのだと言い張って。
その言いぐさがふてぶてしいと申しますか、身のほどしらずと申しますか……。
『こちらに置いておけば、いつまでも私生児ですから。
あちらで良い縁談がありますの』
わたくし、思い出してもむかむかいたします」
憤懣やる方ないペリエ夫人をなだめながら、リヴシェは内心で「よし!」と拳を握っていた。
良い縁談。
ラスムスとに違いない。
よしよし、予定どおりだ。
「良いのではない?
確かにここにいるよりあちらの方が、良い縁談が来ると思うもの」
「姫様は本当にお人が良すぎます。
あれほど無礼を働いた親子に、そんなお優しい」
ペリエ夫人は毒気を抜かれたみたいに、ほうっと息をついて笑った。
「ラーシュ様には姫様がこんなだとおわかりでしょうけれど、ほんとによくよくお願いしておかなくてはなりませんね」
心配しなくても大丈夫。
別に人が良くて言ってるんじゃないから。
これが一番、リヴシェにとって良いと思うからなんだけど。
そう言えばと、ペリエ夫人がまた憎々しげに顔を歪める。
「陛下がお止めになった時、伯爵夫人が申したそうですわ。
『わたくし、強い男に惹かれますの。
力を持った男に強引に望まれるなんて、夢のようですわ』
本当にふてぶてしいというか、恥知らずというか。
ノルデンフェルトの前皇帝は、あの女の何が良いのでしょうね」
そこなのだ。
美女とはいえ、盛りの過ぎた彼女だ。
美貌だけでいえば、ノルデンフェルトにだってもっと美しい女性がいるだろう。あの愚かさに、ノルデンフェルトの前皇帝であった男が気づかぬはずはない。
にもかかわらず、わざわざヴィシェフラド国王の寵姫であった女を求めるのは、どう考えても不自然だった。
嫌な予感がする。
小説では聖殿がノルデンフェルトと組んだことが、亡国のきっかけだった。けれど現在のところ、聖殿はリヴシェをとても大切に扱ってくれていてノルデンフェルトと組んだ様子はない。
ストーリーの進行がいろいろと変わっているから、このきっかけも違うのかもしれない。
亡国は困る。
リヴシェの故郷がなくなってしまう。
亡国の王女の行く末なんて、幸せとは程遠いものだ。
ノルデンフェルトの思惑を探らなくては。
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