【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第二章 悪役令嬢ってなんですか

12.パウラ、召喚される

 ついに来た。
 パウラ十七歳の春。
 黄金竜の泉地エル・アディからの召喚状が、ついに。

「姫様が竜妃聖女オーディアナに。これでヘルムダールには、ますますの平穏な日々がつづきましょう」

 まわりの人々は喜んで、口々に祝いの言葉を述べた。
 何百年に一度出るか出ないかの聖女候補召喚だ。
 みんなは素直に喜んでいるのはわかる。
 わかるけど、その先をしっている身からすると複雑なのだ。

「ありがとう。でも今回はもう一人候補がいるのよ。だからまだ決定ではないんだけどね」

 そう言うと、彼らは皆一様に首を振る。

「ヘルムダール直系の姫様に、誰がかなうでしょう。姫様が選ばれるのは、決まったようなものです」

 いや、それでは困るんだけど……。
 そうは思うけど、口には出さないで曖昧に微笑んだ。
 
 周りがみなこうしてお祝いムードなら、表立っては本音が言いにくい。
 パウラは人払いをした上で、両親に挨拶の時間をとってもらった。
 
 父は母の執務室に防音の結界を張る。
 完全に遮音されているのを確認すると、早速父はその端正な顔を不機嫌に歪めて声を尖らせた。

「あのクサレ竜が。わたしのパウラを側室にだって!」

 父がこうも負の感情をあらわにするのも珍しい。
 その長い指先で、イライラとローテーブルのふちを叩いている。

「竜后がいるんだから、もう他の姫は要らないだろう。私のアデラだって、大公の仕事をしているんだ。竜后が働けばいいだけじゃないか」

 竜はたった一人の妻のみを愛して、他には一切目もくれない。
 そういうさがなのだと言う。
 その竜の長、黄金竜オーディが側室などありえない。
 側室たる竜妃は名のみの妻。
 寵愛など望めないことは、竜族ならば誰でもわかる。

 水竜ヴァースキーの血を継ぐ父テオドールには、我が娘が粗末に扱われることなど許しがたいようだ。
 表立って黄金竜オーディを非難することはしないでいるが、こうして防音結界を厳重に張った家族だけの話ともなれば、言葉をとりつくろうこともしなくなる。
 竜族の長黄金竜オーディを、クサレ竜呼ばわりだ。

(前世にはなかったわ)
 
 前世の父は、あまりパウラに関わらなかった。
 だから召喚の知らせがあった後も、特にこうした話を家族でした憶えがない。
 八歳からやり直したことで、その先の時間が変わってきたのだろうか。

「今回は、うちの地方領の娘も一緒だそうだね。私のパウラと競おうなどと身の程知らずも良いところだけれど、今回だけは都合が良いよ。その娘にまかせて、パウラはさっさと戻ってくると良い」

 外に漏れたら大変だ。
 父はかなり物騒なことを言う。
 この父にとって、妻アデラと娘のパウラに勝るものはないのだと、今更ながらよくわかる。
 比較対象がたとえ黄金竜オーディであっても、それは変わらない。

「ヴァースキーの甥がね、どんな良い縁談にも首を縦に振らないのだそうだよ。どうも心に秘めた姫君がいるようだと、兄がこぼしていたよ。ヴァースキーの跡継ぎを降りたいとダダをこねているらしい」

 無理やり側室にされるくらいなら、まだ兄の息子にやった方が良いとあからさまだ。
 父の甥、ヴァースキーのリューカス公子とは何度か会っている。
 悪い印象はない。
 パウラよりたしか二歳ばかり年上だったと思う。
 最後に会ったのは、彼がヘルムダールの祭典に来訪した時だったから、もう三年前になる。
 肩で切りそろえられたまっすぐの髪はヴァースキーらしい青銀で、その瞳は透き通るようにきれいな緑色。
 背の高い美しい青年だったように、記憶している。

「今はそう言ってるけど」

 ここまで黙っていた母が、笑いをかみ殺しながら口を開いた。

「本当にリューカス公子が求婚してきたら、追い返してしまうだろうね」

 そうかも……。
 映像が見えるようだ。
 ゆらゆらと憤怒のオーラをまとった父が、ヴァースキーの使節をたたき出す様。

「パウラはヘルムダールの女子なのだから、今回のこれは断れる筋の話ではない。けれどね。行ってみて、ダメだと向こうが言ってくれるなら。その時は笑顔でお礼を言ってね、さっさと帰ってくると良い」

 いつもより贅沢なコーヒーを口にしながら、母は嫣然と微笑む。
 父より怖い。
 さっさと帰っておいでとは、黄金竜の泉地エル・アディにケンカを売りつける勢いだ。
 胸にじわりと、温かい熱がたまる。

「ありがとうございます。お母様、お父様」

「いいね? 本当に帰ってくるんだよ。私たちのパウラが、黄金竜の泉地エル・アディなどで朽ち果てて良いはずがないよ。なんならリューカス公子を、こちらへいただいても良いんだからね。ヴァースキーの跡継ぎだから簡単ではないだろうが、きっとなんとかしてあげる」

 その母の隣で父はうぅと低く唸る。そしてがばりとパウラを抱きしめて、叫ぶように言った。

「こんなにかわいいのに、妾奉公めかけぼうこうだなんて冗談じゃない。ああ、私にもっと力があったら……。ごめんね、パウラ。ホントにごめん」
 
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しい。
 それでもパウラは嬉しかった。
 どれほど気分が楽になったことか。

 もとより実家返品は望むところだったけど、両親をだましているようでどこか後ろめたかった。
 ヘルムダールの血を継ぐ女子として、立派に竜妃聖女オーディアナの任に就き、全うすること。
 それを両親は望んでいるのだと思っていたから。
 後ろめたさから自由になって、今やパウラに怖いものはない。

(聖女になんて、ぜったいにならないわ!)

 頑張る方向が前世とまるで違う。
 けれど今回の方が、よりハードルが高い。
 恋愛偏差値35のパウラが、70越えの難関に挑もうというのだ。
 
(努力はするわ。飼殺しor 自由か。人生がかかってるんだから)
 
 パウラは確かに劣等生だ。
 けれど劣等生は劣等生なりに、できうる限りの努力はする。
 覚悟を決めて、もう一度お礼を言った。

「ありがとうございます。お母様、お父様の娘として、悔いのないように頑張りますわ」



黄金竜の泉地エル・アディへ続くゲートを開いてもらうその日。
 神殿の転送の間で、母と父、それに数名の神官がパウラを見送ってくれた。

「それでは行ってまいります」

 短くそれだけ言うと、銀の光の粒子がパウラを包む。
 ぱぁっとかすむ辺りの景色の中で。

「身体にだけは気をつけるんだよ」

 ありふれた、だからこそ心のこもった言葉がふんわりと溶けていった。

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